その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第29回は貴重な小型・軽量・FRの2+2クーペ「トヨタGR86」と「スバルBRZ」の2代目となる新型です。お話を伺ったのはトヨタ自動車株式会社GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進部 GRZチーフエンジニアの末沢 泰謙(すえざわ・やすのり)さん、株式会社SUBARU商品企画本部 主査の関井 誠(せきい・まこと)さん、トヨタ自動車株式会社クルマ開発センター ビジョンデザイン部 ZEVデザイン2グループ長の松本 宏一(まつもと・こういち)さんの3名の方々です。
スバルさんは進んでいるなぁと思うことがあった
島崎:GR86とBRZの公道試乗が叶ったタイミングなのですが、ぜひ開発にまつわるお話をお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
末沢さん:こちらこそ、インプレッションがあればぜひお聞かせください。
島崎:はい。試乗は全部で4台できまして、GR86、BRZともにMTとAT、BRZのATのみ17インチタイヤであとは18インチでした。感じたのは、新型は先代以上に86とBRZの味付けの違いが明らかだな、ということでした。買いたいという人がいたら、好みを聞いて、それならどちらと勧めやすいのかな、と。
末沢さん:あ、そうですね。
島崎:それぞれのこだわりがあったことがわかります。それにしても僕ら部外者には、GR86とBRZのような協業は、どんなことはスムースに行き、どんな問題が起こったりするのかなぁと、半ば野次馬根性ですが、やはり気になります。
末沢さん:そうですねぇ、考え方の幅が広くなることが大きいですね。
島崎:これはまたスマートなお答えですね。
末沢さん:いえいえ、どうしても企画、設計が長いと、決め打ちで行ってしまうところがある。それに対して両社でいろいろ考えられるところがお互いに勉強になりますし、こういう進めかたがあるよね、こういう落としかたがあるよね、とか。それぞれの仕入れ先さんとの関係とか、日程的な話、質感や作り方、何より開発のやりかたも違います。効率的にやってきた中で、こっちもいいなぁ、スバルさんは進んでいるなぁと思うことがありました。
島崎:そうですか。
末沢さん:とはいっても、こだわりのところはお互いにあります。
島崎:改めて、今回の役割分担はどのようになっていたのですか?
末沢さん:デザインと企画がトヨタで、設計はスバルさんです。評価して、こういう方向にしたいというところはそれぞれでやりました。とくに操安、走りのところはそうです。それ以外のところの開発はだいたいスバルさんです。
島崎:ドライビングポジションの組み立てなどは?
末沢さん:パッケージはトヨタです。車両企画は最初にトヨタがやって、それをモノに落としていただくのはスバルさんでした。
小型・軽量・FRの2+2クーペは、こういうクルマになる
島崎:今回のフルモデルチェンジは、どういう考え方だったのですか?まったく別のクルマにしようとか、初代を進化させようとか、いろいろやり方があったと思いますが。
末沢さん:小型・軽量・FRがベースにあり、それを極めていくということですね。運転の楽しさだとか、軽快なハンドリングだとか、初代のお客様の声を聞きながら決めました。
島崎:どんな声があったのですか?
末沢さん:もう少しエンジンのパワー、トルクが欲しいというお声や、質感の話もありました。
島崎:キープコンセプトに見えるモデルチェンジは、ある信念のもとにおやりになったのだろうなぁと思いましたが。
末沢さん:そうですね、重心の位置、クルマのサイズ、空力、それからクーペらしいかっこよさ。それらを突き詰めたのが新型です。
島崎:車両レイアウトは違いますが、変わらないポルシェ911と同じ考え方と理解していいですか?
末沢さん:いいんじゃないですか。
島崎:コンサバと言ったら、末沢さん、怒りますか?
