その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第12回はコンパクトトールワゴン市場を開拓したスズキソリオ/ソリオ バンディットです。2020年12月に発売されたばかりの4代目モデルについて、これまでのソリオも担当してこられた四輪商品第一部アシスタントCEの名古屋 義直さんに話を伺いました。
価格は上げない、でも安全装備には差をつけない
島崎:今回はマイルドハイブリッドとガソリンの2タイプの設定ですね。
名古屋さん:基本的に先代と同じエンジン、トランスミッションを積んでいます。燃費とコストを天秤にかけたときに、販売価格が高くなるとお客様が選びづらくなってしまう。すぐ上には他社さんの3列シートがあったりしますから、価格を上げるとバッティングしてしまう。新しい装備もつけたいと思いはあるのですが、販売価格を上げてしまうのでそれは何とか避けたいんです。
島崎:価格は大事ですね。
名古屋さん:はい。今回は法規対応でカーテンエアバッグを上から下のグレードまで全部につけました。またステレオカメラも使っており、お金がかかりまして。その代わり新型では全グレードにカラー液晶メーターにしています。表示=安全という部分でグレード差は関係ありませんから、そうしました。
島崎:必要なものから優先順位をつけて取捨選択したということですね。
名古屋さん:あれもこれもとやると、どうしても販売価格が上がってしまうので。
後席は広く使いたい、でも荷物も積みたい
島崎:プラットフォームは先代と同じですか?
名古屋さん:そうです。ホイールベースもタイヤサイズもいっしょです。その代わり乗り心地やNVH(音・振動・ハーシュネス)の改善には力を入れました。
島崎:ということはパパイヤ鈴木さんがCMで、後ろにグイッ!と押す振り付けで訴求していますが、全長+80mm、荷室床面で+100mmと、純粋にリヤオーバーハングが伸びているということですか?
名古屋さん:はい。バックドアを開けたときに、先代も後席が前にスライドしてあれば荷室はそれなりに広かったのですが、ショールームでは後席の広さをお見せしたくて、どうしても一番後ろにスライドさせてある。その状態で荷室をご覧になると、どうしても「狭いね」という声になる。
島崎:あらら。
名古屋さん:そういう場合はシートを前にスライドさせれば広くなりますよ、とご説明していたのですが、やはり後席は広く使いたい、でも荷物も積みたい……そんなお声が多かったんです。今回はスライドをフロントモーストにしなくても、スライドの中間位置でスーツケース5個が積めるようにしました。
島崎:先代と新型で後席のスライド量は違うのですか?
名古屋さん:いいえ、変えていません。いっしょです。
島崎:ということは本当にパパイヤ鈴木さんがやっているように、荷室分の長さが伸ばされたということなんですね。
名古屋さん:そうです。
苦労して伸ばした荷室部分、後席にもゆとりが
島崎:単純そうですが、クルマの設計としてはたいへんなことでしょうね?
名古屋さん:ええ、今回プラットフォームは何とか先代と共通にしながら、それでも伸ばしたいという中で、上モノと、あとどれだけ少ない部品を新しくすれば伸ばせるか? そこは苦労したところでした。
島崎:荷室の延長寸法の“100mm”は、どこから出てきた数字なんですか?
名古屋さん:ベースのプラットフォームを物理的にどれくらい伸ばせるか?とまず検証して、設計からフィードバックをもらい、それをデザインに活かした結果です。もちろん競合他車に負けないようにとの思いはありました。
島崎:3列もいけそうかな?と感じますが。
名古屋さん:3列にするには、もうちょっと欲しいです。元々ソリオは軽自動車では小さいけれど小型車では駐車場に入らないというお客様がいらっしゃるところからスタートしています。でも営業ともやりとりをして、荷室を改善するために後ろを伸ばすことへのお客様の反応は問題ない、幅もミラー・トゥ・ミラーが変わらなければいいと確認しました。
島崎:そうですか。そういえば現状でも実車の後席に座って振り返ってみると、後頭部周りの圧迫感が圧倒的に少ないというか、ゆとりが増したことが感覚的にもわかりますよね。外観で見ると、不思議と“伸びた感”は薄い気もしますが。
名古屋さん:先代を横に並べて真横から見れば、ああ伸びてるんだなと明らかにわかりますが、単独だと、パッケージングが同じものですから、わからないかもしれません。
島崎:後席は前席より着座位置が高めですが、そのあたりは変わっていないですか?
