その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第9回はコンパクトな電気自動車「ホンダe」を担当されたホンダ技研工業株式会社四輪事業本部ものづくりセンター開発責任者の一瀬智史(いちのせともふみ)さんに話を伺いました。
環境対応は人もCO2も集中する街中から
島崎:根掘り葉掘り伺いますがよろしくお願いします。そもそもこのクルマの企画はいつごろ、どんな風に始まったのでしょうか?
一瀬:やはりヨーロッパで始まったきびしいCAFE(企業別平均燃費基準)がきっかけでした。EVが一番効きますから。で、欧州を主とした開発でスタートして、日本でも欲しいよということで、いっしょに開発しました。
島崎:単純に航続距離の数字(Honda e Advance:WLTCモードの一充電走行距離=259km)だけを見ると、実際問題、ヨーロッパで通用するクルマなの?とも思いますが。
一瀬:ヨーロッパといっても街中は小型車が多い。大きなクルマに荷物をたくさん積んで行くスタイルがある一方で、普段は街中で狭いところに無理やり駐車したり、そういう生活を毎日やっている。同時に、環境対応は人もCO2も集中する街中から最初にやるべきだと考えました。やはり“街なかベスト”でやりたいと。そう考えた時に、テスラみたいな大きいクルマで街中で路駐するのはベストじゃない。見直した結果、ホンダeくらいのサイズで、バッテリーを載せてこれくらいの航続距離だと見えてきたので、我々は“街なかベスト”でやろうと決めました。
島崎:それはすんなりと決まったことでしたか?
一瀬:当然、もっと走りたいという声はありました。けれどホンダeはこういうものだと最初に定義したので、その後はみんな四の五の言いませんでした。
島崎:四の五の言わせなかった?
一瀬:もちろん、もっとバッテリーの性能は上がらないのか?といった声はしつこくありました。が、サイズ的には初めからこれで行くと決めていたので「もっと大きくしたい」とは誰も思っていませんでした。
“街なかベスト”だから小回りが利いて充電は一晩で終わる
島崎:“街なかベスト”のコンセプトがベストであると?
一瀬:ええ、街なかベストの“ベスト感”なのですが、ホンダeのベストである理由として、物凄く小回りが利いてオーバーハングが短いというのがあります。それをこのサイズとフィット並のホイールベースでやるために、モーターは後ろにもっていき、転舵もでき、バッテリーも積めたという。
島崎:なるほど。
一瀬:もうひとつ、ホンダeはひと晩で充電が終わらせられるのですが、50kWを超えてくるとそうはいかない。やはり街なかベストであるなら、自分の家で充電でき翌朝は満充電で出ていくのが正しいと思うので、とすれば小さくできて、小回りも利いて、トルクフルなモーターで街中を軽快に走れる。内訳はそんなところです。
島崎:スマホも夜に充電して、朝、持って出掛けますよね。
大きな電気自動車はエコではなくエゴではないか?
一瀬:それと背も高くしたくなかった。すべて大きい方向にやることはいくらでもできる。でも際限もないので、例えば日産アリアのようなクルマとは違う、街なかや日常でリアリティのある小さいクルマに決めました。一方でポルシェなどは、350kWの充電器をあちこちに作りますと言っていますが、元々CAFEで環境でやろうと言っている人たちがやることだろうか?との思いもあります。
例えばホンダeの60kWのバッテリーでも、普段ほとんどの人は1日に90kmも走らない。とすると、もっと大きくしてもクルマのサイズを大きく重くして、ただ余った電気を持って回っているだけになります。道も傷めながら、たまの遠出に使いたい。そのための安心が本当に必要か? EVは環境問題でしょ……と突き詰めて考えていくと、我々が帰着したのがホンダeのサイズだったんです。
島崎:余った電気を持って運んでいるだけ。確かにそうですね。
一瀬:当然、もっと入れられていれば入れていますが、今の技術ではこれ以上のバッテリーは無理だということで、これぐらいの距離なら街中では十分だろう、電気自動車の良さは発揮できるだろうと判断しました。
島崎:長距離用のクルマがもう1台あるユーザーを前提にしているとお聞きしましたが。
一瀬:そうですね。1台で生活に問題のない人もいるとは思いますが、セカンドカーユーザーはやはりターゲット。日本でも今はPHEVやHEVに乗って、普段は軽自動車を使っているスタイルは多いですよね。でも軽自動車で500kmは走らない、けど毎日使っている。そんな軽自動車より乗り心地がよくて、おもしろくて、新しいクルマだとご理解いただくとわかりやすいかも知れませんね。
島崎:僕も今、軽自動車の代わりにフィアット500に乗っているので、意味がよくわかります。
一瀬:社会への提案のひとつなんです。でなければ、たまの遠出する電気自動車を走らせるためのインフラがどんどん作られ始める。本当にそれで正解か? 満漢全席が欲しがっている人間のエゴではないのか?とちょっと思っているんです。
島崎:環境と言いながら実はエゴだとは!
