その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第21回は“爽快CIVIC”というキャッチフレーズのもと、若い世代に向けて走りを磨いたというホンダの基幹車種・シビック。お話を伺ったのは本田技研工業株式会社 四輪事業本部ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両企画管理部 LPL チーフエンジニアの佐藤洋介さんです。
本質をしっかりと見極めておかないと「ジェネZ世代」にはバレてしまう
島崎:広報部のOさんから「カルモマガジンさんのインタビューは、いつも優しいフリして鋭く突っ込むからなぁ」と言われまして、どういう意味なのか分かりませんが、自分では業界一カジュアルで癒やし系のインタビューだと思っておりますので、よろしくお願いします。
佐藤さん:あはは、ホンダeの回とか見ました、読みました。よろしくお願いします。
島崎:今、試乗をさせていただいて、爽快なクルマだなと素直に思いました。
佐藤さん:ありがとうございました。
島崎:先代も乗り味、ハンドリングがすごくよかったと思いましたが、いきなりなのですが、後席に乗ったところ、かなりハードというかタイトな印象を受けたのですが……。車両のご説明にもあるとおり、若者向けで、ファミリーカーではないということでしょうか?
佐藤さん:お伝えしているとおりターゲットユーザーはジェネZ(=Generation Z)としていて1995年以降、2000年前半までに生まれた方たちなので、これから免許を取るような若い人も含まれています。つまり“導入期”と捉え、そういうユーザーに合わせながら、シビックも1年でフルモデルチェンジという訳ではなく、ライフサイクルの中で育てていきたいと考えています。
島崎:ほほう。
佐藤さん:なので、2、3年経つと、今のジェネZ世代の方々が本格的に入ってきます。で、ひとつ上の“ジェネY”でもいいんじゃないか、の声もあるのですが、ジェネZとは微妙に違う。ジェネYは表現もよりエモーショナルなものを好むし、よりアクティブな世代。それに対してジェネZは、内に秘めているものはちゃんとエモーショナルにしてほしい、ただし表現上で余分な線はいらない、親しみがなくちょっと強過ぎてもね……とか。極めるにしても瞬時に結論を出す。ということで、本質をしっかりと見極めておかないと彼らにバレてしまう。
島崎:なるほど。
佐藤さん:機能とデザインが一体となっていなければ本質を追求できていないんじゃないかと我々は考えていて、機能美をもって売っていきたい。今は導入期ですが、ライフサイクルの中で常に訴求していきたいなぁという思いでやってきました。
島崎:育てていくということですね。
佐藤さん:はい。先代は25〜30歳代にひとつ大きな山があり、45歳くらいにもうひとつの山がありました。じゃあ新型はどうかというと、9月3日に発売になったばかりでサンプルとしてはまだ少ないですが、傾向的に20歳代がやはり多め、先行層でもあるので。これにフォロアーが来ると、先代と同じようなところになりそうですが、新型シビックでも若い方に受け入れていただいて、本質を感じ取っていただいて、選んでいただいているのかなぁと思ってます。
操る喜び、走る喜びを体現できるクルマがホンダにあるのか
島崎:僕はもう、初代シビックが誕生した時にはとっくに生まれていた年代ですが、若いユーザーには新型シビックの本質はすぐに分かる、ということですね。
佐藤さん:もともと“爽快CIVIC”をコンセプトに、乗る人を爽快にしたいね、とやってきました。まず操る喜びだとか、走る喜びをしっかりやっておかなければならない。で、いまそういう喜びを体現できるクルマがホンダにどれぐらいあるのだろう?と考えたときに、シフトもカチッと決まり走らせて面白いN-ONEのRSなどがありますが、ただ、あのクルマには車高の高さや軽自動車枠という制約があるのも事実です。
島崎:N-ONEは普段からカジュアルに走らせられて、本屋やスーパーに行くにも楽しめて、面白いクルマだと思います。
佐藤さん:そこでワインディングで気持ちよくライントレースができて、ヨーやロールの動きが一連の流れの中で感じ取れるクルマをまず作らないといけないだろうと考えました。
島崎:そうですね。
佐藤さん:我々の鷹栖でもテスト走行を繰り返しまして、仰るとおり、リアの乗り心地は少し硬いのかなとも思います。けれど、少し和らげてみようかと何度かトライもしたのですが、今度はリアがヒョコヒョコしてくる。そこで走りとのバランスも考えて、今回の設定が一番いいのではないか、と。スポーツシビックという捉え方なら理解はしていただけるのではないかと思っています。
島崎:佐藤さんが仰るとおりで、前席で運転しているドライバーには、乗り味はスムースで非常に気持ちのいいクルマ、走りだと思います。
エントリーモデルというよりも、乗りやすいクルマ
佐藤さん:もちろんファミリー世代に買っていただいても、ヘッドクリアランス、パッケージ、スペースは喜んでいただけるはずです。ただ20歳代、40歳代にもまだまだ独身層は多いので、まずは根底にある走る楽しさを徹底的に鍛えていきたいという思いで進めてきました。
島崎:さぞ鷹栖のあのワインディングを走り込んだのだろうなぁ……ということは走らせると伝わってきます。実は昨夜も自宅で初代シビックのカタログを眺めていたせいか、シビックというと万人向けのベーシックカーのイメージが僕の中では強いのですが、今はもっとターゲットを絞っているということですね。
