その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第77回は2024年4月25日に発売されたホンダ「ヴェゼル」(2,648,800〜3,776,300円)のマイナーチェンジモデルです。初代に続きヒットモデルSUVとなったヴェゼルの改良ポイントについて、本田技研工業 四輪事業本部 四輪開発センター LPL室に所属し、社内最上位ドライバーライセンス(Sライセンス)をお持ちで新型ヴェゼルの開発責任者を務めた奥山 貴也(おくやま・たかや)さんに、編集長の馬弓も交えてお話を伺いました。
まずはデザインの見直しから始めた
島崎:最近、自分の記憶に自信が持てないお年頃なのですが、奥山さんには以前にもお会いしていたんですね。
奥山さん:ええ、フィットで最初に鷹栖で先行試乗会をやった時から……。
島崎:あ、そうでしたね。失礼いたしました。最近、めっきり自分の記憶力に自信が持てなくて、失礼してしまいすみません。あの、新しくなったヴェゼルに試乗して、いろいろなところがよくなった、もっというと、今まで記事で書いたり言ったりしていたところをことごとく良くしてもらえたなぁ(笑)と感じました。この新しいヴェゼルでは、従来型に対してどこをどう変えようと考えたのですか?
奥山さん:開発の順番的にはまずデザインを……。
島崎:えっ、まずデザインですか?
奥山さん:ええ、エクステリア、インテリア、世界観含めて、どうあるべきか?をベースに作りました。それがクルマ全体の雰囲気だったり目指す方向になるので、そこに合わせて、ダイナミック性能をどうするかも。クルマは味付けひとつひとつで、それを乗っていただけるお客様の感じ方、味わい方も変わってくる。料理と一緒で素材は同じでも組み合わせ次第で変わってくる。人に与える感動だとか満足感も変わってくる。
島崎:なるほど。
奥山さん:SUVはやっぱりタイヤがデカくて、車高が高くて、実はエンジニアにとっては無駄の塊なんです。燃費も走りも悪くなる。でも全世界でSUVがこれだけもてはやされているということは、カッコよくなければ駄目なんだというのが1番にあると思う。だからそのカッコよさを押し付けるのではなく、ちょっとクールで品があってセンスがいいという魅力をBセグメントの中でヴェゼルは初代から持っている。そこを延長線上で極める。「エクスパンド・ユア・ライフ」でエクステリア、インテリアをそこに持っていく……。そうなるとダイナミック性能のほうも同じような考え方になっていくんです。
島崎:そういう流れなんですね。
気になるのはハイブリッドのエンジンの存在感
奥山さん:ベースがある程度できあがって、そこそこいいという評判はいただいています。でもどこが足らないんだ?となると、まずハイブリッドのエンジンの存在感が気になる。それは我々作っている側にもあったし、ユーザーさん、メディアからもコメントがあった。そこを何とかしたいということになった。そこでまず遮音をしっかりやり、エンジンの制御をしっかり抑えられるところは抑える……そう組み合わせていき、今回マイナーチェンジでやるべきことを積み重ねていったのが形になった、ということです。
島崎:今までのエンジン、ハイブリッドについては、どういう評価だったのですか?
奥山さん:我々は2リッターのバランサーシャフト付きのハイブリッドを持っていますが、1.5リッターだと抵抗になりバランサーシャフトがなかなか付けられない。4気筒は必ず、あるトルクピークのところで振動が出る。4000回転くらいを使うとモーッとなってしまう。そこはどうしても使わざるを得ないのですが、1.5リッターは2リッターに対して非力なパワートレインなので、そこをどうやって音を抑えるかが、もともと課題でした。
島崎:お話を伺ったから言う訳ではないですが、走らせていてエンジン音、回転、パワー感などまったく嫌じゃないというか、自然になったなぁと実感しますね。
奥山さん:e:HEVは基本的にはシリーズで走っていて、エンジンが発電しているのはご存知のとおりですが、発電させるからにはどうオペレーションするか。日本で初めてアコードでi-MMDを出した時は、やはり効率を求めて基本を作っていたので、どうしてもドライバビリティでいうとドライバーに対してエンジンの関わりが合わないところがあった。たとえば小田原の街中だとすごい静かなんだけど、箱根ターンパイクのような厳しい連続する勾配だと、料金所を過ぎて次のコーナーの手前で唸っちゃってそれ以上は同じ状態。これだったらアコードじゃないよね、だった。
島崎:13年くらい前、2代前のアコードの頃のお話ですね。
奥山さん:あの当時のアコードも遮音などそれなりにいいボディを使っていたのですが、じゃあどんどん静かにさせればいいのか……というと今度はドライバビリティがよくなくなる。そうするとエンジンをどうやって人に合わせたらいいんだ……ということでガソリン車の気持よさをやろうということでステップシフトの発想が生まれ、ならば普段も気持よくするにはどうやったらいいいんだろうと知見が高まっていき、レースフィールドの全開と停止の過酷な状況でもハイブリッドのマネージメントをやりながら進化させていて、出せば出すほどよくなっているのが正直なところなんです。
簡単にいうと人を騙して電気を作っちゃう
馬弓:日産の第2世代のe-POWERの発電の仕方がめちゃくちゃ良くなって、エンジンがかかるタイミングなども気づかないくらいで僕らもびっくりしました。あれもひとつの解だと思いますが、ホンダさんはどうご覧になりましたか?
