その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島﨑七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第91回は日本でも2026年1月16日に発売となるスズキ初のBEV(バッテリーEV)の「eビターラ」(399万3000円〜492万8000円)*です。EV専用シャシーに先進的なSUVデザインをまとったeビターラの開発背景について、スズキ株式会社 BEVソリューション本部 BEV商品企画部 B・C企画課 主幹の松本 圭(まつもと・けい)さんと四輪電気電子技術本部 四輪電子システム開発部 コネクテッド・マルチメディア開発課 係長の渡邊 彰伸(わたなべ・あきのぶ)さんに話を伺いました。
*令和6年度補正予算「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金」の対象で、補助交付金額は全機種87万円
必要十分なパワーでワクワク
島﨑:eビターラの特徴というと、どこになりますか?
松本さん:特徴にもいろいろありますので、まず走りの特徴からお話しますと、EVならではの加速感、ですが他車にあるような超強力な出力は狙っておらず、必要十分なパワーでワクワクしてもらえるような楽しさを狙いました。
島﨑:ほほう。
松本さん:二駆と四駆でいうと四駆で踏んだほうが加速感を大きく感じると思いますが、これも四駆最強を目指しておらず、必要十分+ワクワクを狙っています。あとはハンドリングについては、意図したとおりに違和感なく曲がる。そういった基本に忠実なところを狙っています。
島﨑:確かに乗り較べると、四駆のほうが出力もトルクもあって、より運転しやすいです。さらに軽快さがある二駆動に対して、四駆はいろいろな場面で安定感があってしっとりした乗り味でもあり、スラロームを試してみても、クルマがしっとりとした挙動でついてきてくれる。
松本さん:ありがとうございます。
島﨑:パワーの差というよりも、余裕のあるしっとりとした味わいの違いというか。もし人にどちらがいいか聞かれたら、快適性を求める人には四駆をお勧めしたいですね。
松本さん:仰るとおりで四駆を推していきたい、四駆の存在自体をアピールしたいポイントと考えています。このくらいのB、CセグメントのSUV調で、今の日本国内で四駆の設定をしているところはないんですね。4275mmの全長においては、セグメント的にはBとCの境界ぐらいにいますが……。
島﨑:この全長は狙ってのことだったのですか?
松本さん:この全長にしようと思ったのは、このクルマは日本だけでなく欧州を始めとしたグローバル戦略車の位置づけになります。そう考えた時に全地域で戦っていけるボディサイズ、キャラクターとなると、今、世界的に欧州もインドもSUVのトレンドが出てきています。日本も多く出てきている。そこでSUVであり、必要最小限のサイズ感ということで日本ではエスクード、欧州ではビターラと呼ばれているクルマのサイズ感がちょうどいいだろう、と。通勤で1人乗りもでき、週末は家族を乗せた使い方。ただそれでCセグ、Dセグとしていくと大きくなってしまうので、コンパクトなクルマを得意とするスズキのメッセージも込めて“ビターラサイズ”としました。
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星から星へワープするイメージ
島﨑:グローバル市場でスズキのSUVタイプの車種はかなりたくさんありますが、ビターラはもともとあった車種でしたよね。
松本さん:欧州で販売は続いています。ただしサイズは近しいのですが、eビターラの見た目は今後何年も戦っていけるような先進的なデザインを採用しました。BセグのSUVという点は継承していますが。
島﨑:eビターラはプラットフォームは当然ながら新規ですよね。
松本さん:はい、刷新しました。HEARTECTe(ハーテクトe)の総称で、このビターラeに向けて用意したものです。
島﨑:デザインはフロンクスと較べても、ずいぶんと趣が違いますものね。
松本さん:やはりEVを買っていただくうえでは先進感を感じていただきたい。そこを表現するために、たとえばインテリアデザイナーによると、宇宙船に乗って星から星へワープするイメージを表現したと。ドアにテクスチャーが繋げてあったり……。
島﨑:ワープねぇ、いいですねぇ。僕も締め切りが迫ると、よくどこかにワープしたくなるので、eビターラに乗るといいのかもしれない……。
松本さん:あはは。そういうワクワクが入っているんです。
島﨑:インテリアもモード系といいますか、心地いい雰囲気、質感が味わえるのがいいですね。僕はこの作風は好きだなぁ。
松本さん:ソフトパッドをふんだんに使っていまして、ただ、いわゆる革張りの高級車というとスズキが目指している方向性とは違ってくるので。
スズキ初のブランド物オーディオ

写真:編集部
渡邊さん:メーターとオーディオを一体で1枚に繋げたフラットなインテグレテッドディスプレイは、スズキでは初採用です。
島﨑:あっ、そうですね。ご担当の渡邊さんも開発には大変な思いをされたのでしょうね?
渡邊さん:大変なことだらけでした(笑)。何が大変かというと、今まではメーターとオーディオは別の部品でしたが、今回は1つのシステムですべてを動かしています。デスクトップパソコン1台にディスプレイを2枚繋いでいるイメージの構成になっています。なので設計基盤を1から作り上げました。
島﨑:やり甲斐があったということですね?
渡邊さん:やりがいは、もちろん、たくさんありました(笑)。
島﨑:でもそのおかげで、今までとはまったく違った、デザイン的にもとにかくスッキリとした室内空間になってますね。しかも無機質じゃなくて。
渡邊さん:そうですね。今までのメーターのようにフードがあって圧迫感があったりせず、エアコンの吹き出し口から上をスッキリさせて、視界の確保や抜け感も表現できているんじゃないかなと。
松本さん:オーディオも今回は自慢のひとつアイテムです。
島﨑:(食いついて)おっ、そうなんですね。
渡邊さん:今まで弊社ではブランド物のオーディオはやってきませんでした。ですが今回は上級グレードに対して、ハーマンのブランドのインフィニティを搭載しています。スピーカーと、スピーカーを駆動するためのオーディオアンプを使っています。

写真:編集部
島﨑:あの、ガソリンエンジンのクルマとEVとでは、オーディオの音作りはやはり違いはありますか?
