その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第34回は電気自動車(EV)SUV「日産アリア」のデザインについてです。ノートにも影響を与えた新世代の日産デザインの源流であるアリアのスタイリングについて日産自動車株式会社 グローバルデザイン本部 第二プロダクトデザイン部 プログラムデザインダイレクターの田勢 信崇(たせ・のぶたか)さん、グローバルデザイン本部 デザイン・マネージャーの松田 昌弘(まつだ・まさひろ)さん、そして前回から引き続き日産自動車株式会社 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第四プロジェクト統括グループ 車両開発主管の中嶋 光(なかじま・ひかる)さんの3名に話を伺いました。
フィードバックのあるタッチスイッチ
島崎:デザインのお話をお聞かせください。いきなりインテリアの話になりますが、新時代、新世代ということですが、空調のところのスイッチは、ただのタッチスイッチではなくフィードバックがあるような仕掛けなのですね。
中嶋さん:はい、少し押し込むようにストローク感を持たせてあり、(センターコンソールのモード切り替えスイッチは)触れただけでは変わらないよう、意図的に押して操作するようにしてあります。
島崎:初採用になりますか?
中嶋さん:今までもタッチしてピッと鳴るタイプはありました。
島崎:あ、軽自動車のデイズのセンターパネルなどがそうですね。
中嶋:はい、でもフィードバックはありませんでした。
島崎:少し話が違いますが、昔、3代目プリメーラのセンターパネルのスイッチは、カッコよかったですが、手を空中に浮かせて操作しなければならず、パームレストが欲しいかなと思いました。
中嶋さん:慣れだと思います。アリアの場合でいうと、我々はスイッチの下に手を置いて安定させて、指先でスイッチを押すようにしているんです。そうすると揺れずに操作出来ます。たとえばの話ですが……。
島崎:あ、操作の“裏技”ということですね。でも木目の部分をそういう風にずっと使っていてテカってきたりしませんか?ポテトチップスを持っていた手でそのまま触るのは禁止!といったこととか。
中嶋さん:あはは、禁止はありませんし、もちろん耐久性は見ています。
足元照明は「行灯」で日本をイメージ
島崎:カタログには“工芸品のような木目調パネルに必要なときにだけ浮かび上がるハプティクススイッチは「粋」を表現”と書いてありますね。それとディスプレイの“カーブ”というのは、S字を描いている部分のお話ですか?
中嶋さん:いえ、プランビューで見ると、全体が1000Rくらいの曲面になっていて、その平面じゃないところに画面がある。
島崎:確かポルシェなどでありますね。
中嶋さん:そうそう、ディスプレイが上からみてカーブしているのは今まで国産車ではないですね。造形的なこだわりですね。
島崎:足元の四角い部分は何ですか?
中嶋さん:行灯、足元照明です。
松田さん:日本のテイストです。
島崎:センターアームレストがスライドするのは親切ですね。昔の輸入車で、運転ポジションが前のほうだと「後席用のアームレストか!?」と思えるようなクルマがありましたから。それと中嶋さんがいらっしゃるうちにお訊きしておくと、プラットフォームは今回新しいのですよね?
これまでの日産のテイストとはだいぶ違う
中嶋さん:MクラスのSUVなので、エクストレイルと同じです。今回アリアが頭出しのEV専用のプラットフォームです。
島崎:今後の展開はどうなるのでしょう?
中嶋さん:まあ、これから上下のD、Bセグメントのクルマにも使えるようになっていくのだと思います。
島崎:としますと、EVでもこれまでの内燃機関から置き換わるようにラインナップが展開されていく……ということですか? セダン、ミニバン、コンパクトとか。
中嶋さん:将来的にはフルラインナップになっていくと思いますけど。
島崎:そうですか。デザインもアリアのこの路線で展開されるとしたら楽しみですね。
中嶋さん:これまでの日産のテイストとはだいぶ違いますよね(笑)。
外国人から見た日本と日本人が見たときの日本を融合
島崎:かつて初代ティアナ、ティーダなどが出た頃のあのサッパリとしたムードが甦ってきた気がしていいですね。
中嶋さん:デザイン担当の田勢や外国人のチーフデザイナーがいるのですが、彼らが中心になってまとめてくれました。
島崎:先ほど内装の和のテイストのお話がありましたが、日本の味を盛り込むとしても、日本人が考える和と外国人から見たときの和はきっと違うじゃないですか。
中嶋さん:そうなんですよね。
島崎:そのあたりの調整はどうされて実際のデザインに落とし込んでいるのかなと、興味があります。
中嶋さん:基本的にデザイナーも日本人が多くて、外人と一緒にディスカッションして決めます。外国人が思っている日本って、たいがい僕らには完全にはそうじゃない場合が多いから、ちゃんと言わないといけない。ただ北米とかヨーロッパに持っていって、彼らの考える日本もあるので、そこは考える必要もある。外国人から見た日本と日本人が見たときの日本を融合させている感。難しいですがそういうことなんです。
田勢さん:非常にいいご質問なんですが、我々のデザイン本部長が外国人ですが、彼は日本のことを非常によく勉強しています。日本人が気付いていないような視点も持っている。そこから日本の美徳、美しさを敏感に捉えていて、外から見たほうが日本の良さは伝わってくるのかなぁという感触があります。
中嶋さん:日本人には普通になってしまって良さがわからないところがあるのかな。
田勢さん:外から見た日本の良さを採り入れたい。今回“タイムレス・ジャパニーズ・フューチャリズム”を大きく掲げています。我々は日本の会社なので、やはり日本のDNAをなんとか残せないか……そういう思いです。
島崎:それはアリアでいうと、エクステリア、インテリアのどちらにも共通ということですか?
