その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第20回は日産のプレミアムコンパクトカー「ノート オーラ」に設定された「ノート オーラ NISMO」の開発背景に迫ります。お話を伺ったのは株式会社オーテックジャパンNISMO CARS事業部 商品企画部チーフプロダクトスペシャリストの饗庭貴博(あいば・たかひろ)さんと、NISMO CARS開発部 プロジェクト統括グループ主担の成富健一郎(なりとみ・けんいちろう)さんのお二人です。
最初は普通のノートを買うつもりだったのに
島崎:基準車のノート オーラも試乗させていただいたのですが、乗り較べると、違いがよくわかりますね。
饗庭さん:ありがとうございます。
島崎:ノートとノート オーラとの違いよりも差が明確な気もします。ノート オーラ ニスモは基準車のノート オーラに対して、走り出した瞬間に足回りから伝わってくるザワザワ感からして消えていて、そこから違いを実感しました。島崎でもわかる「わかりやすさ」は狙ったところですか?
饗庭さん:先代のニスモを研究し、お客様からもたくさんお話を伺いました。特にe-POWERニスモで聞かれたのは、最初は普通のノートを買うつもりでディーラーに来て、たまたまe-POWERニスモの試乗車があって、乗ったら圧倒的な違いが瞬時にわかって、ニスモが欲しいというスイッチが入った、というお話です。ニスモはモータースポーツ由来のスポーツカーが狙いではありますが、一方でお客様にとっては、特別なクルマを買ったという違いがキチンとわかっていただける価値の提供をしたいな、と考えています。
島崎:ディーラー試乗というと、お店の周りをちょこっとひと回り、ですよね?それで違いがわかる、と?
饗庭さん:はい。もともとe-POWERは基準車も加速はいいのですが、ニスモに乗り換えると驚きの違いがある。幹線道路を真っすぐに走っただけでもシッカリ感がある、コントロール性がいい……そんな違いは旧モデルでも感じていただけたようです。本物感のある速く走れる性能と、プラスαの、普段使いでも違いがわかる特別なクルマであると、そういうところを大事にしたいと考えて開発しています。
島崎:違いがわかる男……。
赤いアクセントはニスモのDNAであり主張
饗庭さん:今回でいうと、もともとノートe-POWER Sは最大出力が100kWでしたが、ノート オーラの場合は基準車でも100kWが採用された。そこでオーラ ニスモでは、最大出力は一緒ですが、その中でニスモらしい加速の特徴を作り込まなければならない。なので基準車のオーラとは、そのあたりの感触も違っていると思います。
島崎:加速のプロセス、質感の違いは走らせて実感しますね。
饗庭さん:ありがとうございます。
島崎:としますと、話が飛躍しますが、ニスモならではの走りの違いは当然魅力的で欲しいけれど、ニスモならではの赤いストライプだとか、ああいったアピアランスはなくてもいい……そんなユーザーはいらっしゃいませんか? チョコレートの“大人のキットカット”とか、条例に従った那須高原の茶色いコンビニのサインボードとか、そういう感じの……。
饗庭さん:いらっしゃいます。常々議論しているポイントでもあります。赤いアクセントはニスモのDNAであり主張ですが、そこに対して“好き”と“嫌い”は分かれます。けれども我々は、ブランドとしての一貫性はもっていなければいけないと考えています。ニスモが好きと仰っていただいているお客様に、どこから見てもニスモのクルマをご提供したい。赤いストライプはボディ色によって合わせづらかったりもしますが、あのスタイリングはニスモだけ、GRさんとも違う。なのでポジティブな側面からニスモの個性をしっかりと守っていきたい。私自身、自問自答しながらですが、考えてはいます。
島崎:アルピナストライプも、長い時間をかけて、最初の頃から較べると表現を変えてきていますよね。こういう言い方で恐縮ですが、走りは欲しいけど、やる気満々なルックスはノー・サンキューと考えるユーザーに対応した仕様があってもいいのかな、と。年齢のこともありますし、車種にもよるかもしれませんけれど。
饗庭さん:車種やタイミングもあると思います。ブランドとして確立して“もっとニスモも裾野を広げてもいいんじゃないの”となったら考えてもいいのかなと。今のところはまだ、ニスモのロードカーとして、ブランドの個性とプレゼンスを確立する時期なのかなと思っています。もちろん島崎さんに仰っていただいたご提案はありますので、車種やタイミングを注意深く考えていきたいと思っています。
ガソリン臭とタイヤの焦げるにおいから、心地良さへの進化
島崎:ニスモのロードカーとしてのコンセプトは、これからも一貫ですか?
