その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第54回はついにベールを脱いだ日本一売れているクルマ「ホンダN-BOX」の3代目モデルです。そのコンセプトとデザインを中心に、開発の総まとめ役である本田技研工業 四輪事業本部 四輪開発センター LPL室 LPL チーフエンジニアの諫山 博之(いさやま・ひろゆき)さんと、四輪事業本部 ものづくりセンター 開発戦略統括部 開発企画部 開発企画二課 チーフエンジニアの秋山 佳寛(あきやま・よしひろ)さんに、カルモマガジン編集長の馬弓も含めてお話を伺いました。
ナンバー1だからと、重いものを背負った感じではなかった
島崎:何しろまず伺いたかったのは、販売台数1位の座からずっと揺らぐことがない王者N-BOXだけに……。
諫山さん:王者です。
島崎:あ、はい。その王者N-BOXの開発責任者になられたとなると、きっとヤクルト1000を何本飲んでも眠れない日々をお過ごしだったんじゃないかと想像していたのですが……。
諫山さん:あははは、デリケートな私には辛かったです……と申し上げたいところですが、実はそこまでナンバー1だからと、重いものを背負った感じではなかったんです。
島崎:おや、そうだったんですか。ではヤクルト1000は?
諫山さん:飲んでないです、リポビタンくらいで終わっています(笑)。
島崎:チオビタでもオロナミンCでもなく?それはどういうことだったのでしょう?
諫山さん:まず役割が明確だった。N-BOXが何で売れているのかを開発メンバー、営業スタッフ含めて調べてみると、商品としての総合力の高さだということが明確になりまして。
島崎:パッケージ、乗り心地・静粛性、安全性、デザイン・質感、それと動力性能の各項目が、軽スーパーハイトワゴンの平均満足度を大きく凌駕しているというお話ですね。
諫山さん:はい。全方位で高い満足度をいただいていることが明確になったので、どこを良くしなければいけない……ではなく、今いいところをキチンとやれば、また売れるクルマができるよね、と。どこかを削ったり、どこかを壊すようなことはしない。たとえば背を低くしてパッケージを悪くしてもしょうがない。その意味で寸法をいじらないことからスタートしています。
N-BOXはこうじゃなければいけないという黄金比がある
島崎:プラットフォームはキャリーオーバーなんですね。
諫山さん:基本、キャリーオーバーです。ホイールベースも同じです。“The N-BOX”としてシルエットが重要で、サイドシルからB線(=ベルトライン)、それからルーフまでの高さの比率で、N-BOXはこうじゃなければいけないという黄金比がある。たとえばB線を低くするとバランスが悪くなる。ドア部分の上下方向の厚みがドッシリとして見えるとか、守らなければいけないところが実はたくさんありまして。
島崎:初代、2代目からの変わらぬ比率ということですね。ガラス部分も従来型と同じだとか?
諫山さん:ガラスの面は同じですが、たとえばフロントガラスはカメラを新しくしているので、それに合わせた形状にするなどしています。
島崎:通常キープコンセプトとお聞きすると、コチラの気持ちとして盛り下がるケースもたまにあるのですが、新型N-BOXでそれがないのは、やはり黄金比という説得力のおかげかもしれませんね。今までどおりのシンプルでプレーンでスマートな道具感、N-BOXらしさは何の説明なしに感じられますしね。
諫山さん:ありがとうございます。そう感じていただけると我々がやったことの狙いどおりで……。
オラオラ感を出さずに、ダウンサイザーの方々にも受け入れられるデザイン
島崎:標準車の今どきの家電から着想したというフロントグリルもシンプルでいいですねえ。と、いいですねぇと言っていると、ここでインタビューが終わりになってしまいそうですけど。
諫山さん:ただシルエットはN-BOXとわからなければいけない。しかし当然ヘッドライト、グリルとかは、お客様に響くように造り込みたい。たとえばカスタムの一文字ライトや、今までなかった見え方の、ホンダ車のヘッドライトでは初採用のダイレクトプロジェクションLEDとか。それとシーケンシャルターンシグナルランプも従来は粒がピカピカッと順に光る見え方でしたが、新型では光がなめらかに流れて見えるようにしました。カスタムではグリルも今回、凝った造形にしました。
島崎:リヤコンビランプも、今までよりシンプルでクッキリと光ってくれるようになったのですね。今までのカスタムはバルタン星人のような……。
馬弓:初代から2代目になった時に、あそこが最大の違和感だった気がします。同時期のプリウスもそうでしたが。今回は“スッ”としましたね。
諫山さん:今回は上質というテーマもあり、リヤコンビランプもそうですし、グリルも、いわゆるオラオラ感を出さずに、ダウンサイザーの方々にも受け入れられるデザインにしています。
