その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島﨑七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第95回は2025年11月のジャパンモビリティショー(JMS)2025に登場した「MAZDA VISION X-COUPE(マツダ ビジョン クロスクーペ)」と「MAZDA VISION X-COMPACT(マツダ ビジョン クロスコンパクト)」です。新しい時代のマツダデザインを予感させる2台のビジョンモデルについて、マツダ株式会社 デザイン本部 本部長の木元 英二(きもと・えいじ)さんに話を伺いました。
競合もデザインがすごくよくなっている

JMS2025で鮮烈なデビューを飾ったビジョンX(クロス)クーペ
島﨑:木元さんはいつから今のお立場になられたのですか?
木元さん:今年の5月からです。
島﨑:前任の中山さんからバトンを受けてということですね。
木元さん:そうです。実は4月まで中国にいて、帰ってきてから現職です。中国では電気自動車のEZ-6をずっとやっていました。
島﨑:あ、あのステキなセダンですね。一緒に持って帰ってきてくださってもよかったですけど……。

2024年の北京モーターショで発表されたEZ-6(写真:マツダ)
木元さん:あはは。中国はデザインの先進的な国でカッコいいクルマがいっぱい走っているんですけど、その中でマツダデザインとして何ができるだろう?と考えながら作ったクルマだったんですよね。
島﨑:人は勝手なもので、前のクルマがステキでいいなあと思っていても、新しいものを見ると、これももっといいじゃん!と思うもので。
木元さん:ありがとうございます。もうここでスグにお見せしたいくらいです。今、中国はヨーロッパの人間が来てやっている。だから結構、ちゃんとしているんです。昔、中国のクルマというとコピーばかりでしたが、きっと作りながら学んだんでしょうね。どんどんヨーロッパからデザイナーを呼んできてやっている。だからカッコいいクルマが多いです。
島﨑:そして木元さんのご登場とともに、マツダのデザインも変わるんですね。
木元さん:まさにそこは、今回のビジョンモデル2台のポイントだと思っているのですが、競合もデザインがすごくよくなっている中で我々もデザインの独自性をしっかりと出して行きたい。次の世代のデザインをどうしよう?ということで、今回作ったのが、“ビジョンX(クロス)クーペ”と“ビジョンX(クロス)コンパクト”なんです。
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“ネオ・オーセンティック”は最小限のシンプルな表現で
JMSプレスデーでの発表風景(写真:編集部)
島﨑:僕らは記事にするときもどうしても“定義”しておきたくなるのですが、そういうことでいうと“魂動デザイン”の進化形ということになるのでしょうか?
木元さん:今回の2台のコンセプトカーは新しい魂動デザインということで“ネオ・オーセンティック”をテーマに作っています。これまで生命感とか、動物が動き出す直前の動きを感じるフォルムというのを作ってきましたが、ひとつ前の世代では光の動きと、同時に引き算の美学というのもやっていました。無駄なものをどんどん廃して、Less you moreじゃないですけど、最小限の要素で動きや生命観の表現にチャレンジしていた。新しいフェーズに入ったことで、今回は光の動きすら止めてしまって、最小限のシンプルな表現でフォルム全体で生命感のある動きを表現したり。シグネチャーウイングも1度排除して、ない中でマツダの顔をしっかり表現しようというチャレンジです。
島﨑:思いは繋がっていながら、表現はまったく違うということですね。
木元さん:はい。グリルも黒い桟があってそこから風を入れるのですが、それも止めてしまう。
島﨑:といっても空気孔としての機能は持たせているんですよね?

グリルレスのフロントマスクも印象的なビジョンXクーペ(写真:編集部)
木元さん:はい。下半分から風を入れて冷やそうかと。それでグリルの部分は電気自動車とか関係なく、もうシンプルにこういう顔にしたい……そんな我々の次のターゲットになっているんです。
島﨑:ICEでもグリルレスに見えるこの顔はいける?
木元さん:そこはチャレンジしようと。その方向性を示したのが今回のビジョンXクーペなんですよね。
島﨑:なるほど。シグネチャーウイングをここまで排除したのも引き算のひとつということですね。
木元さん:そうです。でもちゃんとマツダとわかる顔は出来たかなあと思っています。

上がこれまでのもの、下が新しいブランドシンボル(マツダホームページより転載)
島﨑:エンブレムは?
木元さん:もう“新型”に変わっています。
島﨑:この写真も?(と手元の資料を見ながら)
木元さん:変わってます。中国のEZ-6から新しいマークで……。
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引き算を極めよう

島﨑:これは失礼しました。小さい文字や写真が見づらい年頃になったもので。それにしても確かCX-30でボディサイドのあの光の移ろいが始まって、登場時にデザインを担当された柳澤さんから直に「ボディサイドのS字の映り込みをぜひ撮ってください!」とメッセージがあって、必死にアングルを探して撮影した覚えがあるのですが、これからの世代はまた違う表現になっていくということなんですね。

木元さん:あれもいっぺん排除して、最小限の表現で動きを表現することにトライしているんです。その前の靭(SHINARI)とかはまだキャラクターラインがあったのですが、次のRXビジョン、ビジョンクーペからはリフレクションを使って光の動きを表現した。今回はそれもいったん止(や)めて、骨格自体、カタマリ自体を動かす表現にしています。