奥山さん:基本的には我々ホンダも、日産さんもトヨタさんも、ハイブリッドではエンジンで電気を作らないといけないシチュエーションが必ずあるんです。だからエンジンをかけなければならない。そのかけるタイミングと切り方をどうやれば違和感がないか。簡単にいうと人を騙して電気を作っちゃう。そういう思想は各社同じです。ただ手段として、日産さんはロードノイズが大きいときにそれをマイクで拾ってエンジンをかけている。
馬弓:シビックのときにスピーカーから音を出したりしていましたが、今回は?
奥山さん:していないです。
島崎:吸気の音の演出なども?
奥山さん:今回は入れないでインシュレーターの厚みを上げるなどして、雑味が取れ、本来の4気筒の音だけが聞こえてきて、結果サウンドがよくなっている。
島崎:音の対策は今回いろいろ行なわれていますが、走らせていると静粛性を上げた上で聞こえる音になっていますね。
奥山さん:音もそうですし、エンジンの制御を人が加速したい時にエンジン音がついてくるようにし、でも音の高まりは人が期待する以上は出さないところで留めています。
馬弓:出来の良い多段ATのように細かくステップを切っているところが凄いな、こんな手もあるんだと思ったのですが、もしかしたら燃費を犠牲にしているんじゃないかな、とも。そう変わらないんですか?
奥山さん:燃費を期待するところはやはりクルージングであったりしますし、パワーが欲しいところはそもそもエンジンを回さないといけないので、そこは大きくは変わらないですね。
馬弓:ほぼほぼ変わらないんですね。踏み込んだ時の上昇するエンジン音は見事ですが、あまり踏んでいない時は一定の回転数でこっそり発電していることにも進化を感じました。第二世代e-POWERの制御は知恵があると感じましたが、このe:HEVの制御もエンジンのホンダらしくて素敵です。
奥山さん:そうですね、一定で回していたり、ある領域になるとステップを切り始めます。どんどん今、制御を仕込んでいますので、どんどんよくなります。
足回りは王道のクルマの作り方をしている
島崎:そうそう、それと乗り味が断然よくなっていますね。本当はこのインタビューの冒頭でお顔を見てまず伺うつもりだったんですが、走り始めの足が少々突っ張った感じが見事に消えて、ヴェゼルというクルマに期待したい、ホッコリとした乗り心地にしてもらえましたね!
奥山さん:基本的には路面の追従性と接地感をよくしている方向です。前回は欧州と日本仕様を作り分けていたのですが、今回は同じものです。欧州はスピードレンジが非常に高く、街中で石畳があり、郊外のワインディングも100km/hオーバーだったりアウトバーンだったり。そういうどこでも走れるような追従性のいい足じゃないとスタビリティ、快適性が出ない。結果、動き出した瞬間からなめらかで無駄な動きがないクルマになっている。わかりやすい軽快さだけを演出しようとすると、日本市場だけだったら固めた足のほうがいいかもしれませんが、今回のマイナーチェンジではハンドリングは犠牲にせずに乗り心地もよくしたので日欧で統一できたということです。
島崎:その乗り心地を良くする具体的なセッティングって、名店の鰻屋のタレかもしれませんが、どういう風に、ですか?
奥山さん:なかなかレシピは言えないですけど(笑)。基本的には一般的な王道で、縮み側にあまりテンションをかけずに浮き方向を抑える。あとは前後のバランスもありますが、ホンダはフロントを追従よく先にロールさせてリヤでガチッと安定させる方向です。
島崎:伺えて、きょうお話ができてよかった!
奥山さん:最近、ヨーロッパはフロントをガチッ!とさせてスッと入れて、リアを緩ーくしてという方向ですが、そうすると結構ピーキーになる。ステアリングがスッと入っちゃうので、リアを緩くしていてもちょっと路面が悪いところではオーバーステアを誘発するようなところもある。我々は飛ばしていってタイヤのスキール音が鳴ってそれで限界が来るような王道のクルマの作り方をしているんです。
島崎:最近のホンダ車の足回りの組み付け方はそのためですか?
