その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第76回は2024年6月に発表・発売が予定されているホンダのコンパクトミニバン「フリード」の第二弾です。人気モデルということで基本は踏襲しつつも様々な改良が加えられた3代目フリードについて、エクステリアデザイン、インテリアデザイン、カラー・マテリアル・フィニッシュ、パッケージ、商品企画の各担当者の皆さんに深く、細かくお話を伺いました。
見たことありそうでないデザインがちりばめてある(デザイン エクステリア担当の佐川 正浩さん)
島崎:第一印象は“すいぶん変えたんだ”と思いました。1番のポイントはどこですか?
佐川さん:今の時代にあわせてクリーンに仕上げたのが大きく変えたところです。
島崎:最近のホンダ車の傾向ですね。フロントまわりからメッキの加飾が一切なくなったり。
佐川さん:いろいろな人が使うクルマなので、誰でもどこでも似合う、馴染む……と思いながらデザインしました。
島崎:従来型まではノーズをスッとスラントさせていましたが、今回は水平基調で割とボクシーにしましたね。短いステップワゴン的な。
佐川さん:しっかりした感じは出たかなと。ステップワゴンに較べるとコンパクトで扱いやすいということで、フロントウインドゥの傾斜した角度などはそのまま残しながら、カッチリした仕上げにしています。
島崎:フロントウインドゥの傾斜は従来型と同じ?
佐川さん:ほぼほぼ一緒です。使い勝手も考えていて、フードは少し高くなっていますが、運転席に座るとフードが見えるんです。そのことで自分の車体の長さが感覚的にわかるので、使い勝手としっかりした感じは、そういうところで両立させています。
島崎:新しいCROSSTARもなかなか洒落ていますね。AIRに対し全幅が+25mmというのは……。
佐川さん:タイヤまわりのプロテクター部分の違いです。
島崎:フロントまわりはバンパーからまるごと専用のデザインなんですね。
佐川さん:バンパーとフロントグリルと、リヤバンパーもAIRとは違っています。
島崎:反対にCROSSTARと見較べるとAIRはずいぶん控えめ、というか……。
佐川さん:そう見えるかもしれませんが、外の光に当たると印象がガラッと変わって(注:インタビューは実車の見取りをしながら屋内で実施)、カッチリした、高そうな印象というか。派手な線を入れたりしていないので、パッと見てウワッというインパクト、そういう意図はないのですが、街中で見たときにひっかかるものがある。ライトなども個性的で、見たことありそうでないデザインがいろいろなところにちりばめてあるので、実は結構“引っ掛かり”のあるデザインにしています。
島崎:なるほど。インタビューなのでニュートラルなスタンスで伺っていますが、僕個人としては、こういうクリーンでスマートな道具感のあるコンパクトカーって大歓迎です。
佐川さん:やっぱりそこは大事にしていて、ただどんな人にも受け入れてもらうにはクリーンでシンプルにする必要はあるのですが、引き算だけをやっているとつまらないものになってしまう。そこは意識しながら、ライトの形であったり、特徴的な部分を残しながらデザインしています。
島崎:ボディサイドを前後から走るキャラクターラインにドアハンドルを収めたところなどは、引っかかるべきところですね。
佐川さん:ほかのクルマでありそうでないデザインだと思います。そこにスライドレールが繋がっていたり、機能的に整理されたものがそのまま特徴になっている。ライトの形もシンプルで光った時に目につき、機能的な考えがそのまま個性になっている、という考え方です。
ミニバンの価値として使い勝手をしっかり進化(デザイン インテリア担当の貝原 孝史さん)
島崎:新型のインテリアの売りはどこですか?
貝原さん:やはりミニバンの価値として使い勝手をしっかり進化させました。ただし使い勝手だけということではなく、スタイリング、使い心地も含めてバランスをとりました。
島崎:ベースのプラットフォームは従来型と同じということは、基本的なシートポジションなどは?
貝原さん:継承しています。
島崎:運転席のポジションも?
