売れに売れているホンダN-BOXにピタッと追走するのがスズキが送り込んだ刺客スペーシア。大きな車体にスライドドアを持つ人気の軽自動車スーパーハイトワゴンの2台は果たしてどちらがいいクルマなのか。東京から浜名湖まで250kmを走り倒して徹底比較した、その結論は?
王者N-BOXに忍び寄るスペーシア
いま、日本で最も売れている車といえば、ホンダのN-BOXです。2017年8月に2代目がデビューしたばかりとはいえ、1年で一番車が売れる3月には、なんと約26,800台もの販売実績を叩き出しました。足元の5月も約18,800台でぶっちぎりの1位に輝いています。
しかし、そんなN-BOXの背後に忍び寄る車があります。それは、スズキのスペーシア。2017年末にモデルチェンジしてから快進撃が始まり、3月こそ日産のノートに数百台差で3位に甘んじたものの、4月、5月は10,000台以上を販売し、N-BOXに続く第2位の座をキープしています。
N-BOX、スペーシアとも、背の高いボディにスライドドアを組み合わせた「スーパーハイトワゴン」ですが、その圧倒的な人気の秘密はどこにあるのでしょうか。
今回は、自動車評論家の萩原文博さんと、ヤング女子編集部員の伶奈嬢、そして筆者である編集長の馬弓の3人で、東京から浜名湖まで片道250kmのロングドライブに2台を連れ出し、その実力を徹底比較することにしました。
サイズは同じ、パワーはN-BOX、燃費はスペーシア
まず、走り出す前に改めてカタログスペックで両車を比較してみましょう。
今回の250km走破テストに使用した車両は、ホンダN-BOX がG・EXホンダセンシングの2WD車(車両本体価格159万6240円)、スズキスペーシアがハイブリッドXの2WD車(車両本体価格146万8800円)です。
どちらも装備の充実した上級グレードですが、あえてパワフルなターボエンジン車でもなく、かっこいいエアログレードでもなく、自然吸気エンジンを搭載したノーマル仕様をチョイスしています。
両車のボディサイズはほぼ同じです。N-BOXは全長3,395mm×全幅1,475mm×全高1,790mm。対するスペーシアは全長3,395mm×全幅1,475mm×全高1,800mm(2トーンルーフパッケージ車)。長さと幅は、ともに軽自動車の規格いっぱいまで広げています。
スペーシアの方が1cm高いですが、これは今回のテスト車のように、ルーフレールが付いている場合です。ルーフレールなしだと1,785mmであり、逆に5mmスペーシアのほうが背が低くなります。
ボディサイズはほぼ同じですが、デザインの方向性は大きく異なります。丸いヘッドライトこそ個性的ですが、全体的にN-BOXのデザインはコンサバな印象。合理主義的でまじめなデザインです。
対するスペーシアは、スーツケースに着想を得たという遊び心あるデザイン。しかし、雑貨のようなキッチュなデザインは、好き嫌いが分かれるかもしれません。
N-BOXとの真っ向勝負を避けた…などと書くと怒られそうですが、明らかに違うテイストのデザインに仕上がっているのは間違いないでしょう。
燃費性能やエンジンパワーにも違いがあります。2代目N-BOXに搭載されている新開発の自然吸気エンジンは最高出力43kW(58ps)、
一方のスペーシアには、ISGと呼ばれるモーター機能付き発電機と、リチウムイオンバッテリーを採用したマイルドハイブリッドシステムが搭載され最高出力は38kw(52ps)、JC08モード燃費は28.2km/L(FF車)です。
つまり、カタログ上は、パワーではN-BOX、燃費はスペーシアが優位に立っています。
ただし、N-BOXは軽自動車として初めて「i-VTEC」(高知能可変バルブタイミング・リフト機構)を採用し「カタログ上はともかく実用燃費には自信がある!」とホンダはアナウンスしています。
一方のスペーシアには、モーターによって加速能力をアップさせるパワーモードがあり「坂道や高速道路での合流などではスムーズな加速性能を実現している!」といったスズキの主張も聞こえてきます。
両者とも、カタログスペック上の不利をカバーする言い分があるようですが、このあたりは走らせてみた上で、実際の性能を確かめてみたいと思います。
13万円の価格差、N-BOXの先進安全装備は非常に充実
N-BOXとスペーシアには、今や欠かせない安全装備にも違いがあります。
今回比較した2車の価格差は約13万円。この価格差を生んでいる要因は、N-BOXの助手席のロングスライド機構と安全装備です。
N-BOXは、全グレードに先進の安全運転支援システムである「Honda SENSING(ホンダセンシング)」を標準装備しています。衝突軽減ブレーキをはじめ、軽自動車で唯一高速道路での追従走行が可能なACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)など、8つの機能を装備。
さらに、今回オートハイビームやホンダ初となる後方誤発進抑制機能を追加しています。
一方のスペーシアも、衝突被害軽減ブレーキのデュアルセンサーブレーキサポートをはじめ、後退時ブレーキサポート、ヘッドアップディスプレイなど「スズキセーフティサポート」を標準装備。ただし、N-BOXに設定されているACCはありません。
安全装備についてはスペーシアが劣っているというよりも、N-BOXが充実しすぎていると言ったほうが適切かもしれません。この装備の差が、今回の試乗テストにどのような影響を及ぼすのかも注目です。
高い速度域でも安定感と乗り心地が抜群なN-BOX
それでは、東京・世田谷のガソリンスタンドで満タンにしたうえで、比較的ストップ&ゴーが少ない郊外のバイパス路を想定した第1セクションの開始です。
試乗テストを行った日は、あいにくの雨。時折、強い風も吹いていました。それでも第三京浜、横浜新道、新湘南バイパス、西湘バイパスを経由して、箱根ターンパイク入口まで走ります。
高速道路ほどではないものの、平均速度が比較的高めなこの区間の印象はみなさんどうでした?
