その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第82回は2024年10月10日に発売されたホンダ「N-VAN e:」です。軽の商用バンとして人気のN-VANに追加されたEV(電気自動車)について、ホンダ技研工業株式会社 電動事業開発本部 BEV開発センター 統括LPL チーフエンジニアの坂元 隆樹(さかもと・たかき)さんと、BEV開発センター BEV完成車開発統括部 BEV三部ダイナミクス完成性能開発課 チーフエンジニアの三上 英治(みかみ・えいじ)さんに話を伺いました。
劇的な進化は重心高が下がったから
島崎:まず試乗後の感想をお伝えしますと、非常にいいな、と。
坂元さん:ありがとうございます。
島崎:とにかく乗り味が上等なクルマというか、EVであることで、商用軽1BOXの世界観がまったく別次元に昇華されたと思いました。
坂元さん:もともとガソリンのN-VANは背が高くて、ロールが厳しかったかなというのがありました。商用バンはそういうものだったので、そこから較べたら劇的な進化は感じていただけるのではないでしょうか。
島崎:ダンパーやスプリングは専用ですか?
坂元さん:ガソリン車には4駆仕様があって、2駆に対して車重が重いのでサスペンションのセッティングが違いました。その4駆のハードを踏襲しながら、ダンパーやバネレートはセッティングを変えています。ガソリン車に対して車重が、200kgまでいかないですが重くなっていまして。その分、積載量を減らせばいいのですが、L4で300kg、L2とGで350kgとしており、減らしたくなかったので、そのあたりの対応は必要になる。とはいえ車重が上がった分、単純にバネだけ硬くしてしまうと後ろが硬くなり過ぎるので、ダンパーの減衰も変えながら……。
島崎:見事なセッティングがモノになった、と。
坂元さん:今回タイヤを13インチにしているので、エアボリュームで稼げる分もかなり大きくて、そこらへんの合わせ技でセッティングをいじっています。
島崎:軽の商用バンとして考えると頼りなさが微塵もないですね。それとステアリングの心強いタッチもいいと思うのですが、パワーアシストの考え方など、どのように仕上げられたのですか?
坂元さん:ステアリングのテストメンバーが仕上げたものを我々が最終的に判断しました。
島崎:ステアリングの操舵力が少し重めで、切る、戻すの際のアシストが先走らずに後から程よくついてくる感じ。首都高速のカーブも流れに乗りながら走りましたが、まるで小型車のような前輪の座り具合もいいですね。しつこいですが、軽の商用1BOXとは思えない安心感でした。
坂元さん:やはり重心高が下がるのはデカいんだなぁと思います。明らかに重いバッテリーが、ちょうど前輪と後輪の間にいるので。
ドライバー中心の機能集約の考え方
島崎:商用と乗用とではセッティングは同じということですか?
坂元さん:それは違えています。プラットフォームは同じですが“上屋”が違うのでアジャストしながら、それに合わせた足のセッティングにしています。
島崎:e:L4とe:FUNとでは?
坂元さん:それは同じです。
島崎:とにかくご説明にもあるようにビジネスユースの方たちの労働環境の改善になるますね。
坂元さん:シートも変わっているので、ストレス、疲れの軽減に効いているはずです。
島崎:インパネも実に機能的で、今回ボタン式のシフトスイッチが採用されましたが、そのシフトの手前の側面側にあるパワーウインドゥのスイッチが、運転ポジションではスイッチの位置を覗くようにする必要があるのかな、という気がしました。
坂元さん:そこの視認性の議論はしました。が、今回は配送のプロのドライバーさんが乗るということで、ある場所さえわかって慣れてしまえば自然に手が行く範囲と考えています。手が遠いと不便で駄目ですが、左手でシフターもエアコンもパワーウインドゥも操作できるからいいんじゃないのと、ドライバー中心の機能集約の考え方で判断しています。
島崎:そういう判断基準ですね。
坂元さん:もちろんシフターの手前に出して見えるようにしてもいいのですが、そうすると、せっかくBピラーレスでセカンドシートが倒せて、助手席側にもウォークスルーで行け、宅配で歩道側から乗り降りもできるようにしてある。それもあって、今回、邪魔だったシフターをエレクトリックセレクターに変えて、邪魔にならずスペースも集約できました。
“あったらいいな”はキリがない
島崎:もうひとつ、助手席の折り畳み機構もスマートな動きですが、フラットに折り畳んだ状態から起こそうとした時に、力のアシストがあって助けてくれると、さらに軽い操作力で持ち上げられそうな気もしましたが……。