末沢さん:小型・軽量・FRの2+2クーペは、たぶんこういうクルマになるんだと思います。現行車両があって、変えないといけないよね、ではなかったんです。
島崎:ユーザー層も変わらないのですね。
末沢さん:そうですね、初めてクルマを買われる若いカップルの方とか、結婚されてまだお子様が小さい方、セカンドカーやサードカーで持とうかという方々、子供が巣立って奥さんと2人でスポーツカーに乗りたいなあと思われるシニア、ミドルシニアの方々。ライフステージでいうと主に前半と後半ということになります。
島崎:年配の方に対しての何か配慮はありますか? ステアリングの重さですとか。
末沢さん:スポーツカーですから何とも言えないのですが、ドアが大きいので乗り降りで足が引っかからないようにドアトリムの角をかなり削ったりしました。
(ここでスバルの関井さんが同席)
島崎:ご同席いただきありがとうございます。時間をいただき、お二方の言い分を伺おうかと思いまして。
関井さん:言い分(笑)。
末沢さん:たぶん違いはないと思いますよ(笑)。
四駆ライクに作っている。それがスバル的なクルマ作り
島崎:そこをなんとか(笑)。実は末沢さんにユーザー層のお話を伺っていたのですが、クルマに乗った印象でいうと、GR86とBRZは棲み分けができているように思いますが、それぞれのユーザー層を意識されてのことですか?
関井さん:今、我々は“スバルのディファレント”を提唱しておりまして、AWDを基本とする会社ですが、当然ながら真っすぐ走る、安定して走る、安全に走る……を謳わせていただいており、ベースコンセプトにあります。で、そこからキビキビとクイックにということになるのですが、やはり我々は安定志向になるので、そこが……あ、駄目でした?
末沢さん:いやいや……。
島崎:きょうは4台のパターンを試乗しまして、違いは実感しました。
関井さん:実はAWDのような作り方で、ピッチングとロールのレートをなるべく位相の少ないものにする。車両姿勢自体をフラットに保つということで、四駆ライクに作っているのは正直あります。それがスバル的なクルマ作りで、そこを感じていただけたのなら嬉しいです。
島崎:どちらがいい、悪いではないですが、そのへんはGR86との違いだとわかりますね。
関井さん:GR86のほうが味の差を出していただいていますから、末沢さんにその思いを聞いていただいたほうが……。
島崎:わ、このインタビューの司会進行まで恐れ入ります。
GR86は軽快なハンドリングでクルマを操る喜びを感じていただく
末沢さん:GR86は四駆ライクというのはありませんが、やっぱり小型・軽量・FRスポーツカーです。軽快なハンドリングでクルマを操る喜びを感じていただく。そういうクルマですね。そのために重心位置をクルマの真ん中に持っていったりしましたが、そこはBRZと一緒ですよね。
関井さん:言葉に表現しにくいお互いのポリシーみたいなところもありますので。
島崎:スバルの関井さんに伺いたいのですが、新型は、もっとまったく違うスタイルを考えていた……といったことはなかったのですか?
関井さん:初代から守らなければいけないことはお互いにすり合わせてきました。なのでクルマの主要なコンセプトのところは齟齬なく進めてこられたのかなと。ただ研修にしても、コンフリクトするポイントはどこか?と言われれば、いつもだ、といいましょうか。
末沢さん:それじゃあ協業がうまくいっていないみたいじゃないですか(笑)。
関井さん:仲がいいのですが、なあなあになってはいけませんので、お互いに言い合ってぶつける。意見が違うことは悪いことではなくて。
末沢さん:そんなに違いましたか?
関井さん:いえ、違わないから困っていたところもありました。ただ味付けのところ、たとえばシートのフィッティングとかサウンドコントロールの音の出し方などは、やはり会社というより個人の考えにもよるところがあるので、細かな部分は切磋琢磨しながらやってきたのかなぁと感じています。
島崎:ユーザーとしては、もちろん妥協の産物ではあってほしくはないですが、あくまでも、すんなりと両社合意の上で出来た結果だ、と?