「N-BOXは高い速度域でも車がしっかりと路面を捉える感じが伝わってきます。横風の中で、この安定感は軽自動車離れしています」(萩原)
「N-BOXのほうが安心感がありました。スペーシアは少し乗り心地がやわらかいので、前後に揺れる感じが気になりました」(伶奈)
正直に言うと、筆者はスペーシアからN-BOXに乗り換えて100m走った段階で、今日の結論はN-BOXの勝ちだと思いました。もうここで引き返してもいいくらいです。
先代のオデッセイアブソルートや昔のアコードユーロRのような一部の例外を除いて、ホンダの足回りといえば固めのものが多く、個人的には好きではなかったのですが…。ホンダに何が起きたのかと思うくらい、N-BOXの足回りは抜群に良いです。
「でも、スペーシアのモーターアシストによる力強い加速は確かに魅力ですよ。特にパワーモード時の瞬間的な加速は、N-BOXより上でしょう。そして、静かなことで定評のあるN-BOXより静粛性が高いことにも驚きました」(萩原)
確かに、中間加速はスペーシアが良好で、カタログ数値が逆転している印象を受けます。ただし、足回りの差が大きい。
路面状況の良いところだと、スペーシアの乗り心地も悪くないのですが、伶奈嬢が言っている段差を越えるときの前後方向のピッチングに加え、荒れた路面だとザラザラとした感触が伝わってきます。
「ああ、いま自分は軽自動車に乗っているのだ」ということを定期的に思い出させてくれます。全体的な静粛性が高いので、軽自動車としては上質な部類ですが、あくまでも軽自動車。
ちなみに、燃費に有利な第1セクション71.9kmで、N-BOXは24.1km/L、スペーシアは25.1km/Lという結果に。カタログ数値のとおり、燃費ではスペーシアが上回りました。
山道で光るスペーシアの走りと燃費
続いての第2セクションは、箱根のワインディングでの比較です。かなりきつい勾配の箱根ターンパイクを駆け上り、国道1号線を経由して三嶋大社まで一気に下ります。
自動車評論の聖地・箱根ターンパイクの急な勾配は、軽自動車の自然吸気エンジン車で加速するのはかなり厳しいのですが、ここではスペーシアのパワーモードが威力を発揮しました。
「グングンとは言えませんが、エンジン音に比例して坂を力強く上っていくので、ドライバーのストレスは少なめです。ターボモデルではないのに、この加速力はすごいですね。一方のN-BOXは、アシストがない分、加速性能はスペーシアに譲ります」(萩原)
「私はお二人のようにアクセルを床まで踏んだりしないのですが、それでもスペーシアのほうが力強いのはわかりました。いったんスピードが落ちてからの加速がけっこう違いますね」(伶奈)
山道での加速性能は、明らかにスペーシアが一段上ですね。しかし、コーナリングとなると話は変わってきませんか?
