その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第22回は大きく印象を変えた内外装と全車PHEVで注目のミドルクラスSUV、三菱アウトランダーです。お話を伺ったのは三菱自動車工業株式会社 製品開発本部 チーフ・ビークル・エンジニアの本多 謙太郎(ほんだ・けんたろう)さん(写真左)と製品企画本部 プロジェクト開発マネージメント部 第三プロジェクト推進 主任の野口 泰彦(のぐち・やすひこ)さん(写真右)のお二人です。
内から外まで、すべて刷新
島崎:実は以前、今回のクルマもまとめられた上原さんには、エクリプスクロスの時にこんな感じでお話を伺いました(そのときのページを手元のiPhoneでお見せしながら)。
本多さん:おお、J50とか、三菱のクルマの博物館に置いてあるような古いカタログの写真が載ってますね。
島崎:上原さんから、三菱にとって“4駆は基礎である”というお話があったものですから。
本多さん:新型アウトランダーも上原がみています。
島崎:今回も同様に、広くいろいろなお話をぜひお聞かせください。
本多さん:どちらかというと僕も、マニアックというより、広く浅く開発全体の面倒をみてますから、そのほうがいいと思います。
島崎:そういうお立場ですよね、わかりました。早速ですが、今回のモデルチェンジはどのくらい振りでしたっけ?
本多さん:もともとPHEVが出たのが2012年でしたから、9年になります。ずいぶんと長い間かかりました。まあ途中で顔を大きく変えたりして、古くさくならないようにしてきましたが、もともとのプラットフォームはその前のアウトランダーからのキャリーオーバーでしたし、デザインもほぼ10年前なので、とくにインテリアなどは古くなっていて、そのあたりもすべて今回は刷新した形です。
内装の上質感は「M車」より上、「L車」と並んだ?
島崎:新型アウトランダーのご説明では“上質感”もかなり意識されたご様子ですね。
本多さん:そうですね。大きく2つあって、見た目の力強さと内装の質感、これらは今までのアウトランダーでは少し物足りないと考えていたので、今回は“1クラス上を狙おう”と考えました。寸法も大きくし、タイヤも大きくしましたし、内装はプレミアムブランドを目標に、今回は初めて他車の内装を点数付けしてまして……。
島崎:点数付けですか?
本多さん:ええ、たとえばM車はこれくらい、L車はこれくらいと点数を付けて、じゃあ我々はこれくらいやれば合格点とれるよね、と。今までは「これくらいでいいんじゃないの」と、どうしても見た目のフィーリングで決めていたところがありましたから。
島崎:おや、今の手振りではM車より上、L車と並んだ感じでしたね。
本多さん:あ、コストの問題もありますが、いわゆるCセグよりは1クラス上を行こう……そんな位置づけで開発してきました。
威風堂々の外観のために20インチタイヤは最初に決めた
島崎:今までに対して価格面はどうですか?
本多さん:価格帯でいうと、新旧ともほぼ同じになっています。ただ売れ筋でみると20〜30万円上がっています。それは内装の質感を上げていたり、クルマそのものが大きくなっていたり、ADAS(先進運転支援システム)が充実したりフル液晶になったりヘッドアップディスプレイが付いたりと、装備仕様分になっていまして、単純に較べていただくと結構、お買い得な価格設定になっているかなと思っています。
島崎:質感が上がっただけでなく、実質的な装備レベルもアップしているのですね。
本多さん:はい、タイヤも20インチに大きくしましたし、3列シートも付いたりとか、そういう積み重ねでいうとコスト以上のバリューは付けています。
島崎:大径タイヤは、やはり今どきマストですか?
本多さん:威風堂々の立派な外観にしようと考えたときに、何から決めたかというとタイヤサイズからでした。なのでコンセプト達成のためにも20インチタイヤは肝になっています。決めたのは数年前で予測だけでしたが、国産Cセグでは未だにないですね。
(ここで野口さんにもご同席いただく)
島崎:野口さんはどういうお立場ですか?
