その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第18回は前回のデザイン編に続き、発売から1ヵ月で計画の6倍以上となる32,000台もの受注を記録し、滑り出し絶好調な新型ホンダヴェゼルのコンセプト編です。今回は本田技研工業株式会社 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両開発二部 開発管理課 チーフエンジニアの井橋 祥共(いはし・よしとも)さんと、株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター 第3技術開発室 第4ブロック 研究員の大久保 慎一(おおくぼ・しんいち)さんに話を伺いました。
某社さんの“何とかX何とか”みたいじゃない?という声は実車を見ると消えた
島崎:実車はやはりスリークなスタイリングが印象的ですね。
井橋さん:今回はフィット、ホンダeから展開を始めた“シンプリシティ”をキーワードにしたデザインで、新型ヴェゼルもキャラクターラインを水平の1本で仕上げました。先代とは正反対、新型は面構成で美しさとかシンプルさを表現しているのです。ただ、今回はワールドプレミアをウェブで公開しまして、2次元ではキャラクターラインがあったほうが形が伝わりやすいんですね。なのでスタイリングのよさは実車をぜひ見て感じていただきたいんです。
島崎:5月のデザインのインタビューの時に、広報の方もそう仰るので、阿子島さん(=デザインご担当の方)にはZoomではなく青山のウエルカムプラザまでお出向きいただいて、実車の前でお話を伺いました。
井橋さん:ワールドプレミア以降、某社さんの“何とかX何とか”みたいじゃない?といったお声もあったのですが、実車が店頭に並んでお客様に見ていただけるようになったら、グンと評価が好転したのを感じました。
島崎:中国で公開されたクルマ(=Honda SUV e:prototype)も同様でしょうか?
井橋さん:同じBカテゴリーのSUVで新しいホンダのデザイン言語も統一されているので、似てる、一緒なのか?というイメージを持たれるかもしれません。が、あちらの開発部隊は別でして……。
島崎:あ、今チラッと別の情報をいただいたような気がしましたが……。
井橋さん:ははは。
ワイパーも見えないようにこだわった“動感視界”
島崎:それにしてもフードの見え方もそうですし、視界のよさが運転しやすくていいですね。
井橋さん:我々は“動感視界”と呼んでいるのですが、いかにストレスを感じずに運転できるか。インパネも雑音のないスタイリングや、それを阻害しないインターフェース系の配置、操作のしやすさ。ドアライニングのラインがフードに繋がって、さらに延長線上に自分の進行方向があります。そんな自然さ、ストレスのなさに気を配り、実は新型ではワイパーも見えないようにしました。
島崎:あ、そうですね。きょう(=試乗日)は雨で使っていたので、ちょっと気付きませんでした。
井橋:格納状態でスタイリングとバランスをとりながら設定しています。
島崎:80年代のプレリュードなどを意識したスタイリングだとか?
井橋さん:車種によりトレンドは違いますが、ことSUVは、フードをしっかり見せてルーフもスッとストレート形状にして、伸びやかなスタイリングにしました。フロント回りもストンと落としてボリューム感のある形状としました。
島崎:Aピラーの付け根が車両感覚が掴める位置なのもいいですね。それだけで「乗ります」と言いたいくらいです。
井橋さん:ぜひご購入いただいて(笑)。Aピラーは先代より80mmほど根元を手前に引き、左右の運転視野を広げています。さらにピラーとドアミラーの間に隙間を設けて、右左折時の安全確認にも配慮しました。
島崎:そういったお話やAピラーの位置、フードの見え方など、運転しながらクルマの形がちゃんとわかりますよね。クルマの運転が本当にわかっている目利きの人がいるかどうか、ですね。
井橋さん:ご理解いただけて嬉しいです。開発ではVRも採り入れながら、とくに視界の領域に生かしています。そこでVRにインテリアとエクステリアのデータを入れ込んで、普通の道路を走る状態で、ピラーの位置や見え方のバランスを吟味しています。
デザインのキッカケは視界の最適化
島崎:天地方向の視野はあまり欲張っていませんね。
井橋さん:今回、PLaYグレードにパノラマルーフを設定していますが、“より空を感じていただきたい”という思いから、運転中に認識できる周辺視野50度の中に入れて、オープンカーのような開放感が得られるようにガラスの開口位置を意識し、フロントガラスの視認エリア、骨格とのバランスから決めました。先代よりフロントガラスの上端は低いですが、運転していて困ることはないはずです。
島崎:確かに、信号待ちで先頭になっても、昔のミニのように信号を覗き込むように見上げないと見えない……ということはありませんでした。フロントガラスの傾斜角度を何度起こした……そういったデザイン的なお話ではないのでしょうか?
