その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第31回は人気のミドルサイズ・ミニバン「トヨタノア/ヴォクシー」です。2022年1月のフルモデルチェンジで大幅な進化を遂げ、受注状況も計画以上に推移しているようです。今回はそんな新型トヨタノア/ヴォクシーの開発をとりまとめたトヨタ車体株式会社 開発本部 領域長(兼 ZH1 主査)の黒栁 輝治(くろやなぎ・てるじ)さんに話を伺いました。
旧型も8割以上が3ナンバーだった
島崎:ノア/ヴォクシーのフルモデルチェンジというと注目しない訳にはいきませんが、新型の売りというと、どこになるのでしょうか?
黒栁さん:プラットフォームを刷新して、ユニットも新しく、先進安全も最新のものを入れました。運転していただくと、いろいろ違いがおわかりいただけると思います。
島崎:H社のライバル車は、随分気が早いティザーキャンペーンを始めておられますが。
黒栁さん:そうですねえ。ただミニバン自体がSUVに押されていますから、ともに盛り上げてミニバン市場そのものが活性化しないと……とは思います。
島崎:SUVに流れているとはいえ、ノア/ヴォクシーのクラスの需要はまだまだあると?
黒栁さん:そうですね。お陰様で計画+αの台数で推移しており、その点では順調です。
島崎:ところで新型の全幅は今回1,730mmになったのですね。その数字の根拠は何かあったのですか?
黒栁さん:従来型もエアロ仕様が1,735mmで、標準が1,696mmでした。で、実は8割がた1,735mmの仕様が売れていました。そこで今回はすべて1,730mmとし、室内のパッケージに活かそう……そういう考え方です。
島崎:すると、新型は大きくなってしまったという声とか心配はないということですね。
黒栁さん:はい。例えばCピラーあたりでは室内は70mmくらい幅が広くなっています。
島崎:実車を見ても、これまでのヒョロッとした感じが、だいぶ横方向にグッと安定感の増したスタンスになった印象です。ところで装備関係で新型ノア/ヴォクシーの自慢というと何になるのでしょう?
わずか3万3,000円アップのユニバーサルステップ
黒栁さん:今回は特にスライドドアまわりの乗降性にアイデアを盛り込みました。中でもスライドドアが開くと同時に出てくるユニバーサルステップは新しく工夫したアイテムです。
島崎:そのアイディアはいつ天から降りてきたのですか?
黒栁さん:そもそも乗降性を考えた時に、新型のフロア高が380mmで、旧型より20mm高くなっています。
島崎:スライドドアを開けた時の2列目の床の高さ、ですね。
黒栁さん:はい。お年寄りが足を上げる高さはユニバーサル要件で200mmぐらいが限界で、それ以上だと一人では登れない、台を置くといった声がありました。そこでこういったモノを実現する必要があるよね、ということになり、今回のステップを設けました。FFで高さは200mmで、階段の1段目と同じです。
島崎:迫り出させる、階段でいう踏み板のサイズは?
黒栁さん:180mmです。階段の要件に入る寸法にしています。
島崎:スライドドアが開くときにステップをドアに引っ張り出させるとは画期的ですね。今までの電動式に較べ、構造物の重さも軽くできたのでは?
黒栁さん:ええ、アクチュエーターがない分、当然、電動式よりも軽く、従来が約15kgだったのに対し7.3kgと半分以下になっています。
島崎:今後、他の車種への展開も前提にした造りになっているのですか?
黒栁:そうですね、リンクなどは共通で使えますし、迫り出させる幅も一緒にすればいいのですが、ただスライドドアの間口はクルマによって違うので、そこはそれぞれ適合させながらになろうかと思います。
島崎:スライドドア以外の構造で新しくしていることは何かありますか?
黒栁さん:地味にしつこく(笑)、いろいろやっています。今回はTNGのプラットフォームを使っており、ダッシュボードから前はカローラ、プリウスのそれをミニバン用にリファインしました。併せて後ろ側も剛性、乗り心地、操安をトータルでよくするために大幅に見直しました。スライドドアのレールとローラーまわりの構造の変更や、モーターをドア側に取り付けて駆動させるようにシステムごと見直し、剛性を上げています。
島崎:サイドシル部分の構造自体が今までと違うということですね。
黒栁さん:変えています。それともうひとつ、今回はステップを最下点の下ではなく横に収まるようにして、障害物などにもステップが当たりにくくしてあります。
島崎:ステップの素材は何でできていますか?