「N-BOXは、背の高いスーパーハイトワゴンであることを忘れてしまうほど、コーナリング性能が高いですね。2台とも、装着するタイヤサイズは155/65R14と同じですが、N-BOXはドライバーがハンドルを切った分だけ、ピタッと曲がってくれます。しかもクルマの前後、左右の方向の揺れが収まるのが速いので、ワインディングを走行しても思いどおりのラインを走ることができます」(萩原)
さすが元走り屋だけに、このセクションは萩原さんが饒舌です。
「スペーシアは街乗りでの乗り心地を重視したサスペンション設定なので、ハンドルを切ったときの車の動きが大きめです。特に前後方向の揺れがなかなか収まらないので、車がかなり長い時間揺れているように感じました。
それから、峠の下りを走行しているときはハンドルを切った以上にクルマが曲がるような印象も受けました。これは、N-BOXよりスペーシアのほうが、車の重心が高いことが影響しているのかもしれません」(萩原)
萩原さんの話はまだ続きます。
「スペーシアは、パワーモードを使用したときにエンジン音が大きくなる点が気になりますね。普段の走行時はN-BOXと同等、もしくはそれ以上の静粛性なのに、加減速の多い今回のような区間だと、少々うるさいなと思ってしまいました」(萩原)
ほとんど萩原さんに言われてしまいましたが、筆者は多少遅いけれど、N-BOXの自然で感触の良いエンジンとCVTを高く評価します。CVTも3気筒エンジンもそれ自体は好きではないのですが、N-BOXのそれは絶妙な組み合わせです。世に出すまで、ものすごく走り込んでテストしたのではないかと思います。
ちなみに、ターンパイクの終点・大観山は、富士山と芦ノ湖がきれいに見えることで有名なスポットです。今回は、風雨が強くてそれどころではなかったのですが、ベストコンディションの眺めはこちら。ターンパイクは、土日の渋滞も箱根新道などと比べて少ないので、おすすめのドライブルートです。
さて、峠道の第2セクション42.3kmの燃費は、N-BOXが14.2km/L、スペーシアが17.2km/Lと予想外の大差がつきました。スペーシアのペースに合わせるために、N-BOXはややアクセルを踏み気味だったのが災いしたのでしょうか。
ここまでのところ、パワーと燃費についてはスズキの言い分のほうが正しそうです。
街中で気になるスペーシアの「クセ」
そして最後は、三島市内から一般道を走行し、東名高速の沼津ICから浜松西ICで往路のゴールである浜名湖を目指すセクションです。
せっかくなので、伊豆随一のパワースポットと呼び名の高い三嶋大社に立ち寄ってみました。伶奈嬢はすっかりモデル気取りです。そんな三嶋大社周辺の狭い街中で、発進・停止を繰り返しながら走っていると、先ほどの山道区間で口数の少なかった伶奈嬢があることに気づきました。
「スペーシアのほうがグッと加速しますね。それはいいのですが、少しアクセルの踏み方が難しいです。ブレーキも止まる直前で急に効きが変わる気がします。もしかして、私が下手なのでしょうか?群馬出身で、運転には自信があったんですけど…」(伶奈)
よく気づきましたね。スペーシアは燃費を稼ぐために、簡易型ですがハイブリッドシステムを搭載しています。発進・停止の前後はけっこう複雑な制御をしていることを隠しきれていません。
おそらく、慣れれば気にならなくなる程度ですが、スペーシアのほうが少しクセがあるのは間違いないでしょう。対するN-BOXは、そこまで燃費スペシャルではないので、発進・停止はとてもスムーズです。
N-BOXの自動運転支援装置には未来を感じる
高速道路ではN-BOXはホンダセンシングのACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を使用して、先進の自動運転が体感できます。ハンドルは握っていなければいけませんが、車線維持支援システムのLKASや路外逸脱抑制機能によって、車を車線の中央を走行するように支援してくれます。いかがでしょう、初体験の伶奈さん。
「前の車に近づくと、自動的にブレーキがかかって、離れると加速するのは本当に未来感がありますね!アクセルペダルから足を離していると、楽だということが実感できました。気を抜くわけでは無いですが、LKASもあるので高速道路をクルーズ感覚で走れます。あくまで人間がまだまだ主役ですが、未来の自動運転の世界が垣間見えました」(伶奈)
衝突防止ブレーキの側面が強調される先進安全運転支援装置ですが、実はACCは高速道路での移動が多い人にはとても便利な装置なんです。
一方のスペーシアは、ACCはありませんが、パワーモードのおかげで追い越し加速などがスムーズに行えるのは、やはり魅力でしょう。ただし、高速道路での直進性はN-BOXのほうが良かったことは付記しておきます。
スズキの軽自動車はワゴンRといいスペーシアといい、落ち着きのないステアリングセンターが伝統になっていますね。これは変えてほしいところです。
高速道路の第3セクション156.1kmの燃費は、N-BOXが21.0km/L、スペーシアは22.0km/Lと差は縮まりましたが、このステージもスペーシアの勝ちです。スズキの誇るマイルドハイブリッドシステムの燃費の実力はさすがと言わざるを得ません。
N-BOXの安定感ある走り vs. スペーシアのパワーと燃費の両立。決め手は…
東京から約250km、3つのセクションを経てたどり着いた浜名湖は、ちょっとした嵐でした。本来であれば、浜名湖もかんざんじロープウエイやフルーツパークなど、フォトジェニックな場所がたくさんあるのですが、今回は嵐に負けて弁天島を背景に証拠写真(?)を撮って、浜名湖名物のうなぎを食べながら3人で総括することになりました。
ちなみに、こちらの「炭焼鰻 はじめ」さんは、浜名湖のうなぎ養殖業者さんから紹介された地元で評判のお店です。弊社代表のおごりなので、おいしくいただきましょう。
それで、萩原さん。結論はいかがですか?