奥山さん:“1G締め”のことですか? 最近ホンダがやっているのは乗車2名の状態の車高で締めつけているんですよ。今までやっていたのは“空車1G”といって人が乗らない状態でブッシュがこじれないように規定のトルクで締める。でも実際には1人以上乗るわけですから、それだとブッシュがこじれてしまう。その状態でセッティングすればクルマはできますが、ブッシュの使い方としては2名の状態で締めつけたほうがブッシュの性能の1番イニシャルが出て、容量を上げたかのような懐の深いブッシュの使い方ができるんです。昔はブッシュの硬度がこれ以上上げられない時にわざとこじらせてセッティングしていたこともありましたが。
島崎:よくわかりました。我々にもホンダの暖簾を下げた鰻屋ができそうな気がしてきました。同様にステアリングのセッティングの考え方もお話いただけますか?
奥山さん:仰ったようにこれまでは硬めの足に合わせてステアリングもシッカリとしたセッティングでした。今回は足を動かして追従性を良くしているので、より自然に舵が入っていくので、スッキリとした方向になり、自然で疲れず、どなたが乗っても上手く走れるクルマになっています。
島崎:最初のころとは随分趣の違いを感じますね。よりシットリとした操舵感で。
奥山さん:連続的でリニアリティのある。
島崎:それはパーツではなくセッティングの見直しということですか?
奥山さん:そうです。昔のホンダ車は足回りを硬くセットアップするとボディのどこかが弱くなるので、補強してボディ剛性を上げて、それを売りにしたりしていました。今は衝突安全のために基本的にはボディがシッカリ作っていて、むしろ補強などせず過剰な剛性を抜くくらい。シナリがあり十分カッチリとしたボディなので、セッティングだけで、いかようにも方向の違う乗り味が作れるんです。
エンジンだろうがモーターだろうが、ホンダは走ってナンボ
島崎:奥山さんのご経歴は、どういう分野になりますか?
奥山さん:走り系ですね。動力性能のうち走る/曲がる/止まるでいうと“走る”。S-MXのスロットル特性を決めたり、NSXのDBW(編集部注:ドライブ・バイ・ワイヤ=電子制御スロットルコントロールシステム)の設定、あとS2000では6速・100km/h・3300rpmというとんでもなくウルさいギヤレシオを決めたり。
島崎:車種でいうと幅広く手がけてこられたんですね。
奥山さん:唯一、軽自動車だけは担当していませんね。どちらかというと走り系のクルマを担当させてもらってます。普通のクルマじゃ嫌なところもあって。やっぱりスポーティなクルマが好きなので(笑)……。スーパーGTにあのデザインで出て、世の中に出せませんでしたが、NSXのV10の開発などもやっていました。レースでは乗らないで、ドライバーの意見を聞いて、どうやってクルマを速くできるか、クルマを作る側ですね。
馬弓:本当はご自身でもレースに出たい?
奥山さん:本当はやりたいんですけど(笑)。今も週末はレースに視察で行っているのですが、先日もスーパー耐久ST-Qクラスの何でもテスト車両が走れるクラスで、5社との「ワイガヤ」*に参加させてもらったり。
*ワイガヤ:2022年、スーパー耐久の理念に共感したメーカーが集結し発足した「S耐ワイガヤクラブ」。今までにないメーカーの垣根を超えた挑戦を続けている(https://supertaikyu.com/waigaya/index.html)
島崎:これからもエンジンが載っているクルマの開発は続く……と。
奥山さん:もうエンジンだろうがモーターだろうが、ホンダは走ってナンボなので、そこはシッカリやっていきます。
WR-Vが出たことでヴェゼルがより作りやすくなった
馬弓:ところで今はWR-Vがあって価格も近いじゃないですか。今回のマイナーチェンジでそこを意識した変更点はあるのですか?
奥山さん:皆さんにもそれはよく聞かれるのですが、今までのWR-VのクラスもZR-Vのクラスもヴェゼルで賄っていて、だからこそヴェゼルでは2WDのガソリン車をなるべくお安く、1代目でいうとスターティングプライスを200万円そこそことしていました。今は250万円以上はヴェゼルで、それ以下はWR-Vです。ロッキー/ライズが出てきてからはひとクラス小さいSUVクラスの価格帯にもお客様がいらっしゃることがわかって、しかしヴェゼルではいろいろな装備が付いていて安くできないので、そこはWR-Vに担って貰う。ヴェゼルは肩の荷が下りたというか、集中して250〜300万円の価格帯でお客様にしっかり響くクルマを作りましょう、と。そうするとその価格帯のなかで幅が広げられ、だからこそPLaYパッケージ、HuNTパッケージが出せた。WR-Vが出たことでヴェゼルがより作りやすくなったということです。
島崎:ヴェゼルのこれからも楽しみにしています。ありがとうございました。
(特記以外の写真:編集部)
※記事の内容は2024年6月時点の情報で制作しています。