正統派古典と未来が同居したビジョンXクーペのインパネ(写真:マツダ)
島﨑:“いったん止める”ことにした最大の理由は何だったんですか?
木元さん:引き算を極めよう、と。とにかく最小限の表現でクルマとしての魅力を失わないようにしながら動きを作る。骨格、カタマリ自体が動いているようなトライをやったのが、今回の2台なんです。
島﨑:ビジョンXコンパクトは、木元さんが最初から見ていらしたんですか?
木元さん:みんながやっているのをリードする立場で見ていました。

島﨑:当初はデミオ名義だった現行のマツダ2はノーズが低くエンジンフードがスラントしていて、相対的にフロントスクリーンが寝て見えて、そのままキャビンに繋がっていましたが、ビジョンXコンパクトはシルエットが正反対ですよね。Aピラーが立っていて、後ろでなだらかにルーフラインが降りていっている……この見方で間違っていないですか?

写真:マツダ
木元さん:外れてないです。マツダ2の時はボディサイドのキャラクターラインが後ろ下がりになっていてそこで動きを表現し、リアフェンダーがその上に来ていた。ビジョンXコンパクトではキャラクターラインはなくて、後ろのほうからキャビンに向かって動きをつけている。
島﨑:ああ、なるほど。かなり力強い動きですよね。
木元さん:そうですね。そこだけで全体の動きを決めてしまおうと。キャビンとボディが別になっているクルマが多いのですが、ビジョンXコンパクトは全体をひとつのカタマリと捉えていて、動きを作るということをやっています。
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クルマの持っている本質的な魅力

島﨑:リアクォーターまわりのボリューム感は今のマツダ3のファストバックにも通じますが、ビジョンXコンパクトは、現行のマツダ2のボディサイズを想定したものなのですか?
木元さん:あくまでデザインスタディなので、そこはとくに意識していなくて、ネオ・オーセンティックのテーマでコンパクトカーを作ったどうなんだろう?と。コンパクトカーのオーセンティックな魅力といえば、やはり親しみがあって、何かアジャイル(=機敏な)な感じとか、そういったことをクルマの魅力として残しながらも新しい感覚でそれを再構築するということにトライしています。
島﨑:オーセンティックという部分で、たとえば過去のクルマのエッセンスを意識したりということは?
木元さん:うーん、とくにそれはなかったですねえ。昔からマツダはスタイリッシュなクルマが多かったので、そこは脈々と続いていることなので。

島﨑:ビジョンXコンパクトのキャビン後半のシルエット、Cピラーの佇まいなど、過去のマツダ車のどれかに通じて感じられるなぁ……などとも思ったものですから。
木元さん:それがもし感じられたとしたら嬉しいですね。オーセンティックってやはりクルマが昔からもっている美しさとか魅力だと思います。それを我々は消したくない。クルマってよかったよねぇという魅力を醸し出しながら、新しい時代の解釈でもう1度作り直すということをやっていきたいなぁという思いはあります。

内装にもオーセンティックを感じさせるビジョンXコンパクト(写真:マツダ)
島﨑:人生を長くやっていると、だんだん新しいものに拒絶反応ではないですけれど、即座に馴染めなくなってくる気がします。そうした時にオーセンティックな味わいがあると、それにホッとする、反応しやすくなる。
木元さん:でも若い人でも結構、クルマってこういうほうがいいよね、という人も多い。昨今、電気自動車なんて何でもできちゃうじゃないですか。だけど我々はやっぱりクルマの持っている本質的な魅力を大事にしたい。
島﨑:そこは大事ですよね。ちなみにこのビジョンXコンパクトは、いつ現実のものになっていくのでしょう?
マツダ2と繋がっている……かも

写真:マツダ
木元さん:先ほども言いましたとおりまだデザインスタディなので、そこはあまり考えてなく、今後出てくるマツダのクルマに新しいデザイン言語を入れていこうと。
島﨑:現行マツダ2ももう長いですね。
木元さん:長いですねぇ。2回フェイスリフトしていて、僕もやらせてもらったんですけど、未だに魅力的なクルマだなぁと我々は思っているんですけど。
島﨑:そういえば、2023年1月でしたか、フロントグリルの大部分を塞いだ仕様が出ましたねえ。バスタブのフタを被せたみたいな……いや、結構、若々しくて画期的だった……。

2023年のマイナーチェンジでグリル形状が大胆に変わったマツダ2(写真:マツダ)
木元さん:あははは。あの頃からグリルレスにしたシンプルなものにして……今回のビジョンXコンパクトに繋がっている……かも……しれません。
島﨑:新しいデザインテーマの“先出し”だったのですね。それと現行のマツダ2はベスト・イン・クラスな内装の質感の高さも印象的です。
木元さん:デザインがシンプルになってくると品質が浮き彫りになってきます。そこもしっかりと同時に高めていきながら作っていきたいと思います。
島﨑:楽しみにしています。先ほどバスタブのフタなどと無礼を申し上げ大変失礼いたしました。これに懲りず、またお話の続きを伺わせていただける機会を楽しみにしています。どうもありがとうございました。
(特記以外の写真:島﨑七生人)
※記事の内容は2025年12月時点の情報で制作しています。
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