その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第83回は2024年10月16日に発売されたスズキ「フロンクス」です。全長4.0mながら流麗なスタイルを持つ新型コンパクトSUVの公道試乗会において、スズキ株式会社 商品企画本部 四輪B・C商品統括部 アシスタントCEの横山 貴士(よこやま・たかし)さん、商品企画本部 四輪デザイン部 アイデア開発部 係長の加藤 正浩(かとう・まさひろ)さん、そして商品企画本部 四輪デザイン部 インテリア課の江口 奈津美(えぐち・なつみ)さんに話を伺いました。
上質さ、洗練さがポイント
島崎:発表前のとある取材で加藤さん、江口さんには1度お話は聞かせていただきましたが、その時にはインタビューの性格上、あまり羽目を外す訳にもいかなかったので……。
加藤さん/江口さん:はははは。
島崎:なので今回はもう少しグイグイと突っ込ませていただくかもしれません。と、その前に開発の取りまとめをされた横山さんにご同席いただいているので、まず実車に試乗した印象をお伝えしますと、乗りやすいクルマ、ですね。何しろ最小回転半径の小ささは画期的で、スタイリッシュなだけでなく、間違いなく日本に合った実用的なクルマでもあると思いました。
横山さん:乗りやすさとは、具体的にどういう部分ですか?
島崎:普段使いのような街中を普通に走らせているときに、SUVタイプながら4.8mという最小回転半径の小ささは驚異的で、狭い路地や駐車場などで扱いやすさが実感できました。それとシートもフロント、リアともにしっくりといい着座感を味わせてくれます。これは中身のウレタンフォームなど新しいものですか?
横山さん:形状などはこだわって開発してますが、新しい素材という訳ではないです。
島崎:とすると形状にこだわった成果が出ているということですね。フロントはドライバーの身体をさり気なく包んでくれ、座って自分の体重を掛けていったときのクッションの沈み込み具合やフィット感がいいです。リアも着座姿勢がよくて、クッションのたわみ量もタップリしている。背もたれが立ちすぎたり、窮屈感があったりしません。でも日本人の体格だけ見てきめられた訳ではないですよね。
横山さん:はい、グローバルで見ています。
島崎:ひとつだけ、シフトレバーなのですが、全体のシフトストロークが案外と小さめかな、と。そのためか、Dの位置が僕には案外と直立気味に感じられ、その手前側、ストロークのスグのところにMがくる感じでした。
横山さん:そうでしたか。
島崎:インテリアはこだわりのボルドーと、艶がタップリあるメタル表現のインパネ加飾部分など“作り込んだ感”がヒシヒシと伝わってきますね。
江口さん:今回はテーマとして上質さ、洗練さがポイントになっているので、いろいろな素材を用いて上質を出したいという思いがありました。その中でもバラバラとは見えないようにまとまりを出すように心がけてはいます。
島崎:9インチのディスプレイもドーンと大きめなくらいで……。
江口さん:ナビは使われましたか?
島崎:はい。ナビ以外のいろいろな表示もされるんですね。
江口さん:ええ。画面を小さくした場合、その分、表示も小さくなっていくのかなぁと感じておりまして、適切な心地いいサイズはどのくらいかなぁと気になりまして……。
クーペスタイルSUVというのが最初から決まっていた
島崎:ああ、すみません。もう字が小さいと読めない年頃のくせして……。ところでTV-CMを拝見しましたが、デザインのコンセプトそのままに颯爽と白馬が登場してきましたね。あれはチーフエンジニアの森田さんのご意向だったんですか?
加藤さん:あははは。
島崎:加藤さんにはぜひ伺いたかったんですが、世の中にこれだけSUVが増えてきた中で、フロンクスのこのスタイルをモノにされたというのは、これは何かが天から降りてきたんですか? それとも大変で物凄く苦労したということだったのですか?