「パワーと燃費についてはスペーシアの実力はすごいです。少し制御に荒い部分がありますが、王者・N-BOXより確実に優れています」(萩原)
なるほど。確かに、絶対的にパワフルなのはスペーシアですね。ただ、個人的にはN-BOXのエンジンとCVTの制御の良さに感動しました。
「N-BOXはどの速度域でも安定感の高い走りを披露しましたね。スペーシアは、街乗りではN-BOXと同等の乗り心地を実現していますが、高速など速度域が高くなるとやわらかめにセッティングされたリアのサスペンションの問題なのか、やや大きめの挙動となって表れることがわかりました。足回りは、ステージ問わずN-BOXの圧勝でいいんじゃないでしょうか」(萩原)
筆者も同感です。N-BOXの足回りの懐の深さは、別格の出来ですね。スペーシアが悪いのではなく、N-BOXが良すぎるんです。
「雨が結構強く降っていたのにもかかわらず、N-BOXのホンダセンシングは、一度もキャンセルされることなく、高速道路での追従走行が行えました。この点は、やはりカメラとミリ波レーダーという2つのデバイスを使用しているアドバンテージを感じました」(萩原)
ホンダセンシングを全車標準装備、しかもACCも付けたN-BOXは、王者の余裕です。燃費はスペーシアに一歩譲るものの、N-BOXだって決して悪いわけではありません。
ラパンを買った人がスペーシアを選ぶ?
では、この勝負N-BOXの王座防衛ということで…どうしたんですか、伶奈さん?
「私、先ほど申し上げましたが群馬出身なんです」(伶奈)
はい、それはさっき聞きました。からっ風よりも東京は冷たいですか?
「群馬では、免許を取った女性の2人に1人はラパンを買うんです」(伶奈)
え…スズキのラパン?それは初耳。エビデンスはあるんですか?
「そんなものはありません。でも、実感値はあります。ラパンの雑貨っぽいデザインは、女子にすごく人気があるんですよ」(伶奈)
なるほど、どう思う萩原さん?
「私は埼玉出身ですが、わかる気がします。ラパンとかミラココアとか、実家の近所ではよく見かけます。東京だとMINIがその地位にいますが、東京以外はラパンなんでしょうね」(萩原)
「ラパンに乗っている女の子が結婚して子供ができると、選ぶのはN-BOXではなくスペーシアだと思うんです。いかにもファミリー向けデザインのタントも、女子受けはイマイチみたいです。車っぽくないキッチュなデザインがいいんですよ」(伶奈)
ラパンをはじめ雑貨っぽい「かわいいクルマ」の記事はこちらから
でも、家族で遠出するなら、N-BOXのほうがACCも付いているし足回りもいいし…。
「家族で旅行に出かけるときは、旦那さんのミニバンやセダンで出かけるからいいんです」(伶奈)
お〜、今日一番の説得力(笑)。
「内装も、スペーシアのほうが無印良品やFrancfranc(フランフラン)みたいで、女子受けすると思います」(伶奈)
今日、初めて内装の話になった気がしますが、N-BOXの内装の質感はスペーシアよりいいですよ。
「質感の話はしていません!かわいいかどうかです!」(伶奈)
ちなみに、実測したわけではないためエビデンスはないのですが、N-BOXのほうがドアの内張が出ていて、ドアに厚みを感じます。それが結果的に、コンパクトカーみたいな運転感覚につながっている部分もあるんじゃないかな。
スペーシアは、室内の左右スペースを広げるために、ドアの内装が薄くていかにも軽自動車だなと。かわいいかどうかの話ではないですが、内装ついでに言ってみました。
あと、スペーシアにはフットレストがないのが致命的です。序盤から私がスペーシアに冷たかったのはこれが影響しています。
「これだけスタイルや内装のテイストが違うと、たぶんスペーシアとN-BOXって、迷わないと思うんですよ」(伶奈)
なるほど。250kmの試乗テストの結果も霞む、実に破壊力のあるご意見をありがとうございます。
一応、走りはN-BOXが、燃費はスペーシアが良かったということで、また次回お会いしましょう!
(取材協力)炭焼鰻「はじめ」
※記事の内容は2018年6月時点の情報で執筆しています。