その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎 七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第79回は2024年6月28日に発売されたホンダ「フリード」(2,508,000〜3,437,500円)です。7月上旬、横浜で行われた公道試乗会の席上、4人の開発者の方から新型フリードの走りを中心に、編集長の馬弓も交え話を伺いました。
誰が乗っても穏やかでスムーズな走りに
(試乗前に、四輪事業本部 四輪開発センターでパワーユニットの開発を担当された反町真世さん、電動事業開発本部 BEV開発センターでトランスミッションやAWDシステムを担当された宮田智さんのお二人と)
島崎:新型フリードの開発でもっとも力を入れたところというと、どこですか?
反町さん:“お客様に優しく”ということで、エンジン担当なので駆動力の出し方について、誰が乗っても穏やかでスムーズな走りになるよう心がけました。パワーユニット自体はヴェゼル、フィットと同じですが、セッティングはフリードに合わせて行ない、幅広いユーザーのことを考えた優しいダイナミクスを実現しています。
島崎:“よゆうを感じる素直な性能”ということですものね。では開発上、とくにこだわった部分というと?
反町さん:ハイブリッドとペトロール(=ガソリン)と両方ありますが、それぞれキャラクターに合わせた駆動力の出し方というか、同じにしては面白みがないですし、車両重量も違いますから、ハイブリッドとガソリンでは違うよね、と感じていただけるように気を遣いました。
島崎:それぞれどういう“キャラ”ですか?
反町さん:ハイブリッドは重量もあり、サスペンション、ステアリング含めてしっとりとした上質感のあるセッティングになっているので、それに合わせて、モーターで駆動するのを生かした静寂性と、上質感、重厚感を狙いました。それに対してガソリン車は重量も軽いので軽快感があり、ユーザーの方の操作に対して素直に動くようにしました。
島崎:なるほど。そのセッティングと仰る部分は、アクセル開度とか燃料噴射の制御とか、そういうところですか?
反町さん:そうですね。こんな時にどれくらい加速させるかといった、駆動力の出し方を考えています。
フリードで苦労したのは重量を感じさせない走りにするところ
島崎:エンジンユニットそのものは、1.5Lのヴェゼル、フィットと同じものということですよね。
反町さん:ボディに合わせてインテークの形状などは変えているものの、基本的には同じものを使っています。もちろんセッティングはフリードに合わせています。
島崎:そのセッティングはヒョイヒョイと簡単に合わせられたのですか?
反町さん:ほかの2車に対してフリードは重いので、重量を感じさせない走りにするところは苦労しました。山道を走ったり、走行シーンはいろいろあると思うので、どこを走っても重たいな、扱いにくいな……とならないように。フリードは7人乗りの多人数乗車もするクルマなので、幅広く考えながら作り込みました。
島崎:なるほど。
反町さん:当然1人で乗ることもあるので、状況の異なるところも考えなければなりませんし。
島崎:そういう幅広い想定の場合、ピンポイントではない訳ですし、セッティングはどういう風に決めるのですか?
反町さん:実装した中で燃費、NV、動力性能のバランス取りが難しく、走らせすぎると燃費が悪くなりお客様には嬉しくありませんから、とにかくクルマ1台分で考えるようにします。
島崎:乗車人数増減での荷重が変わる場合、制御もそれに合わせて変えたりするのですか?
反町さん:それはとくにしてないです。乗車人数が変わろうとも動きは一定になるよう、トータルで考えています。
島崎:1名乗車でアクセルを踏んでも、いわゆるラビットスタートになったりしないような設定という訳ですね。
反町さん:そうですね。そのへんのバランスの取り方は重要になってきます。山道の登り下りや、鷹栖のテストコースでチームのメンバーと走らせて、どういうクルマがいいか議論しながら詰めていきました。
一緒に直した方がリーズナブルじゃないの?
島崎:宮田さんのご担当でも、苦労されたことはおありでしたか?
宮田さん:ミッションと4駆を担当しまして、エンジンとも近しく、駆動力をコントロールし変速で運転を補うところなので……。
島崎:とするとエンジンの反町さんと、ここはそちらでやってくれといったやりとりもあったのですね。
宮田さん:ええ、課題なりを共有して、どっちで直す?みたいな。
島崎:それはこっちではないでしょ、そっちでしょ、と?
宮田さん:笑。一緒に直した方がリーズナブルじゃないの?といった会話をしながら。
島崎:ミッション側でいうと、どういう対応をされたのですか?
宮田さん:反町の話にもありましたが、多人数乗車についての制御的なところはやっていないのですが、登坂検知は従来のホンダ車は全部やっていて、プロスマテック制御というもう30年来使っている制御なのですが、登坂の勾配に応じてアクセル開度は一定でエンジン回転を上げたり、駆動力自体を上げたりといったことをやっています。
島崎:CVTの?
宮田さん:CVTもハイブリッド用は専用の制御にしてありますが、ヘビーなクルマなので、踏めば当然走るのですが、登坂を検知してあげることで、アクセルを軽く踏んだだけで登る、登りすぎることもない、そういう制御になっています。
島崎:それは勾配をセンサーで読み取ったりしているのですか?