馬弓:タントカスタムが昨年のマイナーチェンジで“スッ”からオラオラ系に宗旨替えしたじゃないですか。2代目N-BOXのカスタムがスッという方向に行ったので、タントもスッとしてみたらN-BOXどころかオラオラ系のスペーシアカスタムにも差をつけられてしまい、慌ててオラオラに戻した。もう完全に棲み分けしているんですかね?N-BOXカスタムはスペーシアカスタムとかタントカスタムの後期型みたいなオラオラとは違うぞ、これで大丈夫だ、と。
諫山さん:我々は他社に関係なく我々が目指す方向を決めてやっています。オラオラを好む人はいいのですが、それ以外の人で行けない人が結構いらっしゃる。
島崎:改めてお話を伺うと50代、60代のかたもかなりいらっしゃるんですね。
諫山さん:はい、ですからカスタムは上質な方向を意識して、インテリアも黒系でまとめてあります。一方でノーマルのほうはベーシックということで、ヘッドランプも伝統の丸目にし、グリルについては新しさ感をどう表現するの?というところで、家電風の表現をデザインから提案があったので、いいよねと採用しました。新型はカスタムもノーマルも違う見せ方で非常にいい出来なので、お客様も選ぶのに困るんじゃないかなというくらいだと思います。
秋山さん:もともと今の軽自動車でいうと、他社さんを含めてデイライトはまだ広まっていません。なので、日中の存在感を表わすためには、やはりグリルの加飾でできる限り表現したいという方向性は残っている。ただユーザーニーズを見ていると灯体(編集部注:スモールライト・デイライトなど光を発する光源)への価値観がヨーロッパ車を含めても高まっています。デイライトを採用することで、グリルの加飾に頼ることなく灯体を上手く表現することで、今までにない上質さが表現できるのではないか、と。他社さんのカスタムはまだデイライトを採用されていないので、加飾に頼る方法をとられているんだろうなあというのが我々の認識です。そこでお客様の新しい価値観をキャッチして、横一文字で広がりながら車幅感いっぱいの存在感もてる灯体で表現したのが、今回のカスタムの方向性なんです。
島崎:外でどんな風な見え方になるのか楽しみですね。その一方で話が前後しますが、ノーマル系のプレーンさもいいですね。
ギミックなことをやったりするより、シンプルで使いやすいものがいい
馬弓:現行フィットが出た時に、確か余分なプレスラインなどの加飾は止めますと聞いた記憶があります。次がヴェセル、その次がステップワゴンとシンプルな面で行きますという方針変更があったのだと認識していたのですが、N-BOXもその流れということなんですね。
諫山さん:そうですね、そう言われればそうか……って(笑)、実を言うとあまり隣りの機種を意識しながらやるような会社じゃないものですから(笑)。デザイナーの中ではあるかもしれませんが。
島崎:とはいえ、もっと変えてしまえ!といったお気持ちはなかったのですか?
諫山さん:正直、最初は何か飛び道具、たとえば以前のステップワゴンのワクワクゲートのような、お客様が使う上で何かできないの?と考えようかという話もありましたが……。
島崎:ほうほう、インタビュー的に盛り上がる話題でいいですね。
諫山さん:が、N-BOXにそういうのを求められている感じは正直なくて。N-BOXのお客様は、ママさんを含めて全ライフステージの方々に買っていただいています。そういう中でみんなが使いやすいものじゃないといけないと考えた時に、あまりギミックなことをやったりするより、シンプルで使いやすいものがいいよね、と考えました。
島崎:スマートなビジネスマン、エンジニアでいらっしゃいますね。
諫山さん/秋山さん:あははは。
バリエーションは適切なタイミングで、いろいろ検討していきたい
島崎:ではついでに伺いますが、ノーマル、カスタムとまず出て、これから先ポンポンとバリエーションが追加されていく訳、です、よ、ね?
馬弓:ご説明にあったN-シリーズの位置づけの表で右上がまだ空いていましたね。趣味性、かつファミリーのあたりの……。
諫山さん:そうでしたっけ??
秋山さん:今回ベースのグレードとカスタムを出させていただいて、市場からの反応であるとか、お客様のご意見をお聞きしながら、適切なタイミングで、我々もいろいろ検討していきたいなと思っています。
島崎:我々“も”、ですね。結構、盛り上がっている市場もありますよね。お急ぎいただいても構わないんじゃないでしょうか?
秋山さん:あははは。そのあたりは我々もちゃんと認識はしておりまして、ただN-BOXの価値観はこの3世代目でちゃんとお伝えしたい。その上で、やはり市場からの反応であったりとか、お客様やディーラーの反応を伺いながら、適切なタイミングで考えたいな、と。
島崎:その上で、適切なタイミングで……ですね。
馬弓:きっともう用意されていますね。
島崎:N-BOX/(スラッシュ)なんてありましたね。
秋山さん:あれは初代の頃でしたね。
島崎:つい先日登場したデリカミニなんて、なかなか魅力的なクルマですしね。
諫山さん:4WDだけ足まわりを専用チューニングしてやってこられましたね。
島崎:あ、すでに研究済みですよね、当然でしょうけれど。ところで今回の取材はコンセプトとデザインのお話がメインですが、話の流れで、新型N-BOX では、走りなどはどのように進化しているのでしょう?
