その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。今回はミドルサイズSUVの先駆けとなった「日産エクストレイル」の4代目モデルについて、エクストレイルのチーフビークルエンジニアである中村将一(なかむら・まさかず)さんに話を伺いました。前編となる第38回は開発の背景を中心に深掘りします。
エクストレイルに関わったのは2015年から
島崎:中村さんは、ご入社以来、海外、日本国内でいろいろなお仕事をされてきたそうですね。
中村さん:はい。日産には1995年に入社したので27年半になりますが、16年ほど車体設計をやっていました。最初にやったのはC35ローレル、L31アルティマ、アメリカではフルサイズのタイタンとアルマーダ、それとR35GT-Rのプラットフォーム、車体もやっていました。その後、ASEANに赴任し、ダットサンのインドネシアの立ち上げではプロジェクトのとりまとめをしました。エクストレイルに関わったのは2015年からです。
島崎:車種はいろいろ手がけてこられたんですね。
中村さん:まあ、そうですね。ただ車体設計ということでは、どちらかというと王道というよりキワモノといいましょうか(笑)。トラックもGT-Rも、という感じで。エクストレイルのような王道は最近になってからです。
島崎:エクストレイルは2015年からということは?
中村さん:ハイブリッドを出して、まさにマイナーチェンジからです。
コロナ禍のもとグローバルモデルを開発する苦労
島崎:あの、決して眉間にシワを寄せてお話を伺うつもりはまったくないのですが、この2年半はコロナ禍で、半導体がなくなり、工場も操業停止と大変なことだらけだったと思いますが、月並みですが、今回のエクストレイルはどのくらいの影響があったのでしょうか?
中村さん:今挙げていただいた要因にはそれぞれ影響を受けています。コロナでいうと、そもそも会社に仕事に来ることができない。もちろんそれで遠隔が進み、気がついたこともあった。が、やっぱり、“フィジカル”と呼んでますが、実際に実験しながら人が集まって効率的にやれたものがやれなくなりました。エクストレイルの場合、北米などではローグとしてグローバルに開発していますが、海外で評価しようとした時の苦労もありました。遠隔でできることと、やっぱりフェイス・トゥ・フェイスじゃないと難しいことがあることに気がつきましたね。
島崎:そうだったんですね。
中村さん:最後の作り込みで起きたことですが、輸送もそうですし、今までなら3人くらい同時に乗って評価していたところを別々にしようとなって時間がかかった。効率が落ちてしまうことはありましたし、最後に工場に皆で集まってモノを見ながら一気に評価するというのも大変でした。遠隔でカメラで見ながら……というのも、意外とできるなぁと思ったこともありましたが、やっぱりモノを見ながらのほうがやり戻しが出ないのかなぁ、と。
島崎:仰っている“やっぱり”ということは、やはりあるものですか?
中村さん:ありますね。現場・現物・現実の3現主義は、やっぱり大事だったんだなぁと、逆説的に気がつかされました。わかった人が現場でモノを見て「これはこういう原因だよね」と気がつくところに辿り着くまでに凄く時間がかかってしまう……そういうことがよくありました。
島崎:今回のエクストレイルで、たとえばそういう事例に、どんなものがありましたか?