宮田さん:駆動力で出る加速Gに対して乖離があると登坂だと判断する仕組みです。制御上のロジックで、たとえば登り何%の勾配かと推定していて、エンジン回転をこのぐらい上げよう……とさり気なく変速をさせて、ユーザーのアクセル操作の頻度を抑えるようにし、疲れにくくなるようにしています。
島崎:ユーザーが気がつかないところで?
宮田さん:当然下りもさりげなくエンジンブレーキを効かせて、ハイブリッドの場合はモーターで回生を取ってあげることをしています。
いつの間にか速度が出て「怖い」CVTのラバーバンド
島崎:CVTのステップ制御も非常に秀逸ですよね。
宮田さん:メカニカルなCVTで本当に変速をさせる。実はこれを考えたのはもともとは市場からの“違和感がある”というフィードバックからでした。
島崎:というと?
宮田さん:ずーっとエンジン回転数が一定で、どんどんスピードが上がる、いつの間にかスピードが出るという、よく言われるラバーバンドに対してユーザーの方から“怖い”という声がありました。通常のATであれば変速でたとえば今60km/hだなど体感できますが、CVTは、勝手に変速しているために、いつの間にか80km/hになっていたりと。
島崎:そこでCVTにメカニカルな変速の所作を入れることで、ドライバーの感覚に添ったものにしたのですね。
宮田さん:人の感覚で持っている部分を大切にして、違和感のないように仕上げました。
足のしなやかさの秘密は「樹脂シート」
(試乗終了後に、四輪事業本部 四輪開発センター ICE完成車開発統括部でサスペンションやステアリングなどを担当された吉橋毅晴さんと、四輪事業本部 ものづくりセンター パワーユニット開発統括部でパワーユニット担当の瀧本章一さんのお二人から話を伺いました)
島崎:吉橋さんのご担当は?
吉橋さん:サスペンション、ステアリング、ブレーキ、NV、それと強度耐久性といったところを見ています。
島崎:サスペンションといえば、ここ最近のホンダ車の“1G組み付け”はこの車でも採用されていると思いますが、やはり違うものですか?
吉橋さん:社内の評価では4つのタイヤがキチンと地面に接地した状態で締め上げての評価をやっており、その状態でお客様に提供するようにしています。同じ寄居工場のステップワゴンなどもそうです。
島崎:最初の減衰がしなやかで、足が突っ張った感じがしないのがいいですよね。
吉橋さん:1Gの締めつけもありますし、先代に対してフリクション低減の技術も何点か入れており、それにより足がしなやかに動いてくれるようになったのも改良点です。
島崎:具体的には、どの箇所のことですか?
吉橋さん:フロントサスペンションにその対策を入れています。2つあって、ひとつはスタビリンクのボールジョイントの軸受け部分の樹脂のシートをより馴染むように形状変更し摩擦を低減させました。もうひとつはロアアームのボールジョイント部分にも樹脂シートがいて、そこにテンパリング(熱処理工程)を加えて、より馴染ませて、これもやはり摩擦低減の効果を出しています。これらのことでスタビライザーとロアアームがより動くようになり、足をより動きやすくしています。
島崎:今までそれはやっていなかった?
吉橋さん:フィットを始め他の機種ではやっており、横展開させています。コストとの兼ね合いもあるので、フリードの場合、効果の高いところに絞って投入しています。
馬弓:樹脂と聞くとシートの耐久性に不安はないのでしょうか?
吉橋さん:もちろん耐久要件を当然クリアさせて、安全率をもって樹脂のシートが剥離しない、破壊しないというところは担保しています。ゴムブッシュなどより遥かに耐久性はあります。
ハイブリッドとガソリン、FFとAWDで異なる足回り
島崎:試乗ではFFとAWDに乗りましたが、取材メンバー3名乗車の状態で、AWDのほうがとくに低速で路面からのショックを感じやすいかな、と思いました。FFとAWDとでは狙った設計値の違いはあるのですか?
吉橋さん:サスペンションもなるべく数値で表わして評価はしていますが、実際には最後に乗ってどうかという判断になります。FFとAWDではサスペンションのセッティングは変えており、当然、車重がひと声80〜90kg違う。なので車重分は変えて、FFとAWDでそれぞれの乗り味がキチンと出せるようにしています。AWDはプロペラシャフトとリアデフが付いており、FFとは重量配分も随分違うので、乗り味が違って感じる部分はあると思います。AWDはやはり重い分、入力が入ると慣性力でドンと来るので、そう感じられた可能性があります。
島崎:AWDも、ひとたび高速道路のクルージングでは、しっとりと落ち着いた安定感のある乗り味が感じられました。
吉橋さん:AWDは常に後輪にも駆動がかかっていますので、平坦路ではFF以上にドッシリとした安定感が得られると思います。
馬弓:AWDは最低地上高が15mmも違うのですね。ハイブリッドのFF車のしっとりとした足回りには驚きましたが、島崎さんが言うようにAWDは低速時に少し固さを感じました。これが影響しているのでしょうか?