坂元さん:そういうのをやり始めるとお金が高くなって「ホンダさん、いつもトゥ・マッチ」っていつも言われる(笑)。そこは、使いやすければいいかな、と。軽ければ楽ですが、フルフラット操作の頻度を高くやるかというとそうではないだろうと割り切りました。
島崎:お話をしていて、ひとつひとつにちゃんと裏付け、理由があるのは伺っていてモヤモヤが晴れて気持ちいい限りです。
坂元さん:“あったらいいな”はキリがないので。ターゲットユーザーは個宅配送の方だったり職人さんだったり、一般ユースでもタフな使い方をされるキャンパーさんであったり。そういう方々に大事なのはスペースであり、使い勝手も、シートならもっと軽く動かせないと嫌だなというより、畳めることが大事。それが使いやすければいい。ちょっと重たいなんていうのは、そんなに気にされないんじゃないの、と。バイクを載せたいという人が椅子重たいよとは言うワケないよ、と。
島崎:これは失礼いたしました(笑)。
坂元さん:個宅配送をやる人の荷物のほうが、たぶんよっぽど重たい。そう考えると、そういうところはいらないのかな、と。
島崎:またまた裏付けのお話をお聞かせいただきました。
坂元さん:口が上手なもので何でも言えますので(笑)。もちろん“あったらいいな議論”はいっぱいやりましたし、評価者にもあれないの?これないの?と言われましたし。ドアポケットをやめてラインオプションのネットにしたのも、ポケットがなければスペースになるし、欲しいお客様には後から付けられるようにしてあります。
「加速が良過ぎる」とヤマトのドライバーに言われた
島崎:とはいえオートエアコンは全車に標準装備なんですね。
坂元さん:これは働く人たちでも暑い寒いは耐えられないだろうなと。ちなみにECONボタンを押すとシートヒーターと、窓が曇らない程度にしかエアコンが効かないようになっている。寒いのを少し我慢しても航続距離を伸ばしたいでしょ、ということで。
島崎:このクルマでECONを使った場合の動力性能は?
坂元さん:気持ちトルクが寝ますけど、さほどわかるようなレベルではなく、その分、電費側に行きますが、明らかに遅くなるレベルではありません。ECONはガソリン車ではオンでしたが、今回EVではオフがノーマルで、オンにすると電費側にいけるように変わっているんです。それは、イザという時に航続距離を伸ばせるようにしたためです。ガソリン車の燃費ほど差はなく、結局EVはユーザーの方の踏み方で電費が決まるところがあります。
島崎:なるほど。
坂元さん:EVはモーターの制御なので、踏んだら踏んだ分だけビューンと行きます。それはEVのいいところなんですが、ヤマトさんと実証実験をした時に、配送で街乗りをしているとストップ&ゴーが多いので、「加速が良過ぎる」という話がありました。荷崩れや安全の面からドライバーの方も運転の仕方に敏感なので、あんまり急に加速が立ち上がるのは好みません。パッと乗ってパッと走り出した時のそういった話があったので、トルクは寝かせました。一方で高速域ではリニアに走りたいので、セッティングを変えています。
島崎:試乗中に60km/hあたりでしょうか、もう少し加速しようとした時にアクセルの踏み込み量に対して、ほんの僅かだけクルマがそれまでより前に出て、また加速度が戻る感触があった気がしました。
坂元さん:トルクカーブの立ち上げは、最初は“敏”過ぎたので寝かしたのですが、高速域の伸びを考えて、狙ったところに戻していくのにどこかで変化させたはずです。
三上さん:開発初期にトルクを寝かした時にも積載を考慮して少し立てていますし、車速は60km/hだと、その付近に変曲点があるので、アクセル開度にもよりますが変曲点がかかってきた可能性があります。たとえば60km/hでアクセルがこれくらいで積載条件がこれくらいで要求トルク値が来たら、アクセルで行くのと同じように開度をあげてトルクをしっかり使う、あるいは抑えるといった制御を入れてあるんです。
島崎:そうなんですね。
三上さん:積載の条件などが乗用系よりも厳しいので、そういうことをしています。
デザインも見え方よりも使い勝手が主
島崎:ところで坂元さんは、これまでN-BOXシリーズには関わっていらしたのですか?
坂元さん:いや、関わっていないです。今回のBEVからです。それまではシビックや、2010年から2016年までタイの研究所にいてアジア初開発だったアメイズ、モビリオをやっていました。日本に帰ってきて今のシビックのアジア、中国を担当しました。
島崎:今年でいうとWR-Vの金子さんも……。
坂元さん:私が帰ってきてからインドのほうへ。
島崎:とある情報によれば、坂元さんも金子さんもプライベートではS2000にお乗りだとか?