田勢さん:はい。それが故にインテリアの行灯照明とか“組子”のパターンを採り入れるなどしました。
島崎:最近めっきり縁遠くて、新装なってからの帝国ホテルのロビーとか行ってないのですが、ああいった心落ち着く感じですね。
田勢さん:海外の方にも好評でして、日本のDNAはしっかり伝わっているんじゃないかなと思っています。
サンライズカッパーのエクステリア+ブルーグレーのインテリアがイチオシ
島崎:あの、インテリアでシート表皮のグレーというのがありますが、かなり白に近い明るいグレーなんですね。
松田さん:インテリアはアリアでは3種類のコーディネーションを用意させていただいて、ベーシックで落ち着いた黒と、ラウンジのような落ち着いた心地よい空間を目指してそのことを最大限に表現したライトグレーを設定しました。もうひとつはブルーグレーのモダンな空間を新しいカラーでチャレンジしたものです。この色はコマーシャルカラーにもなっている“暁-アカツキ-:サンライズカッパー”のエクステリアで日の出の美しさを表現していて、インテリアは夜明けの青をイメージしてデザインしたカラーになっています。
島崎:いいですね、優雅ですね。原稿書きで徹夜明けに見た、やけに目に眩しい空の色とか言っていてはいけませんよね(笑)。
松田さん:カラーデザイナーの思いとしては、このコンビネーションをー番おすすめしたいです。
島崎:色とかコンビネーションは、デザイナー以外の方の意見も取り入れるのですか?
松田さん:そうですね、かなり検討を重ねて、けっこう上の方まで持っていって、ああでもないこうでもない……と。結構な数の候補色の中から絞っていきました。
島崎:アリアはスタイルがステキなので、色も慎重に選びたいですね。自分でどういう見え方のクルマを楽しみたいか、とか。
田勢さん:エクステリアはさらにルーフが違う色の2トーンのコーディネーションもお選びいただけるようになっています。
ノートとアリアはかなり近い
島崎:ところでこのアリアと、ひとつ前に出たノートとは、デザイン言語としては共通ということですよね?
田勢さん:はい。要素としてもかなり近いです。
島崎:構造の話だと思いますが、ノートはドアガラス面と窓枠部分との段差が少し気になるのですが、アリアはそういうことはないのですね。
田勢さん:ノートはフルドアにテープを貼ってその上にガーニッシュを貼っているので、段差が大きいかもしれません。アリアは“インナーフルドア”と言いまして、ヨーロッパ車などで採用されているドア形式になり、形式の違いから段差が気にならないのだと思います。アリアの場合、ゴムもガーニッシュで隠すようにしてありまして、そういう風になるべく要素を排除して作ることにもこだわっています。
島崎:いいですねえ。
田勢さん:アリアは電気自動車でノイズは出ないので、風切り音や電費にも影響しますので、デザインと機能を考えてコントロールしたアウターパネルにはないっています。
カッパー色のボディカラーは銅線からインスピレーションを受けた
島崎:ところでデザイナーのお立場として、アリアは何歳ぐらいのどんなユーザーが乗るイメージとかお持ちなのですか?
田勢さん:そうですね、我々は“タイムレス”にこだわっていまして、タイムレスなものは色褪せない、普遍的な魅力があると思うのです。そういうところを訴求して作ってきたので、あまり性別とか年齢とかではなく、普遍的な美しさを捉えているのが大きいと思います。
松田さん:電気自動車の第1世代にリーフがいて、アリアは第2世代にアップデートされた象徴的なモデルです。これから電気自動車を普及させていく使命を持ったクルマです。なのでどんなライフスタイルの方でも素直に受け入れられることは非常に意識しました。決してトレンドを追って目新しさや新鮮味だけを追っていては、電気自動車を定着させる意味でいうとちょっと違う。先進性を持ちながらも普遍的な美しさとか価値を融合させて、幅広いお客様に受け入れていただくクルマを作りたいという思いはありました。とはいえカラーコーディネーションなど、できるだけ選択肢を用意させていただいて、お客様のいろいろなニーズに応えるようにした。2WDだけでなくe-4ORCEも、バッテリー容量のより大きなものもラインアップさせていただいています。
島崎:もうエンブレムがブルーだったりしないんですね。
田勢さん:はい。我々はその次ということで、実はカッパー色のボディカラーなんですが、これはモーターコイルの通電性の高い銅線からインスピレーションを受けた色なんです。
島崎:なるほど、それはなかなか奥が深い、ある意味でマニアックなエピソードですね。そのお話をお聞かせいただけてよかったです。どうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人、日産自動車)
※記事の内容は2022年6月時点の情報で制作しています。