その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第三回はデビュー以来、その流麗なスタイリングが話題を呼んできたマツダ3です。4月8日には2020年の「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」も受賞しました。このタイミングで、改めてマツダ3のデザインについてチーフデザイナーの土田さんに話を伺います。
プジョー208、ポルシェタイカンをおさえてマツダ3に栄冠が
WCA(ワールド・カー・アワーズ)主催の2020年「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」の部門賞のひとつ「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」を、今年、マツダ3が獲った。プジョー208、ポルシェタイカンをおさえての快挙である。そこで今回は、このマツダ3のデザインをまとめたチーフデザイナーの土田康剛さんに、改めてマツダ3のデザインについてお訊きした。
島崎:おめでとうございます。受賞のお気持ちは?
土田チーフデザイナー(以下、CD):率直にうれしい、この賞は特別です。マツダ3はスポーツカーでも流行りのクロスオーバーでもなく、いわゆる大衆乗用車。そのデザインが特定の地域ではなく、世界中の審査員に評価されたのは非常に名誉なことです。過去10年の受賞車はスポーツカーやEV、SUVのスペシャリティたちで、Cセグメントの乗用車での受賞は快挙だと思っています。
ひと目で惚れさせる“魅力的な違和感”
島崎:改めてマツダ3のデザインが目指したところ、ポイントはどこでしょうか?
土田CD:クルマの持つ価値の“再定義”です。“CASE”で示されるように今後の自動車は共有されるモノ(Shared)になっていくかもしれない。そんな時が迫っているからこそ、“所有し愛でる歓び、運転する歓び”など、自動車が本来持っていた魅力をデザインで再定義したい……そんな強い想いを込めました。
そのために執拗な説明は不要で、一瞬見ただけで“所有したくなる、運転したくなる”ような、心に刺さるデザインを心掛けました。理詰めではなく直感にダイレクトに響く、ひと目で惚れさせる“魅力的な違和感”をマツダ3のデザインに込めました。
周りの景色の映り込みもキャラクターのひとつ
島崎:マツダ3のデザインで、他車とは決定的に違うところはどこでしょうか?
土田CD:“引き算”で構築したデザインであるということです。今のデザイントレンドは足し算、要素を付け加えることで新しさを表現しています。マツダ3はその流れに逆行し、いかにシンプルで強いメッセージを込められるか?に取り組みました。シンプルにすればするほど味が薄まるのが通常ですが、マツダ3ではシンプルにしながらも味わいがより深くなることを目標としてデザインしています。
その一例が「リフレクション造形」です。マツダ3のボディデザインは、周りの景色を映り込むことがキャラクターとなっています。クルマに乗って訪れる地や時間によってまったく違う表現、味わい深さをクルマから感じ取ることができ、長い時間をかけても飽きない表情の豊かさ。これが他車との決定的な違いです。
島崎:マツダ3のデザインが完成するまでに、どんなご苦労をされましたか?
土田CD:すべてですが(笑)、実はあまり苦労としての記憶がありません。というのも、マツダの新時代車種群のトップバッターとして、やりたいことをすべてやりきった感、振り切った感が強く、十分な達成感があるからです。
初代アクセラ以上のインパクトをデザイン史に残したい
島崎:開発中にライバルとして想定、意識された特定の車種はありましたか?
土田CD:ライバルはではありませんが、強いて挙げれば初代マツダアクセラを意識しました。CセグメントハッチバックのデザインベンチマークといえばVWゴルフでした。が、初代アクセラはゴルフとはまた違うハッチバックデザインのテンプレートを創ったと考えています。
コンパクトで合理的な王道のゴルフに対して、スポーティでありがながらもパッケージングの優れたハッチバックはこうすれば創れるでしょ?と。その意味で、初代アクセラが描いたプロポーションとデザインはすばらしいと個人的には思いますし、ハッチバックデザインの歴史に何らかの変化点を残したと考えます。そんな初代アクセラ以上のインパクトをデザイン史に残したいと、マツダ3をデザインしながら意識しました。
マツダ3以降のクルマはこうなったね、こんな影響を受けたね……みたいな。そんなエポックメイキングなクルマにしたいと考えていました。実現できたかどうかは、将来、歴史を振り返った時にしかわかりませんが……。
ランティスやファミリア・アスティナから続く「デザインの挑戦」
島崎:マツダ3を見て、“程よくトガったクルマ”としてランティス、ファミリア・アスティナを連想しました。これら2車との関連性、意識したことなどはありましたか?
土田CD:実は……かなり意識しました。ただし表層的な手法、表現ではなく、“挑戦する姿勢”を。マツダのハッチバックの歴史を紐解くと“デザインの挑戦”が見えてきます。その時代時代で「これからのハッチバックはかくあるべし」と世の中に提案してきました。例えばランティスでは、今ではスタンダードなタイヤの4隅配置に見せるプロポーションの取りかたやベルトラインを高くしボディを厚く見せる手法など、当時は珍しいデザインの挑戦へ果敢に挑んでいました。
その先輩たちの想いを継承し、更なる高みを目指すために、マツダ3でも“デザインの挑戦”を強く意識し、既成概念の打破を意図的に行ないました。例えば、ほとんどのクルマにあたり前のようにある“ショルダー”をなくし、キャビンとボディをひとつのカタマリとして捉えることで、ハッチバックデザインに不可欠な凝縮感を強調したこと。さらにキャラクターラインをなくし、この引き算から生まれたリフレクション(映り込み)により豊かな面造形を際立たせたことなど。こうした手法でマツダ3は、これまでに見たことのない新たなデザインの魅力を醸し出せたと自負しています。
マツダデザインにゴールなし
島崎:これは広報の方に質問です。「魂動デザイン」の今後の方向性をお聞かせください。
マツダ広報部:2010年から始まったマツダのデザインテーマ「魂動」は、2012年のCX-5、アテンザを筆頭に、グローバルにマツダのブランド価値を向上させる大きな原動力となりました。
マツダ3からはデザインのクオリティをさらに引き上げるべく、魂動デザインをさらに進化させ、新たなステージへと踏み出しました。魂動デザインが目指すのは、生命観を感じさせるデザインの中に、日本の美意識を礎とした“新たなエレガンス”を表現することです。それを体現したのが2015年の「マツダRX-VISION」と2017年の「マツダVISION COUPE」(写真上)という2つのデザインビジョンモデルです。“引き算の美学”の考え方のもとに要素を削ぎ落としたシンプルなフォルムと、研ぎ澄まされた繊細な“光の表現”で、より自然な“生命感”を感じさせるエレガントで上質なスタイルを描きました。
今後のマツダのデザインは、この2つのモデルをデザインビジョンに掲げながら、デザイン表現の幅を広げていきたいと考えています。マツダ3から始まる新時代商品群はセカンドステージの魂動デザインで、マツダデザインにはゴールがなく、今後も表現の幅を広げ、生命感を感じるデザインを追求していきたいと考えています。
クルマをデザインで再定義するマツダの今後に目が離せない
クルマの持つ価値、魅力をデザインで再定義する。なるほど、マツダ3にはそうした強い意思が込められているからこそ、見る者の心を動かす何かがあるのだろう。とはいえ、初代アクセラのプロポーションとデザインが素晴らしかったとする土田さんのお話からは、過去の歴史を尊ぶ“マツダ愛”も感じられた。まさにそうした“魂動”が次に見せてくれるのはどんな世界観なのか、これからも目が離せない。
(写真:マツダ)
※記事の内容は2020年5月時点の情報で制作しています。