「昔に比べてクルマが高くなった」と実感されている方、そういう話を聞いたことがあるZ世代の方はたくさんいらっしゃることでしょう。では、なぜクルマが高くなったのか、過去にさかのぼって社会情勢とともに、その理由を紐解いていきます。
国民車「トヨタ カローラ」と平均年収の関係性
1960年代(昭和30〜40年代)の高度成長期とともに、日本のモータリゼーションが始まりました。1966年に初代カローラがデビューし、1970年にフルモデルチェンジされた2代目などとともに、クルマは一家に一台というマイカーブームを牽引していきました。
2003年に登場した2代目プリウスは、それまで販売台数トップを記録し続けたカローラからその座を奪いましたが、現在でも総じてカローラを「国民車」と表現しておかしくありません。
そんな歴代カローラの新車車両価格と、平均年収を調べてみました。
カローラの価格と平均年収
カローラの価格は、最も人気のあったグレード、ないしは最多販売グレードを「中核グレード」としています。なお、世代により消費税の有無、地域別価格設定の違いなどがありますので、多少の誤差があります。平均年収は、国税庁の調査による「1年勤務者平均年収」としています。「カローラ/年収比率」は、カローラ価格を平均年収で割った指数です。
発売年 | 中核グレード | カローラ価格 | 平均年収 | カローラ/年収比率 | 時事 | ||
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初代 | 1966年 | 1100 DX | 495,000 | 548,500 | 0.9 | ||
2代目 | 1970年 | クーペ デラックス | 537,000 | 939,900 | 0.57 | オイルショック | |
3代目 | 1974年 | ハードトップ 1.2 デラックス | 699,000 | 1,821,000 | 0.38 | ||
4代目 | 1979年 | セダン 1.5 GL | 899,000 | 2,731,600 | 0.33 | ||
5代目 | 1983年 | セダン 1.5 SE | 1,088,000 | 3,292,000 | 0.33 | バブル景気(1986〜1991年) | |
6代目 | 1987年 | セダン 1.5 SE | 1,230,000 | 3,718,000 | 0.33 | 昭和→平成へ(1989年) | |
7代目 | 1991年 | セダン 1.5 SE-L | 1,398,000 | 4,673,000 | 0.3 | バブル崩壊(1991〜1993年) | |
8代目 | 1995年 | セダン SEサルーン | 1,382,000 | 4,570,000 | 0.32 | ||
9代目 | 2000年 | セダン G 1.5 | 1,443,000 | 4,610,000 | 0.31 | ||
10代目 | 2006年 | アクシオ 1.5G | 1,690,500 | 4,349,000 | 0.39 | リーマンショック(2008年) | |
11代目 | 2012年 | アクシオ 1.5G | 1,650,000 | 4,080,000 | 0.4 | ||
12代目 | 2019年 | セダン HYBRID G-X | 2,403,500 | 4,364,000 | 0.55 |
初代カローラの価格は、年収1年分に近かったことに対して、2代目はほぼ価格据え置きの状態で、年収が倍までもいかないがそれに近い上昇があり、実質半額ぐらいになっているところは非常に興味深いですね。ただ、2代目デビューはオイルショックの始まりの時期でもありましたが……
その後、日本の産業と経済は力をもち、バブル景気を迎えるころまでは、うなぎ登りの年収上昇。対してカローラの価格はモデルチェンジ毎に値上げするものの、年収対比は変わらず、実質価格据え置き状態となっています。
カローラの価格が高くなったのは、2000年代後半から。カローラに限らず、この頃からクルマの価格は上昇しています。
2010年代後半になると、クルマの価格上昇は顕著になります。単に車両価格が高くなっただけでなく、車両価格が高いハイブリッド車がセールスの大部分を占めるようになったという背景もあります。2019年のカローラ価格/年収比率は、0.55と昭和のオイルショック時と同等の水準になってしまいました。
名車が豊作だった平成元年あたりと比較するとざっくり倍!
