その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第42回は軽ハイトワゴンの電気自動車(EV)として話題を集めた日産サクラです。姉妹車の三菱eKクロスEVとともに「2022 – 2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー」のイヤーカーに輝いたサクラについて、株式会社日産オートモーティブテクノロジー車両実験部 第三車両実験グループ 主担の中村 雄二(なかむら・ゆうじ)さんと、今井 達也(いまい・たつや)さんに話を伺いました。
室内空間を犠牲にせずにお客様が満足できる距離が180km
島崎:サクラの開発で1番チカラを入れた部分はどこですか?
中村さん:私の立場でいうと、まずお客様の軽自動車に対する不満を解消してあげたい。それとデイズから来ているいいところは継承したいということで、基本的に室内空間はデイズと同じものを提供しています。さらに走行距離については……。
島崎:おっ、重要なところですね。
中村さん:ええ、一充電走行距離を180kmと決めましたが、これは企画、営業、開発と話して、パッケージングとして室内空間を犠牲にせずにお客様が満足できる距離を提供するには何kmが必要か?で決めたことでしたが、そこのバランスをとることが、まあ、1番苦労したことかも知れません。
島崎:バッテリーはラミネート式のセルを組み合わせた3タイプを、合理的でフレキシブルに並べているんですね。
中村さん:リーフからの技術でサクラでは96セルを入れていますが、いかに効率よく床面を変えずに入れるか。実はデイズを開発した時からガソリンだけではなくEVも積めるように考えたプラットフォームにしてありますので、デイズと同じ室内空間を担保しつつ、このバッテリーと20kWのモーターを入れて開発しました。
島崎:そういうことでしたか。
中村さん:もちろん200kmとか240kmとか要るのではないか?という話もありました。しかし走行距離でいうと1日に30km未満の方が50%、50km未満の方を含めても全体で約8割ということで、180kmあれば、ほぼ大丈夫かと。
島崎:ほうほう。
中村さん:サクラはハイトワゴンなので、ご家庭に1台はセレナなりのガソリン車があって2台持ちの方で、もう1台として提供するなら十分ではないか……という結論に達しました。
島崎:やはりセカンドカー、サードカーの位置付けということですか。
中村さん:はい。スーパーハイトワゴンですと、どちらかというと購買層が1台持ちのお客様が結構多く、お子様1人とご夫婦で、遠出もされるということでいうとスーパーハイトワゴンなら1台で十分。それに対してサクラはセカンドカー狙い……と言ってます。
島崎:思い出したのですが、初代のメルセデス・ベンツAクラスはEVの想定がキャンセルされて、バッテリーが積まれていないのに床が高いまま発売されて理不尽な思いをしましたが、サクラはそういうことはないということですね。
中村さん:ないです。最低地上高はガソリン車よりも155mmから145mm、バッテリー分だけ10mmくらい低くなりましたが。
島崎:バッテリーは全体が樹脂でカバーされたパック状になっているのですね。
中村さん:カバーの中は鉄板になっています。
「電気シリーズ」としてお金をかけて、お客様にハッキリと違いを認識していただきたい。
島崎:そのほかにポイントはありますか?
中村さん:サクラはあくまでアリア、リーフに次ぐ電気自動車の入門モデルの位置づけで作っていますので、普及させたい、お客様に乗っていただきたいという思いが強いです。ですので、三菱さんは外観は同じでeKのバリエーションの中にEVを追加したという考え方。対してウチは電気自動車の中でサクラという軽自動車を提供する。デイズ・シリーズとは違う位置づけなんです。なので外観もあれだけ違って、アリアから引き継いでいるEVらしさを出すことで、外観でもスグにわかるようにしています。
島崎:考え方の違いですね。
中村さん:企画が違っていまして、EVを普及させるためにEVのシリーズの中で提供させていただきました。
島崎:アリアにもある“暁サンライズカッパー”は、モーターの銅線のイメージだそうですね。なのでデイズ……いやサクラの試乗車もその色にしました。
中村さん:デイズ・サクラではなくサクラです。
島崎:アクセントも“サ”クラですね。ところで外板はデイズに対して専用にかなり作り変えているじゃないですか。お金かかりましたよね。
中村さん:はい。フロントスクリーン以外はまったく別モノです。そこはまったく新しいEVのシリーズですので、まったく新しい外観に。ただプラットフォーム、パワートレインシステムはeKと一緒ですから、そこは効果があるわけで。外板を変えたのにはもうひとつ理由がありまして、音・振とかの対策で、デイズと共用だとデイズの方も変えなければいけない。が、EV専用ですから、回りが静かになったことに対してより音や振動が目立つところに制振材を貼るとか詰め物をするなどして音・振のグレードを上げられました。