野口さん:本多が開発ものづくりのとりまとめをしており、私は開発部門のとりまとめをしています。
本多さん:野口は結構細かいところまでフォローしてくれ、進めてくれています。
野口さん:機能試験担当とか設計担当と直接話をしているのは僕のほうが多いかもしれません。
日産との部品共用化で得たもの
島崎:コロナと重なって大変な思いをされたのでは?
本多さん:この2人は最初からもう5年くらい一緒で、(日産自動車との)アライアンスが始まり、コロナが来てといったところを乗り切りながらやってきました。部品の共用といった話も入ってきました。
島崎:もし支障がなければですが、新型アウトランダーの部品共用化率はどのくらいのイメージですか?
本多さん:コストでいうと50%を超えているくらい、ですね。部品でいうと、鈑金のフロア、サスペンションまわり、シャシー、あとは電子系のナビとかメーターとかMI-PILOT系とか。
島崎:そういう条件のもとで開発が進んだということでしょうか?
本多さん:そうですね。もちろんたとえばナビやメーターもコンテンツはほぼ共用ですが、見えるフォント、色などはアウトランダー独自になっています。
野口さん:コンテンツ、電子フレームの部分で共通化を図れば、それだけでも開発費がシェアできますので。
“三菱らしさ”はどんな道でも安全走行できる4WDシステム
島崎:サスペンションも部品レベルでは共用なんですね?
本多さん:部品は共用ですが、ダンパーの硬さ、バネのレートはもちろんそれぞれでチューニングします。不整路の安心・安全ということで4駆のシステムやPHEVも日産とのアライアンスには関係なく三菱独自でやっています。
野口さん:今回はすべてPHEVモデルですので、パワートレインはすべて三菱側でやっており、我々のコンセプトを踏襲しています。電動油圧ブレーキも部品は共用していますが、ブレーキのツマミ方とか、回生からメカブレーキにブレンディングする味付け、使い方は両者それぞれにやっています。
島崎:よくあるのはエンジンが共用といった場合に、走らせると「ああ、この振動や音はあのクルマと同じだな」などと感じたりしますが。
本多さん:たとえば軽自動車は、そういう意味ではあまり変えていない。けれどアウトランダーPHEVの場合は、三菱らしさを残したい部分はすべて手を入れて変えています。
野口さん:それぞれのメーカーで狙ったクルマを世に出すために、効率的に部品はなるべく一緒に使って進めながら、あるいは部品ごと変えながら開発しています。
島崎:あえて伺いますが、三菱車として絶対にここは譲れない、残すんだ、というところは何ですか?
本多さん:やはり4WDの不整路での安心・安全、しっかりした走破性ですね。
島崎:三菱車ファンには、レストランでメニューに別のクルマと並んでいても迷うようなことはさせないということですね。
本多さん:“三菱らしさ”というとパリダカ、WRCがやはり原点。道の状況がどんどん変わっていくようなラリーで早くゴールすることが“らしさ”だと思います。それを今のクルマに置き換えると、不整路、豪雨、泥沼の道でも安心して走っていただけること。技術的にも思い的にもラリーから繋がっているところです。
島崎:やっぱりそうですよね。
本多さん:なので一番に、ドライブモードをNORMAL /ECO /TARMAC /GRAVEL /POWER /SNOW /MUDと7モードを付けて、どんな道でも安全走行できる、そこをアピールしたいと思います。日産さんとは4WDの走り方、考え方が随分違っているのですが、三菱としては、そういうこだわりをもっています。
7人乗りPHEVはちょっと無理して、だいぶ頑張った
島崎:今やパジェロに代わる三菱4駆のフラッグシップと言ってもいいですね?
