その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第70回は2024年2月28日から始まった「H2 & FC EXPO 水素燃料電池展」に出展され、2024年夏の発表・発売を予定しているホンダ「CR-V e:FCEV」です。日本では未発売なもののCR-Vの新型6代目モデルは北米を中心に人気を集めているミドルサイズSUV。そのCR-Vに追加された水素による燃料電池車について、ホンダ技研工業株式会社 電動事業開発本部 BEV開発センター LPL チーフエンジニアの生駒 浩一(いこま・こういち)さんに編集長の馬弓も交えて話を伺いました。
グローバルで受け入れられているCR-Vがベストチョイス
島崎:生駒さんのご経歴ですが……。
生駒さん:元はエンジン屋で、入社時点からガソリン、ディーゼル、ハイブリッド、FC(編集部注:Fuel cell=燃料電池)などの先行研究みたいなところからスタートしました。なので今のFC関係の開発メンバーとも繋がりがありました。途中、ガソリン、ディーゼルの専門になったりもしていました。要は環境技術にずっと携わってきまして……。
島崎:イギリス、ドイツなどにも駐在しておられたのですね。
生駒さん:はい。
島崎:このCR-V e:FCEVはGMとのコラボレーションということですが、これはどういった経緯からだったのですか?あの、随分前に日本のGMの関係者の方で宇都宮と東京を頻繁に行き来されていたようでしたが……。
生駒さん:先日発表したEVの「プロローグ」も、GMとの協業でした。そのお話もどの機種の関係だったかは定かではありませんが。ちなみにプロローグとCR-V e:FCEVとはまったく別のクルマです。
島崎:なるほど。
生駒さん:CR-V e:FCEVでGMと協業しているのはFCS(編集部注:Fuel cell stack=燃料電池スタック=燃料電池の発電部分であるセルを積層構造にしたもの)の開発のみです。クルマそのものの開発はまったく関係ありません。
島崎:そのクルマですが、今回FCEV搭載車としてCR-Vとなったのは、何か選択理由があったのですか? まあ、今どきのSUVだからということは想像できますが。
生駒さん:仰るとおりで、やはり普及をさせるキッカケを作るという意味で、キチンと市販車で作っていけることを狙う時に、グローバルで受け入れられているCR-Vなら、いろいろなパワーユニット、パワートレインを載せていると考えるとベストチョイスなのかな、と。
全力投球型の専用車とはちょっと違うところもある
島崎:まったくの新規車種で仕立てる案はなかったのですか?
生駒さん:もちろん議論はありました。いろいろな可能性を議論する断面では専用で作りましょう、あるいは反対に流用で安く作りましょうといった話など、当然ありました。
島崎:かつて「クラリティ」がありましたが、このCR-V e:FCEVとでは、同じFCEVとして何がどのくらい進化したのでしょう?
生駒さん:うーん、それは非常に比較しにくいですね。なぜなら燃料電池車というのを当時のクラリティではプラグインハイブリッド、純粋なEV、そしてFCEVと、3つのパワートレインを持っていました。シリーズの統一コンセプトもありました。なので当時の環境オリエンテッドでそこに集中して3台が作られていた。
島崎:環境課題への解答をクラリティ全体で表現していた、と。
生駒さん:今回のクルマは逆にFCEVありきで作った訳ではなく、いろいろなバリエーションを持っているSUVとして認められている中で、あるクルマをFCEV化するという方針だった。なのでクラリティに対してFCEVとしてどう進化したのか……というと、なんて表現すればいいのか……。
島崎:漠然とした質問ですみませんでした。
生駒さん:もちろんさまざまな時代の進化は入れています。たとえば将来より安くするための賢い考え方だとか、反対にオールドファッションな技術を使いながらといったことも。全力投球型の専用車とはちょっと違うところがあります。
どんなご家庭でもひと晩充電すれば使える
島崎:充電に関して、家庭の100Vからでも出来るようにしてあるのですね。
生駒さん:充電の考え方はなかなか難しく、今であればBEVでいろんな議論もされている。充電の設備そのものをまだ皆さんが持っている訳ではありませんし、200Vを持っておられればそれだけ早く充電できる。もともとPHEVをもっていたこともあり、今回のクルマのバッテリー容量であれば、どんなご家庭でもひと晩充電すれば使える。今としては適切なところかなと思っています。
島崎:我が家でもかつて外灯を繋いでいたコンセントが家の外壁に残っていますから、スグに使えるのはいいなあと思います。
生駒さん:本当は200Vをお勧めしますけれど。心配されるケースとして、ちょっと今、水素が入っていない、早めに充電したいという時に100Vだとまあまあ時間がかかります。バッテリーを充電することそのものの理屈として、バッテリーを温めるとか充電できるための最低限の電流が必要なので、100Vでは充電に回せる量がどうしても少ないんです。100Vと200Vとでは、速さの差はだいぶあります。
馬弓:実はほとんどの家庭に200Vが分電盤まで来ていますからね。エアコン用のコンセントの多くは200Vですし。
生駒さん:日本も200Vをもっと活用したほうがいいんじゃないの、という感じはします。ヨーロッパは200Vが当たり前なので“常識の速さ”が違っていているのは彼らと会話すると感じますね。
今の市場原理だけでは、水素はなかなか加速しない
島崎:同じように、実用面でいうと水素に関しては、やはりインフラ次第ということでしょうね。
生駒さん:ニワトリタマゴですよね。今、イワタニさんとかエアリキードさんとか水素ステーション設置で頑張っても、乗るクルマがなければ乗らないでしょうし、せっかくの水素ステーションも使われなければ事業が成り立たない。しっかりと我々がお客様に認めていただく商品を出して、お客様に「ああ、使えるね」と感じていただき、水素を入れに行っていただき、渋滞が出来ちゃったね、設備を頑張って増やさないとね……というくらいにならないと、なかなか当たり前にはならない。もしくは政府がもっと補助金を出してステーションを増やしなさいと働きかけてくれるとか。何かそういうチカラが働かないと、今の市場原理だけでは、なかなか加速はしない。
馬弓:BEVでは電池の重さ、充電時間などの課題があると思いますが、FCEVのネガティブなところというと何かありますか?
