その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第84回は2024年10月10日に発売されたマツダ「CX-80」(394万3500円〜712万2500円)です。全長5mに迫る3列シートのフラッグシップSUVについて、開発責任者である商品企画本部 主査の柴田 浩平(しばた・こうへい)さんに話を伺いました。
同時に4車型できました!とはならない
島崎:実は“犬のCX-80のサードシート試乗”と銘打った記事を考えまして、実際に我が家の飼い犬を乗せてみたんですね。
柴田さん:へえー。
島崎:乗り心地のよさをカレで表現できないかな、と。で、実際に座らせて走りながらミラーで見ていると、頭の揺れが横にも縦にも非常に穏やかだったんですよ。本人もきわめて快適そうな表情で。えーと写真あったかな……あ、これです(と手元のiPhoneの写真をお見せしながら)。
柴田さん:あー、大人しくここに乗っているんですね。かわいいですね。いいですね。ありがとうございます。
島崎:カレは我が家の乗り心地・NVH評価担当の2歳10カ月になるオスの柴犬でして……と、ウチの犬のことはさせおき、CX-80の話を伺いたいのですが、一括企画・一括開発だったそうですが、半分知らん顔で伺うのですが、それってやはり大変なことですか、それとも簡単なことなんですか?
柴田さん:そうですね、やはり大変ですよね。どういうところが大変かというと、ラージでは60、90、70、80とすべて一気に開発してしまうし、共通部分も物凄く多いので、すべてを許容できるように作っておかないといけない。部品の共用化という苦しさもある。実際のところ時間軸があるので、一気にやったからといって同時に4車型できました!と出すことにはなりません。結局、仕上げていくのは順繰りなので……。
島崎:そうでしょうね。
柴田さん:60が22年に出て、最後の80が今年の10月と、2年ちょっとかかっている。その間、市場からのフィードバックがあるし、当然、予定どおりに仕上げるだけではない。時間軸の進化分もしっかり入れる。そんな育成と量産開発を同時に進めていくことになるので、まあ自転車操業というか(笑)。目まぐるしく横展開しながら進化させていくということが起こるので、大変ですね。
島崎:ここまでが一緒なら、その分、手間が省けていいんじゃない?と、決してそういうことじゃない?
柴田さん:考え方の上ではある程度そういう効率的にやっていることは当然あります。が、実際はお客様もいる訳だし、アメリカがある、日本がある、ヨーロッパがあるという市場環境の違いの中で、クルマが2列のホイールベースの短い軽いクルマから3列で長く幅広いクルマまでを一気に……というのは、やはり1つずつちゃんとやっていかないと出来ないことが多いことです。
アメリカではど真ん中、日本ではフラッグシップ
島崎:柴田さんは全車種の主査というお立場ですか?
柴田さん:正確にいうと私は60も担当していまして、ラージ一括担当として4車型の共通領域は見ています。その上で70、90には個別に主査がいます。
島崎:お仕事、大変そうだな……。
柴田さん:デザインの大変さはわかりやすいと思いますが、2列で2車種、ロングホイールベースで3列車が2車種ある。アメリカ用の70はロングホイールベースで90と基本は同じですが2列と3列がある。全部が個別車種としてカッコよくないとお客様には買っていただけないけれども、実はこことここの部品は共通というところが物凄くある。そういうことを実現するのは難しいことで。
島崎:日本と欧州向けのナローと北米向けとでは、デザインの雰囲気も違えていますよね。リアクォーターまわりは、70と90はやはり北米っぽい。あのあたりは意識的なことなんですね?
柴田さん:そうですね。とくにアメリカではマツダが満を持して出すミッドサイズの3列の市場でど真ん中のクルマ。今までは4気筒ターボのCX-9で何とかやっていましたが、今回は直列6気筒で、かつサイズとしてもひと回り大きくして1番後ろに3人座れるパッケージにし、ど真ん中にボールを投げられるサイズにした位置づけ。アメリカ市場にはまだまだ大きなクルマもありますけど。一方で80は国内の中では最大なので、フラッグシップとしてしっかり存在感があるようにした。同じ3列シートのSUVですが、日本における80とアメリカの90とでは市場特性上やはり変わってきます。そういう意味で実用性が見える90と、フラッグシップとして質感高く、クオリティ感をもって最上級の役を持たせた80とでは違いがあります。
島崎:日本の80はより上等感のあるクルマ、北米の90はタフで実用的で、単にデザインを変えただけじゃないと?