本多さん:パジェロはもっとヘビーデューティなクロカン4駆だと思っていますが、あくまでパジェロの機能やランエボの走りを、味付けとしてアウトランダーに入れたい思いはあります。ただしこれがパジェロか?と言われると、パジェロのユーザーの方に怒られてしまうかもしれません。
島崎:一方で新型ではPHEVでも7人乗りが設定されたのですね。
本多さん:市場要求を強くいただきまして、何でPHEVに7人乗りがないのか、と。本当はPHEVが欲しいけれど7人乗りがないのでガソリン車を買ったというお客様もいらっしゃいました。販社からも、他のCセグSUVとの差別化のためにも7人乗りがあれば強みになるという話がありまして。
島崎:そうでしたか。
本多さん:いざという時に使える、たとえばお盆にご家族で帰省されたり、週末のサッカーの試合でお子様をたくさん乗せる……そんな時にあったほうがいいよねと、ちょっと無理してパッケージしました。
野口さん:だいぶ頑張りました。最上級のPグレードは7人乗り、ベースのMグレードは5人乗り、中間のGグレードは7人乗りと5人乗りが選べるようになっています。
本多さん:3列目シートは畳んでしまえばしっかりした荷室になりますからね。
野口さん:普段使わなくても邪魔にならないです。
島崎:今まではシートの重さが“電費”に影響するのを回避するために3列シートの設定がなかったのですか?
野口さん:シート単体は13kg程度なんです。バッテリーや充電回路、リアモーター、燃料タンクといろいろあり、そこに3列目が付けられませんでしたが、新型は一から作り直せたので、小柄な方用ですが、3列目が作れました。
本多さん:他車にはないポイントです。
デザイナーがやりたいデザインを実現
島崎:デザインのお話も伺いたいのですが。
本多さん:今回はデザイナーがやりたいデザインをそのままやれていると思います。ドアパネルのシャープなラインとか鈑金の型成形、生産部門にはかなり厳しいものでしたが、なるべくイメージを変えないようにやりました。フラットなルーフなども。
野口さん:これほどデザイナーとモメなかった例は少ないですね。通常は空力の要件などで結構やりとりすることもあるのですが……。
本多さん:ルーフは本当はもっと丸くしたりビードを入れたいのですが、板厚を上げたり、生産部門に無理を聞いてもらったりして実現しました。
野口さん:ホイールも燃費に寄せるならば、こういう電動車ではもっと平らなデザインにしますが、そこはデザイン優先でまとめました。でも、そこそこ空力は出せています。
島崎:デザインのフェーズが新しい印象がします。これまでのダイナミックシールドもよりやさしいニュアンスに表情が変化しているのを感じます。
本多さん:開発途中で確かにデザインのトップが変わりましたが、変わったとしても、その影響はないと思います。そう言われてみれば、ダイナミックシールドが後付けではなく、最初から全体をデザインしたクルマなので、馴染んでまろやかになったのかもしれませんね。40〜50歳代のファミリーという、ターゲットのユーザー層は変わっていません。
島崎:インテリアはかなりゴージャスになりましたね。
野口さん:従来型のインテリアは一度も褒められたことがありませんでした。今回はカタログを見ても、「あ、変わったね」と思っていただけるように頑張りました。
本多さん:やはり内装、外装は、カタログで見て、実車を見てみたいと思っていただける大事なポイントですからね。
パジェロを作るなら何かを少しいじるだけでは面白くない
島崎:新型にはどんなユーザーの方に乗ってほしいですか?
本多さん:やっぱりご家族で遠出するのがお好きで、キャンプや釣りをして、泊まった場所で電気を使って料理したり。アイドリングせずに空調が効きますから、ペットには車内でお留守番をしてもらって買い物もできます。
野口さん:どんなところへも踏み出せる。天候に左右されずストレスなく運転できる。いざ加速させた時のパワーも秘めている。そんな内に秘めた自信、余裕をもっていられるクルマです。
島崎:いいですね。としますと次はパジェロの復活ですか?
本多さん:ランクルさんがドーッと来たり、そういう風は吹いていますが、作るとなると敷居が上がりますから、何かを少しいじって出しちゃえでは面白くありませんしね。
島崎:まずは新型アウトランダーがどんな風を吹かせてくれるか、楽しみですね。ありがとうございました。
次のクルマは?と話を向けると、三菱の開発エンジニアのほとんどの方はニヤッと笑みを浮かべる。内に秘めた自信=三菱流の4WD技術が、これからも展開されていくことを期待したい。
(写真:島崎七生人、三菱自動車)