遠出に電気自動車は向いていない
一瀬:そもそも電気自動車は機能的に遠出は向いていません。加減速があって、減速でエネルギーを回収できる街中が1番向いている。長距離を走らせるなら別の内燃機関のほうがもっと賢い。MaaSは最適な移動手段をそれぞれで選んでいくという考え方で、それはひとつの“解”だと思いますが、その考え方に近いんです。
島崎:物事を広く捉えて考えないといけない時代ですね。
一瀬:そうですね、単独で見たり考えたりしているだけではもうキツい時代。ただコレいいでしょ、魅力的でしょだけではない。従来の自動車は右肩上がりで進化を遂げてきました。けれどホンダeはそこから一段違うところにポコッと登って、航続距離の代わりに得たものとか、ガソリン車の価値ではなくコネクティブとか、新しい価値で違うところに飛びたかった。従来のガソリン車の価値ばかりいつまでも追いかけないで、航続距離を捨てたら、街中で1番使いやすいカタチとか、小回りとか、低重心とか、いろいろ得られた。新しい魅力を体現したクルマがホンダeなんだと。
島崎:なるほど。でしたらオプションでトレーラーで牽引する方式の予備バッテリーを売り出して、それを使って遠出すればよいと?
一瀬:そういうこと言う人もいます(笑)。でもそれだとただ遠くに行けるだけで、クルクルと走り回れるホンダeの良さはなくなってしまう。そのバッテリーを毎日引きずり回す訳にも行かない。私だったら、必要な時にシェアでHEVを借りたり、そういう生活スタイルを考えます。そういう提案なんです。
日産リーフはファミリーカー、ホンダeは前後重量配分50:50で乗っても楽しい
島崎:ところで日産リーフは今は2世代目ですが、あのクルマはどう見ていらっしゃいますか?
一瀬:リーフは凄いなと思っています。日産はあのクルマをずっと育てている。やり続けたことで、いろいろな蓄積ができたはず。ホンダは昔からポンポン捨てちゃうタイプなので(笑)。あと、訴求もバーッとやっちゃう。あれも凄いです。ホンダはそういうことをなかなかできないキャラクターしているので。
島崎:えっ、そうですか!?
一瀬:あのね、クソまじめに出来そうでも手堅く考えて、言わなかったりするんです。だから言っている時はちゃんと出来ている時。
島崎:意外、ですね。
一瀬:ホンダだったら、ステアリングから手を離して大丈夫でも、多分CMでは手は離させない。ホンダの人間はみんな、そう思っているはずです。
島崎:リーフですが、何か参考にしたことはありましたか?
一瀬:バッテリーの温調(=温度調節)は、空冷だけでは足りないなと思いました。ホンダeでは水冷にし、低温時には温めるようにもしてあります。クルマとしては、リーフはファミリーカー狙いで乗っていいクルマですよね。ウチは街なかベストで実は乗って楽しいようにもしてあったり。
島崎:前後重量配分はピッタリ50:50なんですね。
一瀬:そう、ハンドリングもいいですし、315Nmのモーターをこの車体に載せて、しかもローギヤードにして加速も楽しいようにしてある。走りも違うし、同じ先進性でも自動運転かコネクティブかの違いもある。
10年後のクルマはコネクティブで“ツルピカ”
島崎:コネクティブは外せないですか?
一瀬:自動車業界自体が世の中の最先端をあまり見ていないんじゃないかと思うんです。今はみんなスマホでコネクティブをやって最新の情報を見ている。これまで自動車はそういう新しい価値観が苦手だったので、ホンダeでは未来を見せてあげたかった。ホンダパーソナルアシストや音声対話など最先端の世界観だと思っているのですが、それは未来を見据えてバックキャストして仕様を決めたものなので「2030年のクルマはこういうクルマになるんだよ」というのが、我々の言いたいことなんです。
島崎:10年ぐらいずっと使っていたモトローラのガラケーからiPhoneに替えて、やっと慣れたこところですが、ホンダeに乗れば、10年後の体験が今、できる訳ですね。
一瀬:ホンダeのスマホを横に長くしたような画面も、便利だし、未来には当たり前のものになるだろう、そういう時代が来るだろうということです。
島崎:今のホンダの最先端を行くクルマということですね。
一瀬:はい。“ツルピカ”もそのひとつです。
島崎:ツ、ツルピカ??
一瀬:未来はゴテゴテしていなくて、最先端の装備や機能を入れながら、収束した普遍的なカタチはこうなるだろうと。普遍的だから「懐かしいね」という人もいますが、それは昔も普遍的でいいものをやろうとしていたから。今回もいいものをやろうとしたら、何となく寄っていったんです。テクニック的にボディ色部分をシンプルにし黒いところに機能を集約させたノイズがないデザイン。充電口もキレイに仕上げ、中央のどなたにもちょうどいい高さと角度にアイコンとして置きました。ガンを差し込んだ際、ケーブルがバンパーやグリルに当たったりもしません。
島崎:“ツルピカ”は、ピカッと明るい外光が注ぐ全車標準のスカイルーフを、黒いルーフ部分にノイズレスで一体でツルッと仕上げた未来感の演出のひとつ、ということですね。
一瀬:はい、そういうことです。
島崎:どうもありがとうございました。
もうここにある「ホンダeという未来」
インタビューを受けていると、だいたい紆余曲折話をして、最終的には(先例に照らして)航続距離と値段の話になる。また逆に言うと、それ以外はあまり文句をつけられない……とも一瀬さん。フォーキャストではなくバックキャスト。“ホンダe”という未来は、もうここにあるという訳だ。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2020年10月時点の情報で制作しています。