圧倒的な人気を誇る軽自動車のスーパーハイトワゴン市場に投入された三菱eKクロススペース。デリカD:5譲りの個性的なフロントマスクを持つこのクロスモデルは、広さと使い勝手の良さに新たな可能性を加えたクルマのようです。島崎七生人さんの試乗レポートをお届けしましょう。
プレミアムSUVよりも軽のほうが広くて快適!?
誤解を恐れずに言ってしまえば、今、日本からなくなって困るのはスポーツカーでも輸入車でもなく、軽自動車だ。僕は東京の郊外で暮らしているが、日常の生活圏で本当にたくさんの軽自動車が愛用されているのは肌で感じているところ。特にスーパーハイト系ワゴンと呼ばれる、背が高く室内が広いタイプの軽自動車は、平日のスーパーマーケットの駐車場にいると、まるで早回しのビデオを見ているように引っ切りなしに出入りがあり、白や黒の各社新旧織り交ぜた車種が、駐車スペースにズラリと並ぶ。
平日という条件でいえば、ご家庭のママさんが買い物をサクッと済ませるための足として乗っていて、あるいはご自宅には別の登録車があり、一家で2台持ち、3台持ちといったケースも少なくない。試しに身近な実在の軽ユーザーに聞いてみると「家で旦那が乗っているプレミアムブランドのSUV(あえて名は秘す)は乗り心地はよくないし、狭いし、加速するとエンジンが煩いし、こちらの軽のほうが広くて快適でいい」のだそうだ。もちろん聞く限り用途の99%は買い物や小学校5年生のお嬢様の習い事の送迎、犬のシャンプー、たまにTSUTAYAといったところで、家族で出掛ける時にはSUVのほうを使う。つまり“普段使い”に軽は必要不可欠という訳だ。
威嚇ではなく自己完結した個性
話は三菱eKクロススペースに飛ぶ。このクルマも“スペース”の車名でもわかるように、室内の広さと使い勝手を最大限に追求した、今どきのスーパーハイト系ワゴンだ。ご存じのとおり同時にデビューした日産ルークスと同時開発されたクルマでもある。
まず目が行くのはこのクルマのマスク。現在の三菱のアイデンティティになっている“ダイナミックシールド”と呼ばれるデザインが、何と同社の上級ミニバン、デリカD:5の趣そのままに軽のeKクロススペースに与えられたのだった。しかし実車の印象は意外なことに違和感も拒絶反応もなかったばかりか、「力強く個性的でいいんじゃない」と思える。思うに、絶大な人気を誇る某最上級クラスのミニバン(あえて名を秘す)のような、いかにも周囲を威嚇するようなテイストではなく、あくまで自己完結した個性を身に付けただけ……といったスタンスだからか?
そればかりか、前述のとおりデリカD:5のミニチュア版にも思える微笑ましさで好感を持って迎えられるほど……とも思う。50ccがもうなくなってしまったがホンダ・モンキー的なチャーミングさがある……といったらご賛同いただけるだろうか?
感心するリアスペースの広さ、使い勝手の良さ、そして上質さ
もちろん乗員である人は軽であってもスケールダウンする訳ではなく、フルスケールが求められる。よって(各車の腕の見せ所でもある)室内スペース、機能がいかに充実しているかが、スーパーハイト系ワゴンの価値を大きく左右する。実際、今回eKクロススペースに試乗しながら、果たして使い勝手がどうか?いろいろ試してみたが、機能性の高さのひとつひとつには感心させられるばかりだった。
特に理屈抜きでいいのはリアスペースの広さだ。後席は約320mmのスライドが可能だが、最後端にした場合、足元の広さは大人がうずくまれるほど(日産ルークスのカタログには770mmまたは795mmと数値の記載がある)で、最新の同クラス車らしく広々としたもの。
ただしeKクロススペースではスライドドア部の大開口(開口幅約650mm)やステップ高の低さ(2WD車で約370mm)にも配慮が行き届いている点が見逃せない。なので人の乗り降りはもちろん、後席を前方にスライドさせてお子様やペットをシートの上に乗せる……といったシーンも“上体”を曲げたりすることなく可能。試乗中、実際に体重11.05kgの愛犬(柴犬・♂・6歳)を乗せてみたが、無理のない姿勢でこなせた。
「助手席側ハンズフリーオートスライドドア」は、Bピラー下あたりを目標に足をかざすとドアが開いてくれる機能で、買い物袋で両手がふさがっている時など便利で、3kg×2袋のドッグフードを両手に持ちながらクルマに載せる際にありがたみが実感できた。
機能面では従来から設定のあった「リアサーキュレーター(プラズマクラスター付き)」が有効。天井にダクトが備わり、後席で効果を確認してみたが、しっかりと室内の空気を回して(循環させて)くれるし、座面近くでも好感が実感できるから、ペットを乗せる場合にも安心だ。
ほかに機能面では、助手席下の2段になったシートアンダートレイ、ラゲッジアンダーボックスを始め収納スペースが充実していることもいい点。また運転席に座り、ステアリングを始め、助手席側のインパネ表面のソフト素材など、手の触れる範囲の仕上げが上質なのも、今の軽自動車のレベルの高さが実感できる。
走りも基本的には大きな不満はないが……
「マイパイロット」と呼ぶ、日産の「プロパイロット」相当の安全運転支援機能や、クルマの周囲の状況がモニター越しにも確認できる「マルチアラウンドモニター(移動物検知機能付き)」の設定も心強い。
走りは、試乗車(ターボ・2WD)では動力性能面での不満は感じなかった。最新モデルらしく、乗り味も安定感の高さにも基本的に大きな不満はなく、高速走行も当然ながらしっかりとこなす。あとは軽自動車の規格やコスト上の制約の限界をどこまで追い込んでいけるか、か。例えば乗り心地などもかなりこだわった設計であるはずだが、タイヤの選択、ダンパー類のよりこだわったセッティングなどで「これが軽なの?」と思わせられるような乗り味がさらに実現されるのは大歓迎……と思える。
かつてのソニーのような小型化=高性能化、スーパーハイトワゴンの可能性は続く
とはいえ、かつてSONYのスローガンにあった“小型化=高性能化”は、まさに軽自動車にも当てはまることだと改めて連想した(そこで私物のかつてのSONY製品とカタログを写真に撮った次第)。eKクロススペースが具現化しているように、スーパーハイト系ワゴンは、ボディはコンパクトでもその世界観、可能性はまだまだ無限大にありそうだ。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2020年10月時点の情報で制作しています。