島崎:ガソリン車かEVかの違いを抜きにしても、静粛性や乗り心地はまったく別のクルマに感じますよね。
中村さん:それとインテリアも今回“水引き”をテーマにし、ラウンド感をだして、そこらじゅうに新しいものが入れられた。要は電気シリーズとしてお金をかけて、お客様にハッキリと違いを認識していただきたいと心がけています。
大人4人が乗ってもまったく大丈夫な動力性能
島崎:振動といえば“ペンデュラム式モーターマウント”というのが使われていますね。
中村さん:ええ、普通のエンジンマウントは下から押さえていて上下前後左右の振動が入ってしまいますが、サクラではモーターを上から吊り下げるようにして、アシから入る振動と位置を合わせてインバーターもセンターに置くことで左右と上下からの振動を少なくした。重たいものを吊り下げて固めてあげると、サスペンションからの振動の対策がいらなくなるという考え方です。
島崎:モーターの回転による振動、共振ではなくて、路面からの入力で質量のあるモーターが揺れるのを抑えるということですね。
中村さん:さらに棒体で繋いだことでメンバーが1本増えたことになるので、タワーバー以上の剛性上の効果もあると思います。
今井さん:振動を直接拾ってくるタイヤの軸上にあるので、不整路でモーターが前後に揺れたりすることがなく上下だけに揺れるのでそこを固めて振動が抑えられています。
島崎:この方式か否かの違いは大きいですか?
中村さん:ええ、もし下から支えたら別の振動を考えなければなりません。
島崎:乗り心地のお話で、固めなくてもロールしづらいというのは、重心高が低いということですか?
今井さん:はい、ベースにしていたデイズよりも重心高がだいたい50mmほど低いです。
島崎:ガソリン車との重量差は?
中村さん:200kg、20%くらいです。
島崎:軽自動車としては大きいですね。でもサクラの動力性能に対して問題はない?
中村さん:ああ、それはもう。馬力はガソリン車と一緒ですがトルクは195Nmあり95Nmもの差があります。クルマを移動させる力としてはほぼ倍あり、もう余裕があります。幹線道路の右折などでも躊躇しなくて済みますし、大人4人が乗ってもまったく大丈夫な動力性能になっています。
島崎:自分のクルマはフィアット500の2気筒ですが、パワー感のメリハリがありまして……。
中村さん:2気筒ですか。それは個性的な、いいですね。
島崎:ご承知のとおり音・振のカタマリのようなクルマですが、EVの500eに乗ると、こと動力性能に関してこのままでアバルトのバッジをつけてもいいんじゃないかと思えました。サクラもそんな感じですね。荒々しいということではなくて、軽自動車ながら気持ちの余裕を持って運転していられるところがいいなあと感じます。
中村さん:そこはトルクの違いですね。本当は馬力を上げてやればタイムももっと速くなりますが、規制があるので。技術的にはまったく問題ないのですが、ノートの4駆のリヤのモーターを使い出力は絞っていますので、余裕はまだあります。
島崎:そういうことですね。
中村さん:ただこのサクラのお客様の層は年配の方、女性の方が多いと思いますので、楽しく安全に乗れるクルマにさせていただいています。ペダルの踏み間違いとか社会問題もありますし。0→100km/hが2.何秒とかはいらないかなと思います。
EVのスムースな加速にあわせたハンドリング性能、バランス
島崎:サクラではなくテスラのことですね。ところでサクラのサスペンションは動力性能に合わせているのですか?
今井さん:基本的な構造はデイズの4駆のものを使っています。その上で質量が重いのでクルマに合わせたチューニングをしています。スプリング、ダンパー、それとトレーリングアームのブッシュの剛性などを変えています。
島崎:ステアリングはどうですか? 手応えと安心感のある操舵フィールに感じますが。
今井さん:EPSのチューニングはやっています。モノ自体は同じです。操舵力は車速によって適正なところに合わせています。それと今回のサクラは元のデイズがあってのクルマでしたが、操縦安定性、乗り心地でいうと質量が増えることが難しく、いかに性能を確保するかが課題でした。
島崎:電費の話は別にすると、重さは重心とか乗り心地とかいいこともありますよね。
今井さん:安定感は増しますが、後ろが重くなることで、動きやすいクルマになるので安定性というところでも難しさはありました。EVはスムースな加速がありますので、それにあわせたハンドリング性能、バランスを大事にしました。
島崎:試乗して、軽自動車としては重みのある操舵感がいいと思いました。走行中のピッチングも気にならないですね。
今井さん:重心が低くなったことで、ダンパーを少し柔らかく作ることができました。それが乗り味のしなやかさに繋がっていると思います。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年12月時点の情報で制作しています。