柴田さん:そうですね。やっぱり市場ごとの位置づけが違いますので。
島崎:とはいえ、僕などパラダイムシフトについていけない昭和なオヤジなもので、マツダのフラッグシップというと今だにルーチェ、ロードペーサー、頑張ってセンティアなどと言い出してしまうのですけど、改めて、今やSUVがフラッグシップの時代なんですねぇ……。
柴田さん:仰る通りですねえ。私、個人的にはセダンがとても好きで、FRのセダンにひときわ思い入れがありますけれども……。
島崎:あら? 一時期そういうクルマが出るような話ありませんでしたか? ラージの一括企画・開発の中に6気筒でFRベースで……。
柴田さん:なかなか、本当に、しっかり売るのが難しいのは間違いない、ですねえ……。
島崎:そうですかぁ……。
走りのターゲットはBMW X3、室内はアルファード
柴田さん:とくにこのラージ4兄弟はフラッグシップなんですけれども、決して少なく作って高価格でお届けして終わりというクルマではなくて、しっかりボリュームを売ってビジネスの基盤を支える役割があります。その意味ではやはりSUV、クロスオーバーが担うのは今の時代かなあと思います。
島崎:CX-80には400万円を切る価格設定からの用意がありますしね。にしても、今までのCX-8などはシュッとスポーティで颯爽とした雰囲気がありましたけれど、CX-80はいい意味でゴツッ!と重厚感も伝わってききます。このCX-80なんですが、具体的にどんな車種をライバル車に想定しているのですか?
柴田さん:他社をいろいろ申し上げるのはアレなんですけど、まず走りについては、ヨーロッパでいうとBMW X3など、FR系は本当にSUVとは思えない安定感と走りと上質さがありますよね。それでいて昔のBMWでは考えられなかったような扱いやすさもある。低速でステアリングが軽く取り回しもよく、でもアウトバーンでどこまで行っても安定感がある。SUVで想像するようなふらつき、不安定さがまったくない。走りにおいてはそういうクルマを目指したいなあとは凄く思います。それを3列でこの大きさでもサイズを忘れさせるような気持ちよさ、安心感を感じさせるのは大事かなと。
島崎:なるほど。
柴田さん:国内では3列といえばミニバンという市場なので、ミニバンとは違う楽しさをぜひご家族で感じていただきたいなと凄く思います。
島崎:全長が5mm違いの、あのアルファード/ヴェルファイアじゃなくて? 意識されたのですか?
柴田さん:国内でしっかり選んで貰えるサイズを考えると、長さは5m、幅は1900mmが限界かなと思います。ここを超えると数が一気に減るので、多分同じようなことを考えられているんじゃないかなと。スライドドアが便利、室内の広さがいいといった声はよくお聞きしますけど、クルマはそれだけではないので、やはり運転していただきたいし、3列シートにこういう選択肢があるということを感じていただきたいなと思います。
Eクラスや3シリーズのようなセダンの育て方をマツダができたら……
島崎:かつて最後のMPVが出た時に、ミニバンのこのクルマがマツダのフラッグシップです、と言われ「そうかぁ」と受け止めたんですが、時代が変わって、今はSUVのCX-80に「そうかぁ」と、改めて受け止めています。でもついでにセダンの復権も。先ほどセダンがお好きだと仰ったのは柴田さんですから。
柴田さん:まあ個人的な好みですから。
広報:正統派ですよね。
島崎:あ、今の広報のTさんのコメントはもっと突っ込んでもよろしい、のサインと受け止めましたので続行させて伺いますが、セダンは、どうですか?
柴田さん:それはもうぜひ作りたいですし、隙あらばそういう企画書を作って持っていきたいといつも思っています。ジャーナリストの皆さんと一緒にセダンの市場を盛り上げたりしないと今の状態ではなかなか難しいですねえ。アメリカ市場でもセダンがなくなってしまっていますし。
島崎:ヨーロッパのセダンは残っていますよね。
柴田さん:個人的な見解で専門ではないですが、Eクラスや3シリーズはやっぱりアイコンだから他が絶滅しても残りますよね。ああいう育て方をマツダがアテンザ、6でできたら“うちもセダンが作れる”ができたんだと思います。
島崎:うちもセダンが作れる、いい言葉ですねえ。
柴田さん:意識的に育てることが必要だと思います。ただそこまでの自信がまだ持てないから、私がセダンを作りたいといっても、やれ何台売れるんだ?といった話になって、どう考えても難しいところでしょうね。
島崎:T社さんのCと一緒に作る話がウワサされてませんでしたっけ?