貝原さん:基本的には同じです。ただ大きな特徴として従来型はアウトホイールメーターでしたが、新型はインホイールメーターを採用しました。これは運転中の取り回しや視界を意識したためです。アウトホイールメーターではインパネ上面の造形の窓映りなどどうしてもあるので、そうしたノイズのないスッキリさせたものにしました。
島崎:いいですね。
貝原さん:あと背の低い女性の方とか、アウトホイールメーターのバイザーが視界を邪魔しているケースもあったので、そういうところも極力なくしました。
島崎:インパネのデザインそのものも、かなり洒落たものになりましたね。
貝原さん:ありがとうございます。今回はミドルパッドにファブリックを貼って、その下に特徴的な扱いやすいトレイを配置した構成になっています。ミドルパッドもただ安心感を与えるだけではなくて、機能も持たせたいということで、運転席側にメーターを入れました。ただそれだけでは従来はあった収納が1つ減ってしまうので、新しい収納場所として、アシスタント側のミドルパッドに大容量の収納を設けました。
島崎:収納の容量は何かのモジュールを使って決めたのですか? たとえばティッシュボックスとか。
貝原さん:ティッシュボックスはもちろん入るようにしていますが、ただ入るだけでなく、ティッシュボックスが使いやすい角度で置けるように考えました。それはトレイにも当てはまり、今回、底面と手前の支える壁の部分の面をスムースに繋いでいるんです。そうすることで中に置いたモノをワンアクションでたぐり寄せるだけで取り出せます。そんな使い心地まで含めて造形にこだわっています。
島崎:でも走るクルマの中の話ですから……。
貝原さん:そのへんは、しっかり物を固定させたいという設計といろいろやりながら、3Dプリンターで試作品をいくつも作り、従来型フリードにそれを付けて、いろいろな走らせ方で落ちないかどうか検証し、バランスを見極めながら作りました。
島崎:シートそのものは新規ですか?
貝原さん:フロントシートはステップワゴンで採用の新しい世代のボディスタビライジングシートとフレームが共通です。パッドの形状はフリード専用にチューニングし、乗り心地は従来型に対して向上させています。セカンドシートもパッドは新規開発し、3列目とともに肩口を削いで肩から上の開放感、広がりを意識した造形にしました。
島崎:室内空間は?
貝原さん:変わっていないです。唯一、後席用のクーラーが付いたのでそこのボリュームは増えていますが、1〜2列目のウォークスルーも屈みながらできるようにバランスを取っています。
島崎:そのほかに特徴はありますか?
貝原さん:シフターのあるセンターパネルの機能をまとめてあり、新装備のEPB(注:電気式駐車ブレーキ)とリア席用のクーラーのオン/オフもフロント席からできるようにスイッチを設けました。
ジュースからデニムまで、どんな色の汚れが付いても大丈夫!(デザイン CMF担当の三輪 あさぎさん)
島崎:プレゼンを伺っていると“こころによゆう、笑顔の毎日”というお話で、一刻も早く試乗させていただかなければ……と心から思った次第なのですが……。
三輪さん:はい。
島崎:ご担当の中で1番に味わってほしい!というところはどこですか?
三輪さん:CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)は世界観、雰囲気を伝えるところがまず1番ですが、それに加えて機能的なところ、実際の使い勝手にしても心に余裕を生むようなものにしたいという思いがありました。
島崎:実際の使い勝手も心に余裕を生む、ですか?
三輪さん:世の中に溢れている“ママのための”といっても、ママでもある私からするとあまり痒いところに手が届いていないというか、上辺だけのものが多いなと感じていて、そういうものにはしたくないな、と。たとえば女性だからピンクがいいでしょというと押し付けられた感じがするので、そうではなく、使い勝手も含めたものにしていきたかったんです。
島崎:シートの“肩あたり”というのも、実用性を考えてのことですね。
三輪さん:そうです、シートの肩口を削いだデザインです。私の経験から、運転席に座って後ろに次男を乗せていたら急に泣き出して、どうしたんだろう?と思ったら、彼から見たら私の姿がまったく見えなくなり、私がいなくなったと思って泣いちゃったんです。なので後ろから運転手が見えるようにとか、後ろを向きやすくするように肩口を削いだり、ヘッドレストを小さくすることをしてきました。
島崎:ご子息が泣いてくれたからというとご本人には気の毒ですけど、まさにお仕着せの装備や機能ではなく、実体験に基づいた貴重なアイデアということですね。ほかにも経験が活かされたことはありますか?
三輪さん:シート表皮に注目していただきたいのですが、撥水・撥油機能がある表皮ですが、やっぱり子供はジュースをこぼしたりチョコレートの付いた手で拭いちゃったりするので、そういうところをケアしてあげたい。そこで機能を付けた上で、見た目でもいろいろな色の糸を織り込んで、どんな色の汚れがついても目立ちづらいところを目指しました。
島崎:イタリアのミッソーニ風だなぁと軽々しく拝見していたのですが、何色もの色の色は、そういう機能も織り込んでいるのですか。勉強になりました。
三輪さん:デニムのブルーの色移りも気にする方も多いと思いますが、どんな色の汚れが付いても大丈夫!なんです。
島崎:樹脂部分は傷が付きにくいように?
三輪さん:今回、トレイ部分などサッと入れて撮り出しやすい形状を工夫していますが、特徴としては艶の部分とマットな部分とで構成することで、艶のある傷でもマットな傷でもどちらの傷がついても目立ちにくくしてあります。
運転に不安を感じるお客様のために(デザイン パッケージ担当の田中 未来さん)
島崎:新型フリードは見た目からしてボクシーに生まれ変わりましたが、ホイールベースは変わらないのですね?
田中さん:はい。プラットフォームも基本的には従来型と同じものをベースにしています。
島崎:ガソリンタンクなども?