井橋さん:デザインのキッカケは、角度が何度かというより、ピラーの位置を何mm動かせば視界が最適化できるか、そういう考え方です。
いいタイヤの性能を使い切れるようサスペンションに仕事させる
島崎:きょうは(山中湖で実施された試乗日当日)外は嵐のような天気になってしまったので、湖の回りの一般道を流すように走りましたが、狭い場所でのすれ違いに気を遣うこともないし、何よりも乗り心地にもステアリングフィールにも神経が逆撫でされず、操作に対してクルマの一連の動作、所作がキレイに繋がっていて、本当にゆったりとした気分で走らせていられました。
井橋さん:ありがとうございます。ホンダというとキビキビ走るイメージがあるかもしれません。そこはすべて捨てた訳ではありませんが、やはり乗り心地だとか、“あそこへ行きたい”とスッとステアリングを切って思ったところにトレースしていく足回りを重点的に開発しています。そのためにボディをしっかりさせて、ダンパー取り付け部の剛性や、動いてこそのサスペンションなので、低フリクション技術を入れて、懐が深く、微振動でも早く動き、ステアリング操作も初期入力に対し必要な分、しっかり動いてくれるようにしました。
島崎:試乗車はミシュランを履いていましたね。丸いなぁと思いました。
井橋さん:タイヤの性能をしっかり使うためにもサスペンションは大事です。今回はその意味でもしっかり仕事をさせて、せっかくのいいタイヤの性能を使い切れるようにしています。
やっぱり乗り心地も大事、アップデートされたホンダの考え
島崎:現行シビックあたりからでしたか、ホンダのクルマはダンピングがよくピッチングモーションも小さく、クルマの挙動自体もなめらかになったと感じました。何かホンダの中で心変わりでもあったのですか?
井橋さん:とくに思想が変わったということはないです。が、キビキビ走れることだけじゃなく、お客様が普段運転される道や速度では、やはり乗り心地は重要だなと。フィットもそうですが、今回のヴェゼルでも、いい乗り心地をしっかり提供しよう……そんな思いは以前よりも強くなっています。
島崎:初代ストリームが出た時に、当時のLPLのFさん直々の運転で、フル乗車で鷹栖のテストコースを乗せていただいたことを思い出しました。僕は3列目でしたが。
井橋さん:そうでしたか。
島崎:おかげでホンダ車はミニバンでも“走る”と、実感させていただきました。
井橋さん:当時はそういう“毛色”はあったかもしれませんね。今のオデッセイのCMも当初はそんな感じだったかな。もちろんそれもホンダの色ですから、当然最低限の乗り心地は保証していたと思いますけど。
島崎:最低限の、ですね?
井橋さん:今はお客様の指向も変わり、ホンダの考え方もアップデートされて、やっぱり乗り心地は大事だよねという中で、要素技術の開発は進めています。ヴェゼルでいうと、リアサスペンションのブッシュを新開発して、乗り心地と、横力が入った時にも操縦安定性を確保するという、相反する要求性能を両立させる技術を入れました。
感動は実際に出かけてこそ、ストレスなく目的地まで行っていただきたい
島崎:FF、AWDともリアサスペンションの形式は同じですか?
井橋さん:はい。カタログ上は“車軸式”と“ド・ディオン式”ですが、基本的にはリアデフを除ける“Hビーム”ですので、基本仕様は同じといえば同じです。
島崎:そうなんですね。
井橋さん:サスペンションは、その地域ごとのお客様の感じ方も違えば、路面状況、環境も異なるので、完全に仕様をひとつにはしない。それぞれに合わせたセッティング、作り込みはしています。新型ヴェゼルはジェネレーションCをターゲットにAMP UP YOUR LIFEのコンセプトを掲げ、SNSで情報を収集したり自分から発信したりしているような、幅広い世代の人たちにぜひ乗っていただきたい。感動はやはりその場に実際に出かけてこそ一番大きいと思うので、気軽にストレスなく目的地まで行っていただきたい、という思いを常に念頭に置きながら開発しました。
大久保さん:パワートレインのセッティングも、踏んだなりに応えられるように、ドーン!と反応させることも技術的には可能ですが、アクセルを踏んで予想しやすく使いやすく素直な挙動を狙いました。雑味を消し、目立たないパワートレインというか。開発者はとても目立ちたがるんですが……。
島崎:目立ちたがるチームに属していらっしゃるのに、大久保さんには最後に一言しか伺えずたいへん申し訳ありませんでした。どうもありがとうございました。
パワートレインはたとえ何であれ、ホンダ車の新しい方向性に期待
それとね……と、井橋さんに、インタビューのテーブルから、おもてのヴェゼルの試乗車に案内された。ドアを開け、例のパノラマルーフの隅を指さしておられるので見ると、黒セラミックの一部分に“アンプ・アップ”のシンボルとヴェゼルが小さく模ってあった。ほかにテールゲートのガラス部分にも同じワンポイントが。「乗っていて、こういうのを発見するのって楽しいじゃないですか?」と井橋さん。
現行フィットに続き新型ヴェゼルも、オノマトペでいうとギラギラ、ギトギト、ゴテゴテした少し前までのホンダ車のデザインから脱却したように見える。そのココロは、オーナーにとって心地いいパートナーであるためだ、と。かつてのホンダ車がそうだったように、パワートレインはたとえ何であれ、これからも(再び?)クルマ好き、ホンダ車好きの気持ちをトキめかせてくれるクルマがどんどんと登場してくることに期待を寄せたいと思う。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2021年7月時点の情報で制作しています。