平成元年(1989年)は、名車の豊作年。R32 日産 スカイライン GT-R、ユーノス ロードスター(NA)、日産 180SX、スバル レガシィ初代、トヨタ セルシオ初代など、無数の大ヒットモデルが誕生しました。その1年前は、一世風靡した高級車、日産 シーマの初代がデビューしています。この時期は、モデルチェンジ毎のクルマの進化が著しく、買いやすい価格のクルマも多く、自動車市場は大いに賑わっていました。
ユーノス・ロードスターや日産 シルビア・180SX、ホンダ プレリュードをはじめとする、当時の若者に人気だったスペシャリティカーの新車価格は、100万円台後半から200万円台前半が中心でした。高級車のシーマでは300〜400万円台が主流でした。
現在はどうでしょう?マツダ ロードスターは最安グレードでも約262万円、中心販売価格帯は300万円台です。平成元年当時のトヨタ クラウンのエントリーグレードの価格は約275万円で、今年デビューした新型クラウンのエントリーグレードは435万円でした。名車が豊作だった平成元年あたりと比較するとざっくり倍です。
クルマの価格が高くなる理由はおもに2つ
クルマの価格が高くなった理由は、原材料費の高騰と、安全および環境性能が厳しくなり、昔の基準ではクルマが設計・販売できなくなったという2つがおもなものです。
鉄鋼の価格
1989年(平成元年)前後の鉄鋼価格(厚板 19×5×10 の1トンあたり価格。産業新聞社調べ)は、6万円台後半で推移、1990年前半は5万円台と安くなり1990年後半には5万円を切るようになっていました。2000年代になると4万円前半とさらに安くなりますが、2004年に急騰し一気に8万円台となります。2008年には12万円台へ、その後は8万円あたりに落ち着きますが、2021年から再び高騰し13万円前後へ、2022年秋では14万6,000円と史上最高値をつけています。
安全・環境性能が厳しくなった
クルマの衝突安全性能、厳しい燃費基準、排気ガス規制は、クルマをモデルチェンジする度に開発陣を悩ませています。エンジンは改良を加えても、年々厳しくなる燃費基準、排気ガス規制に対応ができなくなり、新開発を迫られます。
ボディ、プラットフォームも高い安全基準をクリアせねばならなくなります。昭和時代に、四角いクルマが多かったのはこのためです。今の基準では、四角いクルマが作れなくなってしまいました。
この開発費や、性能強化に伴うコストは販売価格に転嫁され、車両価格を上昇させています。
ちょっと待ったぁ!クルマの価格が高くなったんじゃないんだよ!
もう一度いいます。「ちょっと待ったぁ!クルマの価格が高くなったんじゃないんだよ!」
カローラの価格推移や元年当時の車両価格と現在の価格を比較して「倍になった」で終わってはいけません。
日本国民の給与水準が上がっていないから!
国税庁が発表する直近の平均年収は400万円台前半ですが、かねてより年収300万円の時代ともいわれています。これは、超高額年収者が平均を押し上げているからです。バブル崩壊後の「失われた30年」の間は、ほとんど給与水準が上がっていないのが実情です。
対して、欧米の給与水準は、30年前に比べてざっくり倍になっています。日本の賃金はアメリカの半分以下になり、OECD(先進38ヵ国で構成される経済協力開発機構)の中では最下位グループとなってしまいました。
アメリカではクルマは高くなっていない?
米国トヨタのプリウスの販売価格は、25,075ドルからとなっており、最上級グレードの33,370ドルで2万ドル後半が販売の主流となっている模様です。アメリカの平均年収は、7万ドルとされています。
前述の、カローラ価格/平均年収指数と同じように計算すると、エントリーグレードで0.36。日本のクルマがまだ安かった頃のバブル期より少し高いくらいの指数です。米国でも日本と同様、安全・環境性能の高い基準を満たす必要があることと、バブル期にはなかったハイブリッドであることによるコスト増を考慮すると、アメリカではクルマは高くなっていないといえます。
物価の上昇に伴って給与水準が上がっていれば、モデルチェンジの度に車両価格が高くなっても、実質的には価格据え置きとなります。
日本では、バブル崩壊後物価の上昇がなく、給与水準がほぼ変わらないままの状況でした。クルマの価格は、世界的な原材料価格などと連動して定められるため、日本では、クルマの価格だけが上がってしまった状況になってしまったのです。
今や、ニューヨークで普通のランチを食べても、日本円で5,000円以上するようになってしまったようです。これはアメリカのインフレと円安が深く関係していますが、ニューヨークのアルバイト時給も5,000円程度が主流となっているようです。だいたい、アルバイトの平均時給とランチの平均価格は同じくらい、と考えると納得がいきます。
1ドル150円を突破したなどという円安のニュースと並行して、日本国内の物価上昇と、それに対する政府や自治体の金銭的支援のニュースを連日見ているような気がします。税金を物価高上昇に使うのではなく、給与水準上昇のために使わないと、焼け石に水のような支援になってしまわないか、筆者はとても心配です。
これ以上は日本政府への不満について書くことになりそうなので、ここで筆を置きます。
(文:宇野 智)
※本記事は、2022年10月下旬時点の執筆。