饗庭さん:“より速く”は絶対に外せない特性です。それと“より気持ち良く”ということと、日産ブランドの傘下であることの“安心して”ということも。この3つはニスモのロードカーとして欠くことができないポイントだと考えています。
島崎:とすると、“気持ち良く”の部分を、単に加速性能やハンドリングのみならず、広義に解釈してもいい訳ですね。
成富さん:もともと我々ニスモロードカーは2012年くらいから本格的にやり始めました。最初の頃のクルマたちは、モータースポーツイメージに特化して、足回りは硬く、ガソリン臭とタイヤの焦げるにおいのする世界観、マインドでした。最初のマーチ・ニスモSなどは“パフォーマンスCカー”として提供していました。
島崎:そうでしたね。
成富さん:その後、ニスモという価値はもう少し心地いい方向でも使えるんじゃないか?と、いうことで先代のノート・ニスモでは、ニスモSとベースのニスモを設定し、ニスモでは“ハイライフCカー”として、モータースポーツよりも、質のいいものとか、他の人とは違ったものを求めるお客様に提供したいと考えて用意しました。ただ我々の立場は基準車のノートがあって成り立つので、どうしてもやれることが限られていたのも事実です。ところが今回の新型では、基準車がプラットフォームを刷新したこともあり、我々にとってもより表現しやすい土台が整ったと考えました。基準車のe-POWERの静かさ、圧倒的なトルク感という長所をより伸ばそうとアプローチしました。
島崎:なるほど。
ニスモモード=俊足電動シティレーサー
成富さん:前型のノートe-POWERニスモを出した時のコンセプトは“質感の高いスポーティ”でした。電動で車両質量が重くなるところでラップタイムだけを狙って作るのでは、クルマとしてどこに向かっているのかわからなくなってしまう。そこでベース車の持つ質感の高さという長所とニスモのスポーツの要素を上手く合わせ込んだクルマにしました。おかげさまで、ノート全体でお客様から7〜8%の支持をいただいたので、今回の新型でもそのコンセプトをさらに伸ばした、そういう経緯です。
島崎:走行モードのスイッチのうちの“ニスモモード”は、その象徴ですね。
成富さん:はい。モードごとの作り方ですが、エコモード(注:基準車のスポーツモード相当)は燃費重視として残しました。ただしニスモはサスペンション、車体剛性などトータルでチューニングしているため、アクセラレーションに対しクルマが不要な挙動をしません。なので旧型ではベース車の駆動特性だとあまりにも走らない……の声もいただいていました。そこで今度のオーラ ニスモでは駆動特性を出し気味にし、扱いやすさをむしろ良くし、同時に回生はキッチリとれているので燃費は悪化しません。一方でニスモモードは、コンセプトが“俊足電動シティレーサー”ということで、ガソリン車では絶対に味わえない踏んだ瞬間の圧倒的な応答を体感していただくためのモードです。ノーマルモードは前型で好評だったので、キープコンセプトでもってきました。3段階のパワーモードの序列は、そういう展開です。
島崎:ニスモモードのアクセルレスポンスは、本当に切れ味がいいですね。
成富さん:前型が売れたこともあり、幅広くいろいろなお客様の声も入ってきました。そのなかに前型のSモードでも「もっと欲しい」の声がありました。そこをカバーしながら新しいモード構成にしました。
オーラをベースとしたのはワイドトレッドが必要だったから
島崎:そうでしたか。ところでそもそもの話ですが、ノートではなくノート オーラをベースにした理由は何かあったのですか?
饗庭さん:企画の初期に議論しましたが、やはり速く走りたいと考えたときに、100kWの出力に対してやはりオーラのワイドトレッドが不可欠な要素だと考えました。もうひとつは、シリーズ中でもっとも高価格のクルマになりますから、コスト・オブ・エントリーの要素からも、上質さ、品質感の点で、特に内装など、オーラがベースに相応しいだろうと判断しました。
島崎:オーラではないノートのニスモバージョンは、今後もお考えではないということですか?
饗庭さん:そうですね。
公道で「おお!」と唸らせるニスモへの期待
“観光地のコンビニの看板”などと、はなはだ失敬な質問をしながらも、そういうお声もあると、おおらかに受け止めていただいた。今回の新型ノート オーラ ニスモでは、ロゴデザインやマット処理されたフィニッシュも新しく、ニスモの世界観がこれからも広がりを見せてくれるであろう期待感も高まる。筆者はレーシングドライバーではなく、人と争うことにも興味が薄いタイプだが、公道上で「おお!」と唸らせられる次のニスモのロードカーの登場を楽しみにしていたい。
※記事の内容は2021年9月時点の情報で制作しています。