佐藤さん:もともと7代目まではベーシックカーで、8代目からはフィットが誕生したのでベーシックカーの役割は託して、そこからシビックの位置づけが変わりました。今度のシビックも北米では4ドアセダンがありますが、大きく捉えると、4ドアはハーシュネスを重視、対して5ドアはハンドリング重視と考えたダイレクションで分けています。
島崎:今や必ずしもエントリーモデルではないのですね。
佐藤さん:北米ではエンジン排気量と売価を下げたモデルもありますが、日本では、エントリーモデルというよりも、乗りやすいクルマに仕立てたつもりなんです。幅広いユーザーは意識していて、MTにしても決してカチカチのスポーツにはしなかった。ただ例えばシフト操作が柔らかすぎると、ボディ剛性の高さとか全体とのバランスが崩れてしまう。そこでシフト操作は節度感のあるものにしました。
島崎:NSX-RやインテグラタイプRほどゴリゴリではなく、僕は馴染めました。クラッチも昔のようにポコッ!とミートしたりしない。乗った瞬間に自分の手足につながっている感が味わえました。
佐藤さん:ありがとうございます。エントリーという訳ではないですが、幅広いユーザーに乗りやすいように設定していますし、物理的にも走る喜びを体験できるクルマは、今はシビックしかないのかなぁ、とも思っています。ポジションが低く、ペダルも踏み下ろすのではなく前に押す動き。やっぱり操る喜びを感じられるクルマを作りたいなあという思いでパッケージングも決め、エントリーユーザーでもスッと入れるクルマを作りたいと思っています。
走る楽しさのためのシート、取り回しのための視界
島崎:シートも座面前後長が50cmくらいあって、例のフィット以降の新構造のシートでしょうか、着座感がいいですね。
佐藤さん:スタビライジングシートといって、骨盤や腰椎を支える樹脂マットが中に入っています。面でしっかり支え荷重分散もできているので、運転姿勢がブレず、長時間乗っても疲れないようにしています。クッションの“土手”も10mmほど上げて、前後や横の動きも抑えるようにしています。これも走る楽しさを半減させないためのこだわりです。
島崎:僕はAピラーの着地点にこだわるのですが、新型シビックも従来より50mm手前に引かれていていいですね。
佐藤:2つの効果がありまして、ひとつは視野角が84度から87度に広げられました。ガラスエリアをできるだけスクエアにし、できるだけ角をしっかり見せるようにもしました。それとAピラーの延長線上がフロントホイールのセンターにあるようにし、キャビンがしっかりタイヤに乗っているグッドスタンスに見せられる、そういう価値もあります。
島崎:そこ、大事ですよね。Aピラーが寝かされているとスーパーの駐車場などで扱いにくいですから。某社の某車とか。
佐藤さん:キャビンフォワードですからね。シビックでは今回は“普遍価値”のひとつとして取り回しのしやすさとか、フェンダーとツラツラと繋がるガラス線でリアからフロントにスパッと線を通し、車両の見切り感覚が掴みやすいようにしたとか、ドアミラーも従来のコーナーガーニッシュの取り付けから今回はドアのスキンマウントにし、視界の連続性を確保するなど、エクステリアデザインとインテリアデザイン、パッケージの融合を図って決めています。車幅は1800mmありますけれど、車両感覚は掴みやすくしています。
ドイツのアウトバーンでも試したリアビュー
島崎:プラットフォームはどういう成り立ちですか?
佐藤さん:基本的には先代を活用してますが、全面に渡ってブラッシュアップしています。例えばリアのトレーリングアームでいえば、従来は軸線が力線に対してオフセットしてリアフレーム部に取り付けられていて、入力バランスで負荷の高いところが出ていたので、それはちょっと大掛かりだったのですが、フレームまで見直しました。
広報部:そろそろ時間になるので……。
島崎:(ICレコーダーの“27分”の表示を確認しながら)わかりました、あと3分ください。スタイリングですが、フロント側はかなりイメージチェンジしたのはわかるのですが、一方でリアクォーターからリアにかけてのイメージが先代と重なって見えるのですが……。
佐藤さん:リアまわりでいうと、今回は樹脂テールゲートを採用して鉄板とは違う成形の自由度の高さを活かしましたし、ルーフラインも早めにピークをもってきて、そこからなだらかに落としていく、よりクーペライクによりスリークに流したのが特徴です。先代はキックアップしたデザインで、どうしても後ろが浮き上がって、重心が上がったように見えた。リアビューについては、ドイツのアウトバーンでも検証してきましたが、より安心感、安定感のある見せ方にこだわったつもりです。
島崎:ありがとうございました。
爽快なホンダ車の世界観を再現。タイプR、ハイブリッド、そして“大人のシビック”にも期待
実車に接して、ノイズがかなり減ったスタイリング、水平基調のシンプルなインパネ、CVTで走っても実感できるキレ味のいいパワー感が印象的だった。タイプR、ハイブリッド等の追加も楽しみだ。総じて原点回帰というか、まさに爽快な頃のホンダ車の世界観が再現されているようにも感じた。あとは、日本市場未導入の4ドアセダンをベースに、しっとりとした乗り味にプライオリティをおいた“大人のシビック”も、佐藤さんにはぜひ検討していただきたいと思う。
(写真:島崎七生人)