女性を意識したダイハツの軽自動車ミラ トコット。先代のミラ ココアの丸みを帯びた可愛らしいデザインから一転して道具感あふれるデザインに切り替わった。気骨あるエンジニアの作った女性向けの軽自動車の実力を、岡崎五朗さんの試乗レポートを交えて紹介しよう。
スタビライザーは必要だ、という人が作ったトコット
ミラトコットの開発責任者を務めた中島雅之氏は、日本で指折りの気骨のあるエンジニアだ。かつてムーヴの開発責任者をされていたときのインタビューをいまでもはっきり覚えている。当時はリーマンショックの影響で各社コスト削減に奔走していた。軽自動車だけでなく、コンパクトカーすらスタビライザーを抜いていた時代だ。
スタビライザーとはコーナリング時のロールを抑制するパーツであり、なくても走るが、ないとカーブでの安定感が損なわれる。そんななか登場したムーヴには、軽自動車であるにもかかわらず全グレードにスタビライザーが付いていた。当時の常識からすればとんでもない贅沢である。「なぜスタビライザー付けたのですか?」。返ってきた答えが素晴らしかった。「私が必要だと判断したからです。」
クルマのことなどよくわかっていない営業部門や経理部門のコスト削減要求を跳ねのけ、クルマ作りのプロとして良心に従って判断した。その男気に感動した。そしてその中島氏が開発責任者を務めたのが、ダイハツの最新モデル、ミラトコットである。
可愛いクルマは時代遅れ?
ミラ トコットのターゲットユーザーは女性だ。従来、ダイハツには「女性向けは可愛くなきゃ」ということで開発されたミラ ココアがあった。が、社内外の女性に意見を聞いたところ、ああいうクルマはもう時代遅れですよ、という声が多くあがったのだという。そこでココアに代わって登場したのがトコットである。特徴はシンプルなデザイン。可愛らしさを排除し、道具感を前面に押し出した。
女性の声に耳を傾けたら、男性でも乗れそうな道具っぽいクルマが登場した。これはなかなか面白い話だ。ジェンダーフリーとか自立した女性とか、そんな価値観が支持を集めてきているなか、フリルの付いた可愛らしい服が敬遠されるのと同じようなことがクルマにも起こっているのである。
無印というよりはニトリ
僕はミラ トコットを見てニトリを思い出した。無印良品と絡めて書いている記事もあるが、正直、デザインの洗練度はまだ無印良品のほうがちょっと上かなと。フォルムは素直でいい感じなのだが、フロントがちょっと重かったり、テールゲート部の凹みのデザイン処理が雑だったりと惜しいところがある。それでも、男性から見ればココアよりずっと受け入れやすい。デザイン性は高いもののウサギマークが余計なスズキラパンと比べても同じことが言える。
トコットにスタビライザーは付いていないけれど
走りはどうか。トコットにはなんとスタビライザーが付いていない。「ムーヴと比べて重心が低いので付ける必要がなかったのです」。女性向けだから付けなかったなどと言わないのが中島氏らしい。実際、トコットの走りは必要にして十分だ。とくに、もっとも重点を置いたという運転のしやすさでは秀逸な仕上がりを見せる。運転の要である運転姿勢をきちんと保つべくあえて採用したセパレート型シートはいい仕事をしているし、視界や車両感覚の掴みやすさも良好。クルマ作りのプロがきっちりつくりこんだ結果生まれた扱いやすさは、運転に自信のない人に大きなメリットを与えるに違いない。
※記事の内容は2018年9月時点の情報で執筆しています。