柴田さん、そ、そうでしたっけ?? やはりオリジンと伝説が非常に重要な世界だと思うので、数はまとまるかもしれないけど、それがマツダにとって本当にいい仕事になるのかなあと考えると……これは完全に私の個人的な思いですけど。
島崎:マツダ6がなくなると聞いたときは寂しかったですけど。
柴田さん:そうですね、わかります、私もそう思います……(小声で)。
CX-80の価値は上質感、存在感、とくにキャプテンシートがあるところ
島崎:話が逸れてしまったので修正しますと、改めて伺いますが、3列シートのSUVの価値というとどこになりますか?
柴田さん:まず夢が広がる走り方、使い方やそういう可能性があると思います。単純に悪路が走れる、どこかに行けるということだけではなくて、人でもモノでも好きなものが乗せられるし、アクティブなトーイングなども踏まえて、これがあると自分の生活がこんなに膨らむのかあと実感できる魅力があると思います。
島崎:なるほど。ではこのCX-80が数あるライバル車に対して秀でている点というと?
柴田さん:上質感、存在感、とくにキャプテンシートがあるところはとくに特別で、2列目の人でも主役になれるような空間、設え、もてなしがそこにあるので、その世界観はただ人がたくさん乗れるというだけではない、豪華な世界がある、ということでしょうか。
島崎:サードシートも着座姿勢が自然で窓も広くて、今までの3列シートのような、子供の頃に親に怒られて押し入れに閉じこめられた時みたいな閉所感がなくていいですね。
柴田さん:ありがとうございます。大人の方がしっかり乗れて遠くに遊びに行けるのも大事な要素だと思うので、シートだけ付けるならもっと簡素にできるし、お子さんを近くまでというだけならもっとデザインに振ることもできるんですけど、そこを装備もしっかりさせているのは“夢が広がる”の大事な部分かなと思うです。
島崎:3列目用のエアコンの吹き出し口もありますし、シートベルトを使わない時の固定方法も、ベルトをクリップで挟んだ上にさらにバックルの先端のブレード部分を差し込むようにしてあって、入念に固定ができるようになっているのですね。
柴田さん:ありがとうございます。
島崎:それとインパネの中央に空調関係の物理スイッチ15個が並んでいますが、ボタンの形状、サイズ、指先で押した時の感触の心地よさなど素晴らしいですね。昭和なオジサンには昔のスイッチがたくさんあるホームオーディオのプリメインアンプみたいで、見ているだけでもワクワクしてきますが。
柴田さん:ははは、それはよかったです。マツダが積み上げてきた使いやすさの考え方があるので、それを愚直にやった結果かなと。今はまとめてタッチパネルのディスプレイにする考え方もあり、部品点数からいってもスイッチが10個あったらそれが1個になり、コスト管理からすれば本当は飛びつきたい。でもCX-80はマツダのフラッグシップを体現したクルマなので、物理スイッチをしっかり残すことは当分はやっていこうと思っています。クルマにこだわりのあるお客様にマツダを体現していただくには物理スイッチは大事かなと考えています。
マツダのフラッグシップらしく堂々と行きたい
島崎:いいですね、続けていただきたいです。そういえば、柴田さんは“お城めぐり”と“和食”と何とも粋で高尚で渋いご趣味をお楽しみだと聞きました。
柴田さん:ふふふ、そ、そうですね。本当はもっとオタクっぽいんですけど、TVゲームもマンガも好きだし、レゴブロックも……。
島崎:あのレゴブロック?
柴田さん:そうです。レゴブロックは子供の頃から絶え間なくずっと好きで今も好きで、家が建てられるくらいもっています。
広報:建築の出身らしく“アーキテクチャーシリーズ”などずいぶんあるようで。
島崎:そうか、お城も建築の観点から?
柴田さん:お城は歴史も好きですが、自動車会社だと東海地区に出張に行く機会が多いので、時間ができると、掛川城とか浜松城とか行きながら思いを馳せる感じですね。
島崎:そちら方面のお話も本当はもっと伺いたいのですが、最後に、これはいかにもな質問なんですが、CX-80をお城に例えたら、何城になるんでしょう?
柴田さん:おー、なるほど、なかなか難しい初めての質問……。でもどうかなあ、そうですね、やっぱり“姫路城”と言いたいですねえ。規模も大きいですし何より美しいですしねえ。マツダのフラッグシップらしく堂々と行きたいですし。
島崎:世界遺産で国宝のあの別名・白鷺城。まさに期待どおりのお答えをお聞かせいただきました。立て込んだご予定の中、割り込ませて41分12秒もお時間をいただき、どうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2024年11月時点の情報で制作しています。