加藤さん:大変だったという印象はなかったです。割と楽しんで、最初から最後まで出来た仕事で、やり切った感がありました。クーペスタイルSUVというのが最初から決まっていまして、クーペスタイルというのはプロポーションに関わるワードで、SUVは骨格感を感じるワードだったので表現しやすくて……。
島崎:ああ、なるほど。
加藤さん:明確にいろいろアプローチができますし。
島崎:では、いい形が思いのままに形が作れた、と?
加藤さん:僕自身、クーペライクが好きなので(笑)。そこらへんは自分なりに、思うままに出来ました。
島崎:それは何よりです。とはいえ今どきクーペSUVはメインストリームですよね。
加藤さん:他社さんでもこういったクルマって多いと思うんですが、今回のフロンクスは全高も他社さんより低いですし、パッケージングとしていいか悪いかは置いておき、それを上手く昇華させやすいのがクーペスタイルSUVもあるんです。逆手にとって伸びやかであったりとか、よりキレイなクーペのシルエットを作ったりとか、そういう意味で取り組みやすかったんです。
島崎:ほほう。
加藤さん:他社さんのクーペスタイルSUVよりも、より際立った表現が出来ているのかなぁと思っています。
島崎:とにかく1番!、と?
加藤さん:あははは。
島崎:でもパッケージングを少しもイジめていないところがスズキのクルマだなあと思います。リヤ席のドア開口も広いですし。ええと、ドアガラスはベースのバレーノと共通というお話でしたっけ?
加藤さん:ルーフパネルの途中までは似た曲線で作っていまして、ドアガラスについてはガラス自体の曲率が共通で、厳密に言えば近いですがプロフィールは違います。
島崎:加藤さんはバレーノも担当されたということでしたが、初代のバレーノと2代目バレーノではガラスは共通だったんですか?
加藤さん:ガラスの曲率などは守っていましたが、時代とともにアップデートさせて、デザイン表現は微妙に変えています。
島崎:以前にそのお話をチラッと伺ってから、2代目バレーノは日本にはなかったので、初代バレーノのカタログとフロンクスの資料を机の上で並べて「うーん、違うのか同じなのか?」と見較べていました。で、思ったのですが、フロンクスはバレーノのリフトアップ版のようにも思えたりしたのですが?
加藤さん:うーん、商品としては切り離した存在として違うクルマです。
横山さん:バレーノは王道のハッチバックですし、インドでは同じ4mを切る全長のBREZZA(ブレッツァ)という商品がありますが、そことも違う新たな違うラインでクーペスタイルとしたのがフロンクスで、販売でも競合せずに選んでいただけている状況です。
島崎:バレーノはすでにインドで様々な賞を総舐めにしていますね。
横山さん:お陰様で20万台のご好評をいただいています。遠目で見ると大きく存在感があるように見えて、近づくと、あれ、こんなにコンパクトだったかな、と。さらに乗ると広いなと思っていただけるパッケージングに仕上げられたところは売りです。
島崎:デザインご担当の加藤さんとして、ライバルとして考えているクルマはありますか?
加藤さん:うーん……。
島崎:無理やり言わせるつもりはありませんけれど。
加藤さん:開発時は考えなかったですね。競合がいないところとしてデザインしていましたから。
島崎:そうでしたか。
スペーシア・カスタムは夜のラウンジ、フロンクスは……
(ここから馬弓編集長も同席)
馬弓:ところでインテリアですが、ボルドー以外の検討もされたのでしたっけ?
江口さん:はい。ブラウンの検討はしました。
馬弓:でもボルドー1色の設定とは、思い切りましたね。
江口さん:それはもうフロンクスの個性として強く打ち出して行こうということで。
馬弓:スペーシア・カスタムにある色とは?
江口さん:まったく違う色です。あちらは夜のラウンジのような色気のある色で、変光する奥行きのある色ですが、フロンクスのボルドーはより上質に見えるように、レザーの質感が際立つ色になっています。最後までブラウンも検討していましたが、ボルドーに決まった理由は、より個性的であること、スポーティであることでした。
馬弓:自ら踏み込んでいった色ということですね。
島崎:赤味と言ってもスポーツカーにあるようなヤル気満々な赤ではなくて、フロンクスのボルドーは、乗っていて気持ちを落ち着かせてくれる静謐な感じがありますね。
馬弓:パーソナル感がありますね。スムースレザーの感触もいい。それとやはりシルバーの加飾の存在感が強いですね。
島崎:今のスイフトもシルバーの加飾をあしらっていますが、考え方は同列なのですか?
