大雪山国立公園の東山麓に位置し、豊かな自然の広がる北海道は上士幌町。観光客が多く訪れる一方で、移動手段の少なさや、移動の担い手不足など課題を多く抱えています。全世代がいきいきと暮らす「生涯活躍のまち」を実現するためには、どのような移動サービスが必要なのでしょうか?
今回、MaaSミライ研究所のメンバーに2019年10月に上士幌町で行われた「生涯活躍のまち上士幌MaaSプロジェクト」の視察に行ってもらいました。前編では、自律走行バスを使った移動販売や、モビリティのレンタルなど、最新テクノロジーを駆使した実証実験の様子をご紹介します。
「生涯活躍のまち上士幌MaaSプロジェクト」が発足するまで
北海道のほぼ中央部に位置する上士幌町。東京23区よりも大きい約695平方kmの土地に、5,000人ほどが暮らしています。とかち帯広空港からは車で約1時間20分。総面積の76%を国立公園と国有林が占め、畜産や酪農が盛んです。
公共牧場で日本一の広さを誇る「ナイタイ高原牧場」や、24本の源泉を有する「ぬかびら源泉郷」など観光スポットも多数。夏と冬に開催されるバルーンフェスティバルには、全国から熱気球の愛好者が訪れます。
「上士幌町は人口5,000人規模ながら、4年続けて人口が増えている、全国でも珍しい自治体です」と教えてくださったのは、上士幌町役場企画財政課の梶達(かじ・とおる)さん。上士幌町では、少子高齢化による人口減少を見据え、2005年に町役場にワンストップの移住相談窓口を設けたり、移住者に向けたホームページをオープンしたりするなど、早い段階から移住者を呼び込むための取組みを開始しました。
また、2011年にふるさと納税を始め、集まった寄付金を子育て支援に活用。認定こども園の完全無料化や、高校生までの医療費全額補助など手厚いサポートに惹かれ、近年は道内の都市部のほか、東京からも移住希望者が相談に訪れているそうです。
年々、移住者が増えてきているとはいえ、少子高齢化問題が解消したわけではありません。
「上士幌町には、高齢の方と障がいのある方しか乗れない循環バス(完全無料の福祉バス)が走っています。また、つい最近まで7校あった小学校が統廃合になり、来年の3月には1校だけになってしまうため、各学区に住んでいたお子さんたちをスクールバスで送迎しています。循環バスには年間2,800万円、スクールバスには年間5,000万円ほど経費がかかります。来期の計画を作るために循環バスの乗降調査をしましたが、路線によっては、無人のまま空気を運んでいるような時間帯も…。どこかに行きたいときだけ予約を入れてもらうしくみを作るなど、移動の最適化をはかっていきたいと考えて、スマートモビリティチャレンジに応募しました」と梶さん。
上士幌町は、2017年に公道を封鎖してスマートモビリティの実証実験を行った実績や、電気の自給率1,200%など電気自動車を走らせるポテンシャルの高さから、スマートモビリティチャレンジの支援対象地域に選定。これに伴い、「生涯活躍のまち上士幌MaaSプロジェクト」が発足し、2019年10月に最新テクノロジーを駆使した移動サービスの実証実験が行われました。
複数のモビリティで行きたいときに行きたい場所へ
上士幌町での実証実験のポイントは2つ。
1つは、自律走行バスを移動販売車として活用すること。町の中心部にあるスーパー「Aコープルピナ」と、高齢者が多く暮らす「西団地」のあいだを自律走行バスで結び、商品を届けるというのが今回の試みです。実際に自律走行バスに乗ることができたので、こちらについては後ほど詳しくレポートします。
もう1つは、マイカー以外の移動手段を用意すること。とかち帯広空港や帯広駅と、上士幌町とを結ぶ路線バスは毎日走っていますが、本数はわずか。公共交通を使って「行きたいときに、行きたいところに」移動できる状態とはいえません。また、上士幌町には数多くの観光スポットがありますが、マイカーやレンタカーがなければ、観光客は町の中心部で足止めを食らってしまいます。
そのような移動の不便を解消するために、今回の実証実験では、複数の乗り物が用意されました。どのような乗り物があったのか、以下にご紹介します。
まずは、実証実験の拠点である「上士幌町交通ターミナル」と観光スポットである「ナイタイテラス」を結ぶシャトルバス。運行は1時間に1回で、料金は1往復1,000円です。
次に近場への移動のために用意されたクロスバイクやシティサイクル、電動アシストクロス自転車、電動自転車。クロスバイクとシティサイクルは1時間100円、電動アシストクロス自転車と電動自転車は、1時間200円でレンタルできます。
広い道を爽快に走れる電動キックボードもレンタル可能。しかし、バランス感覚が必要で、乗りこなすのは結構難しいとか。料金は1時間100円です。
上士幌町にはレンタカー事業者がないため、今回は町でシェアカーを2台用意。山道も軽々走れそうなスズキのジムニーとクロスビーが、1時間500円で借りられます。
実証実験期間は、これらの乗り物を利用するとポイントが加算され、上士幌町の名産品やオリジナルグッズと交換できる「上士幌町内観光乗りものチョイス」を実施。ここまでご紹介した乗り物のほかに、路線バスである十勝バス・拓殖バスや、自律走行バスを利用してもポイントが加算されるしくみでした。
乗り物の予約やレンタルは、この実証実験のために開発された専用のアプリから行います。予約から決済までアプリで完結でき、わずらわしい手続きは発生しません。
自律走行バスが高齢世帯の暮らしを変える
ここからは、自律走行バスの実証実験の様子をレポートしていきます。先にも述べたとおり、町の中心部にあるスーパー「Aコープルピナ」と、高齢者が多く住む「西団地」のあいだを自律走行バスで結び、商品を届けるというのが今回の試みです。