“長距離をもっと快適に”というコンセプトを掲げた
諫山さん:今回は動的なお話はまだしていませんが、実はそこも手を入れています。静粛性を含めてよくなっていますので、試乗の機会に「えっ?!」と驚いていただきたいです。
島崎:僕らのイメージでは、従来型も、とくに乗り味は登録車のようだと感じていましたが。
諫山さん:さらに磨きをかけています。
馬弓:先代は初代から短期間でプラットフォームもエンジンも一新されていましたが、今回はどうしてキャリーオーバーなんでしょう?
秋山さん:基本的は従来型のパワープラントとか、そのあたりの性能は高い評価もいただいていたので、基本的には踏襲させていただいています。が、デザインもそうですが、軽自動車でも上質さを今回は新たな価値として採り入れていますので、乗り心地、NV、走り、とくに走りは制御関係を雑味をなくす方向で、クルマ1台分トータルとして、より完成度が上がったかなと考えています。
馬弓:2代目の14インチの乗り心地のよさ、CVTのダイレクトな制御は衝撃でした。とすると、もっとよくなっているということなんですね。では唯一の弱点だった燃費はどうですか?
秋山さん:燃費についても、実はパワープラントだけで出せるものではなく走行エネルギーにも起因するものなので、転がり抵抗、空力などクルマ1台分のマネージメントをしており、従来型同等以上は確保したいとは考えました。
島崎:その手段として何かあったり、とか?
秋山さん:基本的には踏襲で……。
馬弓:きょうは展示車のボンネットの中の撮影はNGということですが、中に何か入っているのですか?モーターとか?バッテリーとか?
島崎:エンジン以外のものとか、エンジンは載っていないとか?
広報課・木立さん:クルマがプロトタイプで、お見せできるレベルにはないためで、決してエンジン以外のものとか、何か付いているとかではございません。
秋山さん:制御関係の見直しをしたりとか、やはりこれもパワープラントだけでなく、クルマ1台分の走行エネルギー、つまりタイヤのころがりとか空力とか、すべてが燃費に影響します。もちろん従来型同等以上は確保したいと考えてやっています。
島崎:その手段として新たに何かある、とか??
秋山さん:まあ、あの、基本は踏襲で……。
馬弓さん:燃費ってユーザーにとってそれほど重要でもないんでしょうかね。
諫山さん:ユーザー調査したところ、そこまで細かくは要求されていないですね。
島崎:そのあたりのお話は、次の試乗の機会でじっくりと伺えるお話に続く……ですね。
諫山さん:今回はコンセプトとデザインをご説明しましたが、我々は今回“長距離をもっと快適に”というコンセプトを掲げました。ファーストカーで使ってくださるお客様も増えている。とくにダウンサイザーの方々でカスタムのターボを買ってくださる方がかなりおられ、そういう方々が1台持ちでいろいろなところに出かけるシーンが増えている。なので高速道路を快適に走れるように静粛性や足回りを含めてよくしています。
人が運転しているようなホンダセンシングの制御は、ぜひ他社と較べていただきたい
島崎:ホンダセンシングのスペックは?
諫山さん:上げております。
秋山さん:外から見てもわかるとおり、カメラを広角にものに変えておりますので、とくにLKAS、ACCはみなさん使っていただいていると思いますが、カットイン、カットアウトなどの追従性、減速度であったりとかは、カメラの性能向上に合わせて再セッティングしています。人の感覚により近いところに進化させています。インホイールメーターに変えたところなど含めて進化させました。
諫山さん:人が運転しているような制御のしかたは、ぜひ他社さんと較べていただきたいところですので、ぜひ次の試乗の機会に……。
島崎:なんか、核心に触れる前にこのインタビューを終わらせようとしていません?
諫山さん:はははは。我々もすぐに乗っていただきたいのですが、いろいろと順序がありますので(←声を裏返しながら)。
島崎:発売の予定は?
諫山さん:秋口です。
島崎:秋口というと、カレンダーでいうとSeptemberということに?
広報課・木立さん:秋にもいろいろな秋がありますので。
諫山さん:続きは次回ということで……。
N-BOXの丸目は“安全と信頼の瞳”
馬弓:あとひとつだけ、ノーマル車の丸いヘッドライトにすごくこだわっていらっしゃいますが、最近でいうとデリカミニは上を少し切ってあってイタズラっぽい感じ、ミラトコットはロボットっぽい。やはり丸いヘッドライトは“目”なんでしょうか?
諫山さん:今回は“瞳”を意識しながら、実は数mm単位で、デザイナーがこだわってくれています。N-BOXは“安全と信頼の瞳”です。
秋山さん:丸目って意外とセンシティブで表現がいくらでも変えられる。人の目と同じなんですね。
島崎:日頃、家内の機嫌を目つきの少しの違いで窺ったりもしていますが……。
諫山さん:女性のほうがクルマのヘッドライトを「おめめが可愛い」とか表現しますね。
島崎:そういうことも意識したデザインなのですね。では続きは次回のお楽しみとさせていただいて、いろいろなお話をどうもありがとうございました。
(写真:編集部、ホンダ)
※記事の内容は2023年7月時点の情報で制作しています。