MaaS(Mobility as a Service)をはじめとするモビリティ革命について、さまざまな観点から検討していく「MaaSミライ研究所」。前編に引き続き、株式会社ヴァル研究所 菊池代表に「MaaSの最適な経路検索について」をテーマにお話を伺いました。
求められるのは予定どおりの正確性よりもリアルタイムの情報
高橋:前編に引き続き、世界と日本の違いについて伺っていければと思うのですが、ナビアプリの観点からみると、経路検索アプリというのは海外ではうまくいっていないのでしょうか。
菊池:日本のように鉄道やバスといった公共交通サービスに依存している国って、あんまりないと思うんですよ。例えばアメリカだと車がベースですから、メインとなる経路検索が車なんです。余談ですが、Uberが広まっている背景というのもそこにあると思いますね。もしかしたら、公共交通サービスをメインとした経路検索も一部あるのかもしれないのですが、私自身、聞いたことはないです。
高橋:そう考えると、日本は鉄道を含めた公共交通サービスが世界でもっとも発展している国だと言えますよね。
菊池:しかも、あそこまで複雑なのに時間は正確だというのが凄い。そこに、優先順位の違いがあるかなって思います。
高橋:正確性といえば、海外だと渋滞や事故、日々起きている情報を元にデータをリアルタイムで更新していくリアルタイムナビゲーションのニーズのほうが高いかなと思うのですが。
菊池:そうですね。そもそも静的な時刻表がない国もありますから、スマホで電車がどこまで来ているのかを確認するのが、スタンダードになってくると思います。
この前もシンガポールに行ったのですが、リアルタイム情報のほうが先行して開発が進んでいました。電車がいつ来るのかわからない、遅延が多いという問題をシンガポールは抱えているので、それを解決するためにリアルタイムの開発が先行して進んでいるという、遅れがありきの考え方ではありますけれど。
高橋:まさにリープフロッグ現象ですね。リアルタイムな状況が予測できるのであれば、時刻表自体がいらないわけですし。今後IoTデバイスが世界各地で広まっていくと、よりリアルタイム情報の価値が高まっていくような気がします。
菊池:おっしゃるとおりで、渋滞情報の精度も高まりますから予測技術の精度も上がっていくと思います。また、日本でもリアルタイムナビゲーションのニーズはとても高くて。実は以前、広島県の呉市で、西日本豪雨災害時の公共交通情報提供プロジェクトに参画して実証実験をさせていただいたことがあります(※)。災害時、バスはほぼ遅延してしまうのですが、それこそ2時間、3時間は当たり前で、それがわかっていてもバス停で待つ人がいる。そこで、バスの遅延情報やどのバスが現在どの方向に向かっているのかを、公民館や病院など、人の集まるところでご案内するようにしたんです。これは現地の方に本当に喜んでいただけました。
高橋:現地の人たちからすれば、時刻表どおりに来ることを望んでいるのではなくて、1時間後なのか2時間後なのか4時間後なのか、どれくらいで来るのかを第一に知りたいわけですから、まずそこをケアされたのですね。他にはどういった災害時のサービス、ソリューションが考えられるのでしょうか。
菊池:自治体との連携が前提ではありますが、一家に一台タブレットを置くことができれば「移動できないので迎えに来てほしい」といった発信を誰もができますし、リアルタイム情報のキャッチもできると思います。
また、おもしろいと思っているのが「MaaS×保険」といったサービス。例えば災害時に電車が運転見合わせをした際、駅前のロータリーではタクシー待ちの人の大行列が毎回おきるわけです。そういったときに並ばなくていい保険があったら凄くおもしろいだろうなぁって思います。
※ 2019年06月14日/西日本豪雨災害時の公共交通情報提供プロジェクトが日本モビリティ・マネジメント会議のプロジェクト賞を受賞
定期券+食事定額の組み合わせは日本らしいMaaSの形
高橋:現在、小田急電鉄さんといっしょにMaaSアプリの実証実験をされているそうですが、そちらについて教えていただけますか。
菊池:「EMot」というMaaSアプリの開発支援と、小田急電鉄さんが開発しているオープンなデータ基盤「MaaS Japan」で、当社の経路検索を利用していただいています。
この「MaaS Japan」は、MaaSアプリへの提供を前提とした日本初のオープンな共通データ基盤です。小田急電鉄さんが開発するMaaSアプリだけでなく、他の交通事業者や自治体などが開発するMaaSアプリにも活用できます。
鉄道やバス、タクシーなどの交通データや各種フリーパス、商業施設での割引優待をはじめとした電子チケットの検索・予約・決済などの機能を提供する共通のプラットフォームのような形です。
また、EMotは経路検索に加えてデジタルフリーパスや、飲食のサブスクリプションを結び付けています。(新宿駅、新百合ヶ丘駅構内の「おだむすび」「箱根そば」「HOKUO」のいずれかの店舗で1日1回利用できる定額制チケットを販売。種類は、10日チケット/3,500円と30日チケット/7,800円の2種類)
出典:EMot
菊池:定期券って、基本的には毎日使うものじゃないですか。それと飲食のサブスクリプションは相性が良いと思いました。特に朝ごはんは毎日同じようなものを食べる人って多いと思うので、定期券+食事定額のマッチングは広まっていくような気もしています。
また、人によってはコーヒーを駅で毎日買っているとか、電車通勤していると何かしら買っているものがありますよね。そこにモビリティサービスを組み合わせていくと凄くおもしろい広がりが生まれてくると思います。
高橋:カーリースもサブスクリプション、定額利用ですが、ガソリン代の値引きがサービスに含まれていると付加価値として高いものになっている現状もあります。ですから、例えば、おにぎりが1日1個ついてくる、ドリンクがついてくるとか、駅に行けば必ず買うものとの相性が凄く良いだろうなって思いますね。
高橋:最後に、世界的にライドシェアが25%になるといわれている2030年、未来のジャパンスタンダードな移動のカタチはどうなっていると思いますか。
菊池:個人的には、一次交通(域外から拠点地域への移動)と二次交通(空港や駅といった拠点からの移動)の切り分けが進んでいくのかなと思っています。サービスにおいてのMaaSの使われ方は変わっていくと思いますが、鉄道やバスといった一次交通は変わらずに機能していくと思います。
あとはタクシー会社さんを含めた二次交通がもう少し整理されていくと思います。期待も込めてですが、事前確定運賃も始まりましたから、タクシー会社さんも大きく変わってくると思います。
正直言えば、ライドシェアも日本に浸透してほしいと思いますけどね。先日もシンガポールでGrabを使ったんです。海外でUberやGrabを利用する度に毎回感動しますし、凄くおもしろいなって思いますから。
高橋:ありがとうございます。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
対談を終えて
2019年7月に代表就任されたばかりの菊池さんに、MaaSアプリ開発に関係するお話を聞けたのはタイミングとしても非常に貴重な経験となりました。これまで多くの事業会社さんといっしょにモビリティサービスを作られてきた菊池さんが代表になられたことで、個人的にも凄く楽しみにしています。これから大きく変化していく日本のMaaSアプリ開発を支える菊池さんといっしょにやれることを僕も提案していければと思っています。
※この記事は2020年5月の「高橋飛翔のMaaSミライ研究所」の内容を転載しています。