末沢さん:大幅に進化はしていますが、あまり背反がないんですね。たとえば衝突安全性能やボディ剛性を上げるとクルマは重くなりますが、それほど増えていませんし、2Lから2.4Lに変わってもトルク、馬力は上がっていますが重量はほとんど変わっていません。性能は上がっていますが、お値段も上がっていません。
関井さん:重量もですよね。
末沢さん:さっき言いました。
関井さん:すいません、話聞いてないみたいで……といつもこんな感じで、正直、トヨタだから、スバルだからという感覚はあまりなくて……。
末沢さん:えへへへへ(笑)。
関井さん:笑いすぎです!
島崎:メーカーの垣根なんてなさそうですね。
初代の最初はここまでお互いに理解していなかった
関井さん:トヨタが何か言ってるとか、スバルが頑固だからとか……そういう体でやりましょうか?
島崎:別に僕はヤラセの番組を作るディレクターではありませんから。
関井さん:でも、外からそう見られているのかなぁと思う時ありますよ。
島崎:2代続けて協業をおやりになっていることは凄いと思います。
関井さん:2代目だからこそだと思います。私は初代の開発も携わっていましたが、今だからお話ししますと、最初はここまでお互いに理解していなかったですね。言葉遣い、日程の作り方、構造の考え方などありとあらゆるものが違うので、喧々諤々感は2代目の比じゃなかったです。1代目のひな形があったからこそ、より交流ができたかなあ、と。
島崎:いいですね、そういう話の流れ。
関井さん:新しい電動車をやらせていただいているのも、こういうところから発展していけたのかなぁと思いますので、この事業が、トヨタとスバルのいい架け橋になっているのかなあと思います。
2+2のスポーツカーが本当に今なくなってきた
島崎:ところでこのクルマの世にあるライバル車というと何ですか?
末沢さん:BRZ!
関井さん:じゃあ、86!
島崎:あっ!
関井さん:正直なところ世界に同じカテゴリーのクルマが存在しないので、初代86/BRZは今回のクルマのライバルですし、味付けも違うので、好敵手ということでお互いがいいライバルですね。
末沢さん:2+2のスポーツカーが本当に今なくなってきましたから。
関井さん:コンパクトクラスに近いライトウェイトですからね。ただお訊きになりたいであろうことでいうと、官能、楽しさということでロードスターは見ていますし、絶対的な速さやコンフォート性、トータルなクルマの作り方でポルシェなども見ています。ベンチマーキング、コンペティター企画は何のためにやるかというと、機構、データ分析のためにやるんですね。けれどどれに勝った負けたではなく、我々はトータルの官能性能なので、我々の商品の絶対値で開発している、そんな感じです。
島崎:まさに官能の部分で、乗り較べると先代以上にGR86とBRZの差が感じられますね。クルマそのものの味が違います。ハードの基本部分は共通なのに……ですからね。
末沢さん:ありがとうございます。
関井さん:足回りの機械構造に違いはありますが、それ以外は共通です。ステアリングはマップを変えてあります。あ、ステアリングホイール自体は、実は評判がよかった先代後期の流用です。当時GRが「作らせろ! 作らせろ!」というので、こだわって作ったものでしたから……。
末沢さん:「作ってください」って言葉遣いでお願いしたはすだけど……。
関井さん:いや「作れ!作れ!」でした。
末沢さん:ひどいなぁ(笑)。
“初代ラバー”の方が本当に多い
島崎:ははは。ところでキャリーオーバーという文脈のどさくさに紛れて申し上げると、スタイリングも“変わった感”は強調していないように感じますが……。
関井さん:企画とデザインはトヨタさんの分担ですが、人を中心のクルマ作りで、スバルでいえば360の時代からそうですが、人を置いて、荷物を置いて、最小限の空間が定義され、機構をつけていくと、それに対しておおよそ同じフォルムになる。駄肉がないという意味では、初代もよくパッケージができていたのだと思います。