生駒さん:たとえば今の理解ではリサイクルの難しさ。しかし最終的にはバッテリーEVの方が苦労するんじゃないかなとは思っています。もちろんリサイクルは視野に入れて、回収して部分的には白金を取り出したりということはやってきています。それ以外の構成部品は通常の自動車と工業製品としては変わらない訳ですから、リサイクルという言葉に通じる処理に大きなネガはないですね。
島崎:ホンダeが残念ながらなくなりましたが、ホンダとしての電動化に関しての今後の方針は?
生駒さん:大きな方針は社長の三部も言っており、先日“コンセプト・ゼロ”を発表しましたが、バッテリーEVを軸に必要なセグメント、地域に入れていくのをスタートするのが2026年、27年以降です。それまではホンダeはアイコニクな商品でお客様に新たな価値を提案し、いろいろなフィードバックもいただきましたが、そのまま育てることは一旦止めているというのが私の理解です。ただEVとFCVで電動化比率を高めていくというところで選択肢は必ずあるというのが経営も含めて統一しているとも理解しています。
水素インフラが整った地域では便利で選ばれてます
島崎:ガソリンやハイブリッドの新型CR-Vの日本導入は依然として未定のようですが、CR-V e:FCEVは日本市場ではどういう販売方法になるのですか?
生駒さん:リースというのかサブスクと呼ぶのかわかりませんが、そこを軸にということですが、最終決定はまだです。
島崎:先ほども水素のインフラのお話をしていただきましたが、FCEVはガソリンを満タンにする感覚で水素の充填が出来たりと、使い勝手のよさは実際に乗ってみるとわかりますからね。BEVではどうしても充電時間が必要で江戸っ子的な人には……。
馬弓:隣りにもう1台来ると充電量が半分になってしまったり。
島崎:FCEVのよさがもっと認知されて、人気の海鮮類の市場みたいに列が出来るようになれば……。
生駒さん:仰るとおりです。列が増えれば、1個しかないディスペンサーを足りないからもっと増やしましょう、と。そういうきっかけは需要がないことには始まらない、その需要を作るためには皆さんが使う商品を用意しなければならない。そういう意味では今回のCR-V e:FCEVは、皆さんに使いやすい商品にできているのではないかと思っています。
島崎:そうですか。楽しみです。
馬弓:だから他社にも提供しますよ、といった話も。
生駒さん:ビジネスも含めて今は発展途上。水素をちゃんと活かしましょう、ビジネスモデルになるようにして行きましょうと。
馬弓さん:メーカー相互で定期的に話をしたりされているのですか?
生駒さん:技術者のある程度の交流はありますし、水素にまつわるイベントがあれば、広報も仲よくしています。水素が重要なエネルギーキャリアであることは間違いないし、ただ世の中の認知度がまだまだ低い。どういう価値があるんだよということがあまり正確に伝わっていない。たとえばこのFCSをいろいろな会社様に使っていただくとか、採り入れてアプリケーションしていただくといったこともまだ発展途上。ちゃんと使えるFCSであることを我々はクルマで勝負し続けて、じゃあこのパワーユニットを使ってみようと、いろいろなところでなれば、インフラがついてくるはずです。
島崎:きっとそうですね。
生駒さん:使い物になるの?の疑問がまだ解けていないのだと思います。
馬弓:使い物になるよ!と断言されては?
生駒さん:それが、誤魔化した言葉になってしまうかもしれませんが、水素インフラが整った地域では便利で選ばれてますよ、となることが、我々の商品の1番謳いたいところなんです。
(写真:編集部)
※記事の内容は2024年2月時点の情報で制作しています。