西団地からAコープルピナまでは1.3kmあり、買い物に歩いて行くにはちょっと不便な距離。高齢者の中にはマイカーを手放した方も多く、食品や日用品を買うためにタクシーを呼ぶことも少なくないのだとか。そこで、自律走行バスが団地の近くまで商品を運んでくれるなら、そのような不便は解消されます。
自律走行バスの実証実験でも、専用アプリが大活躍。アプリに掲載された商品から欲しい物を選ぶと、その情報がAコープルピナに送られ、商品が自律走行バスに積み込まれます。Aコープルピナに行くと、すでにいくつかの商品がコンテナに積み込まれていました。自律走行バスに乗って、商品が輸送される様子を見ていきましょう。
自律走行バスは、フランスのベンチャー企業であるナビヤ社製。ハンドルのない11人乗りの自動運転車で、公道で荷客混載の実験を行うのは国内初だそうです。
「この車両は、事前にルートをマッピングし、道を覚えさせることで自律走行が可能になります。3D LiDARセンサーが車両前後についていて、周囲にレーザーを照射することでどんな建物があるか記憶します。その記憶と、GPSを利用した経緯度情報を照合し、今どの地点にいるか把握しながら走るんです」と教えてくださったのは、SBドライブ株式会社の丹野さん。
建物や看板など、何らかの固定物があれば迷わず走れるものの、砂漠のように何もない場所では位置が認 識できなくなってしまうそう。今回も位置が認識できなくなり、一時停止するトラブルが発生しているそうですが、こういった実験を繰り返し、安定して走行できる方法を確立していくとのことでした。
将来的に完全無人化を目指しているそうですが、今回は、トラブル発生時等に手動で車両を操作できる体制で走行。
「ハンドルがないのにどうやって操作するんだろう…」と見ていると、丹野さんが取り出したのは、なんとX-box(マイクロソフトが開発した家庭用ゲーム機)のコントローラー。
「今回は、信号が赤でも青でも必ず止まる仕様になっています。今後は、信号機からの通信を使い、赤な ら止まる、青ならそのまま進むといった制御をする予定です(2019年10月に千葉県幕張の実験で実施済み)。信号画像認識により色で判断すると、西日や車のバックライトで誤認してしまう可能性もあるので、通信を使って制御するのが今のところ最も安全だと考えています。そのほか、どのようなトラブルが起こるか未知数なため、さまざまな場所を走って検証している段階です」と丹野さん。
ナビヤ社の自律走行バスは、すでに世界で100台ほど運行しているそうです。現在はトラブル対応のため車内に人が乗っている状況ですが、完全無人による実用化を目指し、世界中で実証が行われているとのことです。
東京から移住した夫婦が期待する、未来の上士幌町の姿
自律走行バスは、何度か一時停止を繰り返しながらも、無事に西団地へ到着。自律走行バスからコンテナを降ろし、注文した方に商品を手渡していきます。
時刻はちょうどお昼どき。お弁当を注文したというご夫婦にお話を聞いてみました。
「4年前に、東京から上士幌町に移住しました。マイカーも持っていますが、夫婦ともにデザイナーとして自宅で仕事をしているので、お弁当を近くまで届けてもらえるのは楽だしうれしいですね。今回は、購入できる商品が限られていますが、チラシに載っているような生鮮食品や日用品が全部買えるようになればいいなと思います」
今回は、アプリの使い方がわからないご近所の高齢の方たちにも声をかけたそう。
「おばあちゃんたちがアプリの操作を覚えるのは、やっぱり難しい。欲しい物を聞いて、自分たちが代わりに商品を予約してあげれば、あとは届くのを待つだけだからいいかなと思いますね。また、特売日で砂糖が100円だから、今日は砂糖だけ欲しい。でも、砂糖1袋を買うためにタクシー乗って行くのはちょっと…っていう方が結構いるんです。そういうときに『ごめんね、砂糖だけ頼んでもらっていい?』って、私たちに気軽に頼めるようになるといいですよね。『スーパーまで買いに行ってほしい』は言いにくいけど、『アプリで予約してほしい』なら言いやすいと思うので」
上士幌町での暮らしについて聞いてみると、「東京にいたときは、向かいの家に住んでいる男の子の名前もわかりませんでした。今は、子供といっしょに町内会の掃除などに顔を出していますし、顔見知りになった方と自然に会話が生まれます。ご近所の皆さんに子供の顔を覚えてもらえているので安心ですし、そういう環境で子育てできるのは幸せなことだと感じます」とご夫婦は話してくださいました。
片道40分のプチトリップ!電動自転車でナイタイ高原牧場へ
自律走行バスの実証実験を見届け、拠点である上士幌町交通ターミナルに戻った後、町民の方とお話しすることができました。この日は電動自転車をレンタルしてナイタイ高原牧場まで遊びに行ったそうです。高原で撮影した写真も見せてくださいました。
「ナイタイ高原まで、電動自転車で40分ほどかかりました。今日は気温が低かったので、しっかり防寒対策して走りましたね。晴れている日なら気持ちよく走ることができると思います」
「専用アプリから電動自転車を予約し、2時間の利用で400円でした。電動自転車を借りるとポイントが加算されて、貯めたポイントはナイタイテラスのソフトクリーム(400円)と交換することができました。ソフトクリーム代で自転車に乗れた形で、お得でした!」
さまざまな実証実験を視察し、移動サービスが変化することで町がより豊かに変わっていく未来を想像することができました。
視察レポートの後編では、株式会社MaaS Tech Japanの日高社長と上士幌町役場の梶さんへのインタビューをお届けします。
※この記事は2019年12月の「高橋飛翔のMaaSミライ研究所」の内容を転載しています。