末沢さん:ちょうどいいサイズで2+2となると、ああなるのだと思います。
関井さん:アストンマーティン、ポルシェも遠目で見ると近いですよね。トランクを開けて横から見るとポルシェっぽい、とか。今回は“窓肩”を上げて黄金比を整えて、窓肩を水平に前から後ろまで1本で通して、その上にキャビンが載っているような造作になっています。
島崎:デザインのためのデザインではなく、機能、コンセプトがあの形になっているということですね。
末沢さん:そうです。意匠で決まったのではないということです。
関井さん:もちろんデザイナーが機能とデザインをハイバランスさせてくれたからこそ、です。
島崎:空力のためにバンパーコーナーのパーツのシボもGR86とBRZではパターンの角度が違うそうですね。
関井さん:まさしくそこは味付けの部分で、GR86は機械的によく曲がる、ノーズは空力的に安定させる考えですし、BRZはどちらかというとフロントにしっかり荷重をかけるという考え方です。
(ここでデザインご担当の松本さんに同席いただく)
松本さん:そもそも初代は非常に完成されていました。何か変えられないかと検討はしましたが、結果、やはり初代のレイアウト、パッケージはとてもよかった。ではどうするかという時に、もう長くお客様に愛されているクルマなので、変えた、変えないの思いは断ち切って、あのサイズのコンパクトなスポーツカーは何を作ったらいいのかとゼロから考えた。スポーツカーの文法を守りながらシッカリと作りました。ただ素性が良かったので表面の形を変えても「86/BRZだよね」と思っていただけるのは、そういうところに起因しているのだと思います。
島崎:松本さんは初代もご担当なさったのですか?
松本さん:いえ、まったく関わっていませんでした。始めるときに市場調査でお客様の生のお声をお聞きしたのですが、大多数の方が「スタイルは気に入っているからモデルチェンジなんかしなくてもいいのだけど」と。
関井さん:“初代ラバー”の方が本当に多いんです。
島崎:となると、変えなければいけないけれど、変えちゃってもいけない。
松本さん:ええ。ですので初代にとらわれないで素直にスポーツカーを作ったらこうなったよね、ということです。ただエンジニアサイドからは、いろいろと細かな注文はありました。企画、デザインはトヨタ、設計、製造はスバルが取り決めで、初代は本当にそうでしたが、実は今回は共同開発の意味をより深めようと、トヨタのデザイナーが愛知県から群馬(註:スバルの本拠地)へ単身赴任し、僕も月の半分以上は群馬に行き、要件のやりとりなど一緒になってやりました。
お互いに要求を下げず、結果に結びつけた
関井さん:衝突安全の要件などで全長は少し伸びましたが、基本的な寸法は初代と変えずに……。
松本さん:いかにダイナミックさを出すかをミリ単位で工夫しました。キャビンは小さく作りたくてサイドウインドゥを3.7mm絞らせて貰ったりとか。リアタイヤの上も初代比で40mm以上削って、リアタイヤの踏ん張りを出したりとか。通常はグラマラスな造形をやるとどんどん大きくなっていく方向ですが、今回、我々はそうはせず、上のカタマリを削って相対的に立派に見せようと工夫しました。
関井さん:キャビンを絞れば当然、室内寸法が小さくなってエアバッグの機構の問題やベルトの問題が出るところを、もう毎日のようにやりながら……。
松本さん:最初は「できない!」と言われ、でも少ししたら「できます!」と言われて。
関井さん:骨の通し方を変えたんです!
島崎:あ、ここでもまた衝突が!
関井さん:確かにコンフリクトしながらやったのですが、お互いに要求を下げずに結果に結びつけたかなと。
島崎:プロジェクトが分裂することなくいいクルマができたのですから、本当によかったです。いろいろなお話をどうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年1月時点の情報で制作しています。