吉橋さん:AWDを使われるお客様は雪道や荒れ地へも行かれると考えて、安心感をもっていただけるよう、最低地上高についてAWDはあえて高く設定しています。
島崎:轍にはまりそうな場面で15mmの差は大きいでしょうね。
吉橋さん:それとFFのハイブリッドも味付けとしてはしっとりというのは目指したところで、一方でガソリン車は車重も軽いので軽快さを出した味付けにし、実はちょっとだけ方向性を変えています。車重の違いはいかんともできないので、だったらそこを利用して味付けもしようと。
馬弓:部品レベルで違うということですか?
吉橋さん:減衰特性などをチューニングしてハイブリッド、ガソリン、FF、AWDとそれぞれのものとしています。
島崎:車重があると、ダイナミック性能を照準に合わせた場合、やはり乗り心地への影響は大きいでしょうか?
吉橋さん:そのへんはノウハウをもとにシャシーPLが乗って、サスペンション、ステアリングなどひとつの領域に限らず、クルマ1台分の全体の走りとしていろいろな領域のPLが集まって構築していきます。
機種チームごとのカラー、束ねているリーダーごとのカラー
馬弓:ということは車種ごとに領域の現場が強いか車種の担当が強いかによって、でき上がってくるクルマはそれぞれ異なるということになるんですね。
瀧本さん:それはあります。機種チームごとのカラーがあるので、そこを束ねているLPL、代行、PLごとにまちまちにカラーはあります。そこがおもしろいところでもありますが、日々、上手くやっています。
島崎:新型フリードのLPLの安積さんは、オレの方針だからこうやれ!というタイプの方ですか?
吉橋さん:いえ、安積LPLは基本的にあまり口出しはせず、任せてくれました。もちろん本当に何かあれば出てきてくれ、話を聞いて調整もしてくれますが。
瀧本さん:細かいところは権限委譲ではないですが、我々に任せてくれ、伸び伸びとやらせてくれるので、非常にやりやすかったです。
島崎:つい先日も、アコード、ヴェゼル、WR-Vの広報車を、試乗会のあとに改めて個別貸し出ししてもらい乗っていたのですが、どのクルマも乗り味の点で、言葉で表わすとユーザーの気持ちに心地よく寄り添ってくれるクルマだなぁと実感でき、そういう横串が通っているなぁと感じますね。お話を聞いていると、各機種の開発チームの空気がいい方向で共通しているのかなぁ、と。
吉橋さん:ここ最近は、サスペンションでいうと、しっかり足を動かしストロークを取って、タイヤの力も十分に使ってという方向性になっていますね。昔のホンダ車というと……。
島崎:固めてロースさせずに鷹栖のテストコースのワインディングもグイグイと走っていくようなイメージ……。
吉橋さん:タイプRのようなクルマは別として、一辺倒ではなく、ファミリーカーにはファミリーカーらしい、ホンダらしさの出し方があろうと、そういう考え方になってきました。今回のフリードでいえばストロークをちゃんと使ってタイヤの力を引き出して。
島崎:最近は初期の減衰の出し方など、そうそうこうだよね!と感じさせてくれますよね。パワーフィールについても同様に、自然でストレスを感じさせないですね。
吉橋さん:エンジンとミッションは基本的に先代から変わっておらず、車重が増えている分辛いのですが……。
瀧本さん:IPUの高圧バッテリーもガラッとは変えていません。そこは制御の手法を見直して、初代アコードハイブリッドのi-MMD以来、知見も溜まってきています。以前は劣化した時に止まらないよう安全マージンをもってきたのですが、シビックあたりから見直して初期から使える余裕を広げて、マージンはそのまま燃費とドライバビリティに貢献できるように変えてきました。バッテリーそのものは48セルと先代と同じです。
最初は剥がして、最後は足した防音材
吉橋さん:ところで試乗されてNV(編集部注:騒音と振動)はどうでしたか?
島崎:おっ、逆インタビューですね! NVよかったですよ。
吉橋さん:ありがとうございます。実は当初からコストが厳しく、防音材も先代に対して剥ぐ方向で動いていました。が、途中で防音材を足す方向にしました。
島崎:それにしても“剥ぐ”方向だったとは!
吉橋さん:どの機種でも最初に目を付けられるのが「取りやすいもの」なんです。
島崎:重さよりコスト面で?
吉橋さん:ええ。ですからいつもNV担当者は被害者になってしまいかわいそうなんですが……。ですので、以前は部品ごとに性能を定めて開発していましたが、今はそうではなく“NVパッケージ”として、クルマ1台分として性能のレベルを定めて、効率よく開発しています。
島崎:1度剥がして戻したのはどの部分だったのですか?
吉橋さん:3列目のルーフ、サイドクォーター内は最初はコストの兼ね合いで取られていましたが、最後はやっぱり外せない、商品として出せないと、戻した経緯でした。
島崎:また試乗の機会がありましたら、3列シートに乗って復活した防音シートの効果のほどは再確認したいと思います。どうもありがとうございました。
(写真:編集部)
※記事の内容は2024年7月時点の情報で制作しています。