黒栁さん:上面はガラス繊維の入った強化樹脂です。
島崎:このステップは付けたい装備ですね。しかも今までは20万円弱でしたが、今回は何と3万3000円だとか。
黒栁さん:乗降が大変という方に買っていただきやすいお値段を可能にした構造にできたかなと考えています。それと乗るときに掴むアシストグリップも子供用と大人用で太さを変えています。
高級旅館の仲居さんように開ける革命的なスライドドア
島崎:スライドドアが開く時に、何やら微妙なタメがあって、静かに開く気がしますが。
黒栁さん:細かな話ですが、実は通常ドアが開くときにストライカーとラッチが跳ねてボコッ!と音が立ちます。それを今回はモーターの制御で開ける時にドアを僅かに前方に出してラッチを外すようにし、ボコッ!の音を消しました。
島崎:スライドドアの大きな革命ですね!
黒栁さん:ありがとうございます。それとスライドドアが開くときの動きも設計者がこだわりまして。高級旅館で仲居さんが襖を開けるときのように、最初がちょっと速くて、途中からスーッとゆっくりになって、最後がシュッといくような。スライドドアの質感をどう上げていくか、そんな風にちょっとずつ取り組んでいます。
バックドアに盛り込まれた“トヨタ初”と“世界初”
島崎:バックドアにも“トヨタ初”と“世界初”が盛り込まれたのですね。
黒栁さん:はい。標準のフリースタイルドアといいまして、後ろに壁やほかのクルマがある時に、ドアを全開にしなくても途中で止めて使えるようにワイヤーで固定します。万一、身体が当たっても過開きにならないように、ギアの中にプランジャーが組み込んであり、クラッチが外れるようにしてあるので、力がかかってもワイヤーやボディにダメージを与える心配はありません。
島崎:ちょうど犬のロングリードみたいに、スルスルッとある長さまで伸ばしてカチッと止められる、あの仕組みと同じですね。我が家で使っているロングリードはすぐに壊れて、同じ製品を何度も買い直しさせられていますが……。
黒栁さん:3万回テストをしておりますので大丈夫です。さらにこの機能が要らない時はワイヤーは外していただけるようにもしてあります。
島崎:それとオプションのパワーバックドアは……。
黒栁さん:ええ、これもありそうでなかったのですが、ボディの横にスイッチをつけて、横からドアを見ながら開ける、閉めるができます。
島崎:開閉の両方ができるようになったのですね。
黒栁さん:はい。今までトヨタのミニバンでは、あえて“閉める”だけのパワーバックドアにしていました。アルファードもボディのスイッチ操作は閉じ側だけです。ミニバンはバックドアが立っていて大きいので、後ろにいて開く時にドアに押されたり、後ずさりした時にもし溝などがあって落ちたりしたら大変なことになる。そこで解決手段として、スイッチをボディのサイド側に設けて、そこに立って開閉の両方ができるようにしました。
島崎:いろいろなご心配をいただいているのですね。
サードシートの折り畳みは感動レベル
島崎:セカンドシートの745mmというロングスライドは、本当に、いかようにも使えそうですね。
黒栁さん:はい、どの位置でもセンターテーブルが使えるようになっています。
島崎:それと、スライドドアの窓の左右に印刷されたドットは?
黒栁さん:シェードを上げた時に隙間ができますので、そこを隠すためです。
島崎:ほほう、細かな気配りですねえ。
黒栁さん:それと、これも細かい内容ですが、セカンドシートを最前までスライドさせていただいた状態だと、サードシートの足元は大人でも余裕で座れる広さになっています。
島崎:セカンドシートは、シートそのものもサイズがタップリしていて、アルファードに迫る快適性に感じました。そうそう、それとサードシートの折り畳みは操作が実に簡単ですね。プレゼンで黒栁さんがハンドマイクを片手にササッと操作のデモをされていましたが、あれは狙ってのことですか?
黒栁さん:いえ。従来は力が要る、ストラップの固定が煩わしいという声があったので、ワンタッチでロックが外せるようにし、使い勝手を向上させました。
島崎:ハネ上げるときはシート後ろのレバー、戻す時はトリム側のレバーと、本当にわかりやすく、デモを拝見しながら密かに感動していました。きょうは黒栁さんには、直々にセールスマンのように手取り足取りの説明をしていただき、ありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年2月時点の情報で制作しています。