田中さん:従来型を踏襲しています。
島崎:そういう中でパッケージングの進化点はどこですか?
田中さん:基本は従来型を守っていますが、進化させた部分は水平基調の視界で、エクステリア、インテリア、パッケージングと1台分で取り組みました。従来は2本ピラーで構成された3角窓がありそこにドアミラーがありましたが、新型ではピラーとミラーの間に抜ける空間があります。フリードは運転に不安を感じるお客様も多く乗られるので、キチンとした視界からの情報が入ってくることで不安を軽減させるのが目的です。
島崎:運転席からの視界は大事ですね。
田中さん:それと3列目のシートですが、シートの座面自体は従来と同じ位置ですが、回転軸を下に下げることでハネ上げた時の固定位置が90mm下がりました。従来は収納位置がもっと上でボディ形状の影響もありハの字に格納されていたのですが、より垂直に。シート裏のはみ出していた機構の部分もすっきりさせたことで、荷室として使える実空間が広がりました。
島崎:新旧を較べるとかなり違いますね。
田中さん:そうですね。それと3列目シートをはね上げたまま使われる方も多いと聞いたので、新型はハネ上げた状態でも上に少しウインドゥ部分を空けた部分ができたので採光性もあり、ヘッドレスト程度の高さなので、振り返った時に重たくて大きなものがある感覚ではない形に進化させています。
島崎:リアクォーターウインドゥも大きくなりましたね。
田中さん:従来は切れ上がっていましたが、今回は飛行機の窓のサイズくらいはあるので、景色も楽しめて光も入る、ちょうどいいサイズ感になっていると思います。肩まわりの空間も、左右含めて65mm拡大させているので、ゆとりがあってゆったりと座っていただけるようにしました。
16mmじゃなく16cmって凄くないですか!? (商品企画の佐藤 晋寛さん)
島崎:従来型フリードは、まだまだイケていましたよね?
佐藤さん:去年で8万台くらいでした。
島崎:人気の秘訣はどこにあって、新型はどうされようとお考えになったのですか?
佐藤さん:やはり“ちょうどいい”という言葉に集約されると思うのですが……。
島崎:初代からのフリードのキャッチコピーですね。
佐藤さん:はい。まずはこのサイズ感の中にミニバンとしての居住性がシッカリと入り込んでいることがご好評をいただいているところだと思います。3列目までシッカリ座れる。かつボディサイズもいろいろなところで取り回しがしやすい、といったところです。
島崎:新型は全長+45mmですが、ちょうどいい、ではなくちょっと小さいといった声などはなかった?
佐藤さん:都内や狭いところで、怖くなく気持ちにゆとりを持って運転できるサイズ感はご好評をいただいていました。そこで新型でもサイズは極力キープしたいと思いました。ただ動力性能は従来型は8年前のものとなっていたので、最新のパワートレインを搭載し、その結果、全長は4.5cm伸びていますが、それも最小限に抑えるようにし、サイズは守り切っています。
島崎:その4.5cmの使い方は?
佐藤さん:主にノーズの部分です。
島崎:室内空間には?
佐藤さん:膝前の空間も3cmほど広がっています。
島崎:全高は105mm下がったのですか?
佐藤さん:いや、車両自体は変わらないのですが、従来型はポール式のルーフアンテナだったので、その部分の単純比較です。
島崎:そのほかに新型のセールスポイントはどこですか?
佐藤さん:いっぱいあるのですが、e:HEVにしたことで動力性能はメチャクチャ良くなっています! 走り出した瞬間にわかる乗り心地の上質さ、ハンドルの追従性は見ていただきたい。あとはフリードの魅力として3列目がしっかり座れるということ。シートの座り心地を改善しながらも、ハネ上げのしやすさも良くなっていますし、シートを畳んだ時の荷室の広さも、横方向に16cmも広げて改善しています。16mmじゃなく16cmって凄くないですか!?
島崎:瞳孔が開いちゃいますね。どうして出来たことなんですか?
佐藤さん:今までは“ハの字”の形で結構上の方に畳んでいましたが、今回はスッキリと格納できています。シートのウレタンの素材も贅沢なものを使っていますし、2列目3列目のためのエアコン吹き出し口も、競合他車さんはサーキュレーターですが、新型フリードはちゃんと冷媒が入っていて冷風が出てきます。夏場の室内の冷却速度がぜんぜん違います。
島崎:ウチは犬を乗せるので、よさそうですねぇ。
佐藤さん:あとは視界のよさもピラーを細くするなどして従来型よりよくなっていますし、メーターも従来のダッシュボード上からインホイールにしてスッキリさせました。それと従来型との大きな違いでは、今までのCROSSTERはフリードの中のSUVテイストみたいな位置づけでしたが、新型はデザインを完全に分けて、2つの個性として設定し、いろいろなお客様に選んでいただけるようにしました。
(特記以外の写真:編集部)
※記事の内容は2024年5月時点の情報で制作しています。