坂元さん:あはは、まあ、どんなクルマが好きかで開発担当者になるワケじゃありませんが(笑)。
島崎:坂元さんはサッカーを今もおやりになっているそうですね。
坂元さん:最近はぜんぜん行けてないですけど、小学生からずっとやっています。
島崎:サッカーをおやりになっていて、何かクルマの開発にも活かされたことはあるのですか? 僕は無意識にオウンゴールをやらかすくらいセンスがないのでよくわからないのですが……。
坂元さん:私もディフェンスなのでオウンゴールしたことあります(笑)。そういう意味で言うとやっぱりチームビルディングでしょうか。基本的にウチのチームでは喋る時は、商品は、我々は……と考え方は3人称でやってほしいとよくメンバーには言います。唯一、責任を持つ時は“私が”になりますけど。評価されたい時に“私がやった”と言いたい気持ちもわかりますが、我々のアウトプットで評価されるべきはクルマなので、やはり3人称の考え方が1番なのかなと。こう考えるのはチームスポーツをやっているからかもしれませんね。
島崎:それもディフェンス。
坂元さん:私は別にエースストライカーじゃなくて、ディフェンスで、後ろで守ってたまに攻めて……みたいなポジション。自分が目立ちたい願望はあまりなくて、ただ自分が守らなきゃいけない意識は根本的に強いかもしれません。
島崎:やはりLPLの適任者ですね。
坂元さん:ウチのチームは部活みたいな厳しさもあるかもしれません……これは書かないでほしいですけど(笑)。メンタリティって部活とかスポーツで鍛えられるところって、結構、みなさんあるんじゃないですかね?
島崎:確かに、そういう経験が乏しい僕はスグにメンタルをヤラれてしまうほうで……。
坂元さん:うちのチームの首脳陣、代行陣にはスポーツの経験者が多いです。
島崎:チーム一丸の空気感が強いですね。デザイナーの方々が機能のことを熱心にお話くださったり。
坂元さん:通常の機種開発と少し違って、デザインも見え方がどうの……というよりも使い勝手が主だったので、機種チームとデザインメンバーが比較的近い開発でした。
空間価値だけは我々にしか作れない
島崎:改めてこのN-VANe:の1番の魅力というと何でしょう?
坂元さん:1番は“空間価値”だと思っています。商用というのもありますし、ホビーでも使える商品にもなっている。開発でとくに意識したのは、価格でお客様のショッピングリストに載らないといけない、電動化を進めなければいけない、お客様に受け入れてもらわなければいけないということ。しっかり走る電動車であることをベースに、商用、ファンユース、ホビーと考えた時に、たとえばお客様がシートカバーをつけたりということは自分でできる。でも、空間を広げることは自分では絶対できない。そのお客様が絶対にできないことを提供しなければいけないというところで、コンセプトを“e:CONTAINER”とし、空間価値だけは我々にしか作れない商品としての強みだと思っています。
島崎:理解しやすいですよね。
坂元さん:パッケージの違いで他社さんに室内長では負けても室内高では絶対負けたくない。バッテリーを搭載するのにフロアは全体上げなかった。ガソリン車のパッケージを崩さず、空間価値を守ること。それが我々が1番やりたかったことでした。
島崎:言うは易し、いや、有言実行、かな。
坂元さん:出来ないともみんな言ってきましたし、駄目だと私は言うし(笑)。私はもともと内装設計出身で、走りを目指したいホンダとしては、今までボディやシャシーの部署にややいじめられていました。
島崎:かなりいじめられてきたんですね。
坂元さん:今回は中を守るのが最優先(笑)。私の経歴から来てしまったのかもしれませんが……。実は私もこのクルマをやるまでは、やっぱり内装は豪華にしたい、快適にしたい、装備はあったらあるだけいいな……そんな感覚が強かった。それがお客様への提供価値だと思っていた。が、今回バンをやることになり、ホンダの軽は他社に比べて価格帯が上のほうにあって、N-BOXのそういう商品力を踏襲してもよかった。でも商用バンのニーズはそこじゃない、と。
島崎:ほほう。
坂元さん:改めて企業の方から聞くとトゥ・マッチだと。だからホンダ車は高い、こんな上等な商用バンはいらないとすごく言われました。企業さんは調達部門の人がクルマを買い、実際にはドライバーさんが自分の道具として使うので快適性を求める。そうなった時に本当に要るものと要らないものの見極めは我々がするしかない。デザインチームがやったように、開発側も内装を全部剥がすことまでして、本当に要るものの議論はすごくしました。
島崎:そこで鉄板部分にも手を入れた?
坂元さん:それはやっていないです。
島崎:ちなみに商用と乗用の比率はどのくらいをお考えですか?
坂元さん:気持ちとしては商用を売りたいと思い計画していますが、今、実際に売り出してみると、乗用のお客様が多いです。ガソリン車でもFUNグレードが1番売れていたのですが、乗用ユースでも空間価値を求める方とからすると、1人で乗ってバイク積んで、キャンプ行ってという人はN-BOXじゃなくてN-VANだった。今回はEVになっても空間価値が変わってないということが一般のお客様にも受け入れられていて、商用バンといいながら2トーンルーフのカラーラインアップをやったりしたのも、そういった予想からでした。ただ個人事業主のパン屋さん、お花屋さんなどで、乗用ユースのような買い方をされてお仕事にも使われてといった方も多々いらっしゃいます。
広報部:そろそろお時間が……。
島崎:あ、最後にN-ONE e:も登場してくるそうですが?
坂元さん:来年出ます、良く出来てます。期待してください。
島崎:そうそう、N-VAN e:の一充電走行距離の245kmもなかなかですね。
坂元さん:我々は冬だと走らないと言われたくなかったからです。
島崎:大事なことですね。ありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
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