渡邊さん:音響という意味では実はあまり差がなく、クルマとしてどう鳴らしたいかに注力してチューニングしました。ただEVとしての問題点として、モーターを回すとラジオにインバーターから出るノイズが乗ってしまうので、その封じ込めには苦労しました。
島﨑:エンジンがなければ物理的な騒音源がないからいいだろう……と、単純にそういう訳にもいかないんですね。
渡邊さん:エンジン音がしない分、走行音がより目立ちやすいので、クルマ全体を静かにしなければならない。なのでボディ設計や内装設計の消音はとても苦労したはずです。だからこそ我々のオーディオのチューニングも生きているのだと思います。
島﨑:あ、他のご担当の方へも気配りされたご発言……。ところでEVとしては、どういうところが売りとなりますか?
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スズキ車ユーザーが乗っても困らないように
松本さん:先ほどもお話したとおり、EVとして日本で初めてのポジショニングを狙って、BセグメントのSUVで四駆を設定しているところです。もちろんもともとのスズキのお客様の「スズキは四駆があるメーカーだよね、コンパクトなクルマが得意だよね」のイメージにお応えし継承した部分もあります。
島﨑:現スズキ車ユーザーの方々の代替も考えて?
松本さん:従来のスズキ車のユーザーが乗られた時に困らないように、ガソリン車からインターフェースを大きく変えていません。シフトや1枚モノのディスプレイには先進性を感じられると思いますが、実はエアコンのスイッチはディスプレイに放り込まずに、ちゃんとスイッチを残しました。
島﨑:いっぽうで回生の切り換えはディスプレイ上で行なう方式なんですね?
松本さん:“イージードライブペダル”は、オンとオフ、それとディスプレイ操作による3段階の実質4段階の設定ができます。意図としてはアクセルだけで加減速をしていただくのを狙いとし、走行中にコロコロと変えるというよりは……。
島﨑:そういうことを試すのはモータージャーナリストくらいだ、と。
松本さん:運転に慣れている方は減速度を強くしてアクセルの抜き具合だけで加減速ができると思いますし、ブレーキを踏んで止めたい方には、回生が強いとアクセルペダルをパッと離すと減速も強いので、そういう方にはご自分に合ったモードで使っていただく。そういう意味で運転中に頻繁に切り替えるのではない……という思想に基づいています。もちろん最初の設定がしやすいかどうかというお話はしっかり受け止めたいと思いますが……。
島﨑:先日、回生の強弱がワンペダルを含めてパドルで切り換えられる試乗車に乗っていて、割と馴染んでいたものですから。バッテリーについては何かお話はありますか?
苦労したのはリアシートのスライドと1枚物のディスプレイ
島﨑:バッテリーについては何かお話はありますか?
松本さん:eビターラが搭載しているのはリン酸鉄リチウムイオンバッテリーです。安全性、劣化などを考え、お客様に長く乗っていただけるように考えました。またヒートポンプシステムを採用しバッテリーの温度をしっかりマネージメントすることで、カタログ数値から乖離のない実航続距離を実現しました。それと空調使用時は、駆動用バッテリーから電気をもらって配分しますが、とくに冬場にヒーターを使うと電気を喰って航続距離に不利になるため、ステアリングヒーターとシートヒーターによる直接暖房の併用で、空調吹き出し口からの温度を上昇させることなく乗員の快適性を確保する、そういう協調制御も行なっています。後発のEVとして、このあたりの改良は務めました。
島﨑:BEVの場合、カタログの一充電航続距離は乗る前からまず気にするスペックですからね。冬場の使用を考えれば、シートだけでなくステアリングにもヒーターが備わるのは大助かりですね。ほかに何か、今だから話せる苦労話はありましたか?
松本さん:大きめのところでいうと、リヤシートのスライドですが……。
島﨑:リヤシートのスライド、ですか? 意外にも。
松本さん:ええ。欧州ではあまりなかったのですが、後席のシートスライドを備えることでさらにキャラクターがつけられる。そこで仕向け地によっては要る、要らないとあったのですが、大きな機構になるため作り分けてお客様に安く提供できなくなるのも我々としては本意ではない。そこで社内でも賛否があったところ、さまざまな調整のうえで実現させました。
島﨑:そうでしたか。何というか、スズキ初のEVのeビターラということで、失礼ながらもっと華々しいお話かと思ったら、リアシートのスライドとは。でもいかにも松本さんらしい誠実さに溢れたお話、かつ実用をないがしろにしないスズキらしいお話ですね。
松本さん:あくまで一個人の意見ですが……。
島﨑:いえいえ。渡邊さんも何かありましたか?
渡邊さん:1枚物のディスプレイですが、担当し始めで思ったのは、初めてでしたが絶対に失敗できないということでした。何も設計ベースがないところから一からシステム設計をして、システム構築を作り上げて何とか量産にこぎつけられた、通信仕様も当然なかったところから一から作って本当にモノにできたところは、大変でしたがやり切ったと思っています。
島﨑:そうだったんですね。いやぁ、ここで田口トモロヲさんのナレーションをあのエンディングテーマとともに流したいくらいです。でもeビターラの実車は、そういう汗と血を滲ませたご苦労を微塵も感じさせないスマートなクルマになっているところが、当たり前ですが、プロのお仕事という訳ですね。いろいろなお話をどうもありがとうございました。
(特記以外の写真:島﨑 七生人)
※記事の内容は2025年9月時点の情報で制作しています。
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