江口さん:スイフトはシルバーの横に長い加飾と、明るいグレーの内装色をドアまで連続させて、インパネが全体的に浮いたようなデザインになっています。一方でお客様視点で1番目立つところに見どころをもってきたいという思いから、フロンクスでは中央部分にとくに注力しています。
馬弓:ベースの2代目バレーノとはインパネは共通ですか?
江口さん:ベースは一緒ですが、中央の加飾の部分が違っています。SUVということで力強さを出すために、中央部分は抑揚を出しています。
馬弓:電動パーキングブレーキのスイッチがあるエリアは、インドでは手動のパーキングブレーキレバーがある場所ということですね?
横山さん:電動パーキングブレーキは日本向けだけの装備になります。
島崎:細かなことですが、ドアを閉める時に指先を差し込む凹みの奥側のピアノブラックは、指先が触れるとなめらかな感触がありますが、そういった意図も?
江口さん:デザイン的に前方からのパールブラックの加飾との途切れることのない繋がりを意識して、そこにレザーが巻いてあるイメージです。
足回りは路面の良い日本専用仕様
馬弓:乗るとホンダWR-Vとの内装のクオリティの違いを感じますね。フロンクスはパーソナルクーペで、あちらは本当に道具という感じで。お客さんを喰い合う感じはしないというか。ついつい僕らは“対決”をやりたくなっちゃうんですけど。あと、どう考えても254万1000円からというのはお値打ちですね。
島崎:コスパのチェックも編集長の職務ですね(笑)。確かにホンダWR-Vとはキャラクターがぜんぜん違いますよね。僕はどちらも好きですけど。ところで改めての確認ですが、日本仕様の足回りは専用とのことですが、どのように変えているのですか?
横山さん:インドは路面が悪く、大きなうねりやスピードブレーカーもありますので、そういうところを往(い)なす方向。日本は路面はいいので、小さなマンホールや路面の継ぎ目を往なすような方向に振っています。
馬弓:2駆と4駆では4駆だけスタビが入っているんですね。常時4駆ではないですし、エンジン性能は同じだし、やはり重たい分への対応ですか?
横山さん:4駆もリアサスペンションはトーションビームですが、どうしてもデフやプロペラシャフトを除けなければならず、ビームが真っすぐに繋げられないので、その不利な分を補っているイメージです。
馬弓:それとATの制御でいうと、普通の街中では気にならないですが、たとえば高速道路の本線合流などでアクセルをグッと踏み込んだ時に“2段飛ばし”でシフトダウンしたので「あれ、6速なのに?」とも思いました。先日、撮影で乗った同じ1.5で6速ATのマツダCX-3ではそういうことは感じませんでした。まあグローバル展開を考えるとCVTという訳にはいかないのでしょうが……。
横山さん:そうですね、世界全体で見るとMTの比率がまだそれなりに高いこともあって、無段変速のCVTよりはAGS(注:2ペダルMT)、トルコンATの方が好まれていると思います。
島崎:試乗車同士ではFFと4WDでは車重の差が60kgあって、4WDはリアが+50kgになっていますね。タイヤサイズと空気圧設定はどちらも共通。馬弓編集長の言うようにエンジン性能は同じで、4WDは常時4駆ではないですが、乗り較べるとFFのほうは全体に軽快ですね。対して4WDは、お話があったように車重の増加分に対応した感じで、少し張った乗り味ですが、その分ドシッとしていて、タイヤの接地感やステアリングに安定感を感じるタイプ。選ぶ時には、それぞれの持ち味の違いを試乗して確かめるといいですね。
(特記以外の写真:島崎七生人)
※記事の内容は2024年11月時点の情報で制作しています。