名古屋さん:はい。ポジションは前後席とも変えていません。そのあたりはレイアウト的に改善してほしいといった声はなかったので、受け入れられているものと判断しました。ただしリヤクオータートリムの肩のアタリを削って、身体を寄せれば寄りかかれるようにしたところは先代との大きな違いです。開発段階でまっさらなホワイトボディにシートをつけた状態で座ることがあったときに、板金のパネルだけだとすごく余裕があった。で、設計に確認したところ、トリムの出っ張りは「デザインです」というので、叩いてもらいました。
島崎:CMでもパパイヤ鈴木さんが、あのふくよかな体格でも5人乗りの右後席に乗れるんだぁ…と見ていました。
名古屋さん:3人掛けでも今までよりゆったり座れるようになったと思います。
軽自動車と並んでもパッと見て小型車らしいバンディットの「顔」
島崎:話が前後しますが、ステアリング周りのレイアウトは変わらないですか?
名古屋さん:はい。フロントガラスやコーナーのガラスも、デザインが違うのでモノは違いますが、角度などは先代とほぼ同じです。フードは上げていますが、これは歩行者保護の要件と顔に厚みを持たせたことでデザイン的に存在感を高めています。
島崎:ドライバーにとって車両感覚もつかみやすくなりましたね。
名古屋さん:コーナーを見やすくしています。
島崎:いずれにしても、バンディットの立派なグリル、今までのこのタイプのクルマではあるようでなかったデザインでいいですね。決してオラオラ系ではなくて、上級サルーンのようです。
名古屋さん:立体的なデザインにうまくできたと思っています。軽自動車と並んでもパッと見て小型車らしくしました。
島崎:従来型も、3列シートは要らないけれど広くて実用的なクルマが欲しいよね、と考えるユーザーにぴったりのクルマでしたよね。
名古屋さん:ええ。ダウンサイジングされる方も多いので、やっぱり小さいクルマは不便だよねと思われないようにしています。
手厚く気を配ったNVH対策
島崎:NVHに手厚く気を配っているのも、そういう意味からですか?
名古屋さん:はい。実は先代ではロードノイズが気になっていまして、設計者にも改善したいと伝えました。そのために各ピラーの根元にバッフル(発泡材を使った遮音材)を入れて音を遮断したり、リヤのホイールハウスのライニングを大きくして、水跳ね音もやわらげました。トーションビーム(=リヤサスペンション)の中のスタビライザーバーにゴムをはめ込んで、振動が車体に伝播しないようにもしました。
島崎:ほほう。僕のクルマ(フィアット500)も同形式のリヤサスなので、試してみたくなりました。ほかに新型のここは売りだというところはありますか?
名古屋さん:安全装備のひとつですが、ヘッドアップディスプレイを入れました。コンバイナー(プラスチックの反射板)に投影するタイプで、視線移動が少ないので安全運転に寄与します。筐体が小さいので今後ほかの車種への横展開も可能です。使い慣れたお客様はもちろん、初めて使われるお客様から「これ、いいよね」と言っていただける装備のひとつです。タコメーターや標識認識、交差点案内表示も確認できたりと、他社さんの同クラスでここまでやっているのはないかと思います。
国内で一番売れているスズキの小型車だからこそ
島崎:あちこち話が飛びますが、リヤシートのゆったりした着座感、いいですね。
名古屋さん:ありがとうございます。私は先代も見ていましたが、そこは前からこだわっているところで、シート自体はキャリーオーバーなのですが、座面を長くして疲れないようにしています。フロントシートのシフターのレバーなどは先代の途中から改良したものになっています。
島崎:その運転席のリフターと背もたれの角度調節のレバーですが、もう少しブラインド操作でもわかりやすいように形状が違っていると、なおいいなと感じました。
名古屋さん:確かにレンタカーやシェアリングで初見で乗られる方もおられると思いますので、そこはご意見として検討してみたいと思います。
島崎:ほかに伺いそびれていることはありますか?
名古屋さん:今回は乗り心地の改善のために、リヤを5mmくらい上げてストロークをとるようにしたほか、チューニングも見直して、ショックアブソーバーを動きやすく、追従しやすくしました。底付きや突き上げ感も緩和させており、バンプストッパーはフロントはゴムからウレタンに変え、リヤもウレタンの特性を見直しました。世界市場ではスイフトですが、国内ではソリオ/ソリオ バンディットは一番販売させていただいている小型車です。なのでサイズにもこだわり、お客様の生活をいろいろ調べて、全幅は抑えてオシリを長くしました。乗り味は良くしながら車両感覚は違和感なく乗っていただけるクルマに仕上げています。
島崎:これから街で見かけるようになるのが楽しみですね。ありがとうございました。
(写真:島崎七生人、スズキ)
※記事の内容は2021年2月時点の情報で制作しています。