中村さん:海外のサプライヤーさんへ訪問して、ラインを見せてもらいながら設計してという活動を一般的にはやっているのですが、コロナ禍で当然行けない。そこで現場のラインをビデオで見せてもらいながら遠隔でやるのですが、時差に加えて、音が生に聞こえてこなかったりするので、コチラから「どうですか?」と聞いてもその場にいる人のコメントが拾い切れない。なので気がつくべきことがあとになった……ということはいくつかありました。
島崎:非3現主義ということですね。
中村さん:逆に海外の工場の事例では、通常は現地に行って判断するのですが、現地の人にお願いをして、コミュニケートしながら、やってやれないことはないな、とも。まあ日産だけの例外ではなく、自動車会社だけでなく、皆同じ苦労をされているのだと思いますが……。話は逸れますが、新しく入ってきた人とも、ビデオでもある程度わかりますが、表情とか阿吽の呼吸のとりかたとか、やっぱり時間のとりかたが側にいるのとは違って難しいところがありますしね。
島崎:そうですね。僕も付き合いのある編集部のまだ1度も会ったことのない新しい人とメールと電話だけでやりとりしていて、伝わりきらない歯痒さを感じたりします。
中村さん:話は逸れましたけど。
島崎:あ、すみません。すっかりNHKの働き方改革についての討論のようになってしまいましたが、エクストレイルの話に戻させていただくと、先日、広報車をお借りしまして、ざっくりとですが「非常に心地いいクルマだな」と感じました。オンロードの快適性のことでいえば、先代から格が違うような。
我々としては“上質”を作り込んできた
中村さん:造形の入江が話していた“タフギア×上質”がもっとも端的でストレートにやろうとしていたことを表現していますが、開発コンセプトも同じで、オンロードでも快適と仰っていただいたのは狙ったとおりで嬉しいことです。
島崎:先代も快適でしたが、別世界ですね。やはりプラットフォームが新しい影響ですか?
中村さん:もちろんそれもありますし、加えて、e-POWER、e-4ORCEの組み合わせも。土台となるサスペンション、車体も大幅に改善していますので、そのおかげでよいと言っていただけているのかなあ、と。
島崎:三菱アウトランダーPHEVとは、随分キャラクターが違いますね。
中村さん:プラットフォームは共用しながらもブランドが違いますから、三菱の本多さんも仰っていると思いますが、ここというところは狙ってチューニング、作り込みをしていますから、我々としては“上質”は作り込んできた部分ではあります。
島崎:アウトランダーは市街地などで、重厚で意外とワイルドなドライバビリティに感じました。やはりパワートレインの違いが大きいのでしょうか?
中村さん:パワートレインはもちろんですが、サスペンションのチューニングでその辺の印象は変わると思いますので、ひとごと的あるいは手前味噌かもしれませんが、結果的に違いが上手く出せてると思います。
島崎:改めて伺いますと、エクストレイルのサスペンションの狙いはどういうところにあったのでしょうか?
中村さん:上質というところです。それとエンジンが静かになりましたが遮音にも気を配っています。上質な乗り味の表現では突起を乗り越えた時のスムーズさも気を配りました。
開発費がシェアできたことが三菱とのアライアンスの最大のメリット
島崎:三菱の本多さんたちが、エクストレイルのパワートレインが欲しい……とは仰ったりされましたか?
中村さん:そのあたりはどうでしょう、お答えしにくいというか、本当に私はそこまで知りませんが、可能性のひとつとしてのスタディという意味で、そういう論議はあったのかも知れませんが……。
島崎:とはいえ、三菱車にとって四駆は基礎であると仰っていますから、そこは譲れないところだったのでしょうね。アライアンスのいいことは、どのようなことがありましたか?
中村さん:やっぱり開発費のシェアの部分。開発のボリュームが増えてきています、ADASなどの運転支援、コネクテッドとか、今までと違った電装系の技術が追加で乗っている。プラットフォーム開発もやらなければいけないことが、私が入社した30年前、20何年前とはぜんぜん違っている。なのでそれらをシェアすることはリソースの集中の意味でいいことがある。
島崎:確かにそうでしょうね。
中村さん:それとまた話が逸れますが、いろいろな会社のいろいろな開発の仕方を学ぶといったことも。お互いにいろいろな考え方を知るというのは勉強になりました。
島崎:なるほど、そのあたりも深く知りたいところですが、そろそろエクストレイルの走りの話が聞きたい、という読者の声が聞こえた気がしましたので、それはまたの機会にお願いします(笑)。
後編ではe-POWERとe-4ORCEで刷新されたエクストレイルの走りを中心にインタビューします。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年10月時点の情報で制作しています。