その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第73回は前回に続き2024年2月15日に発売されたピックアップトラックの三菱「トライトン」(498.08〜540.1万円)です。新型トライトンの悪路走破性について、オフロードコースの同乗試乗で三菱自動車工業株式会社 車両実験部の稲葉 拓(いなば・たく)さんに、試乗後には製品開発本部 セグメント・チーフ・ビークル・エンジニアで開発責任者の戸邉 哲哉(とべ・てつや)さんと車体系システム開発実験の朽木 賢一(くちき・けんいち)さんに、それぞれお話を伺いました。
凹凸の激しいところでも危なげなく前に進む
(オフロードコース試乗中の車内にて)
島崎:試乗会の週の最終日ですが、同乗試乗は僕で何人目ですか? お身体は大丈夫ですか?
稲葉さん:ああ、大丈夫です(笑)。慣れていますので。今回は乗り心地もカドがない、いいものにしましたし。リヤのリーフスプリングの強度との兼ねあいを見ながら作っています。ではまず4HLcで走りましょう。
島崎:登り坂からの……おっ、下り坂ですね。
稲葉さん:ヒルディセントコントロールをオンにしましょうか。4km/hから20km/hまで、ブレーキを離した状態でクルマのほうで制御します。もしスピードを上げたければ20km/hまでならアクセル操作が可能です。
島崎:そうですか。今は前進ですがジワジワッと坂を下ってくれますね。
稲葉さん:何か乗り上げると、最初は傾斜を判定させるためにころがさせていますが、その後はブレーキでしっかりと制御しています。
島崎:ドライバーがスピードを見るには?
稲葉さん:4駆の表示部分を切り替えるとデジタルメーターも表示できます。
島崎:マルチアラウンドカメラの画像も精細でキレイですね。
稲葉さん:昔はボヤッとしていましたが、今回はかなりキレイに作っています。車体が大きいクルマなのでカメラ機能で補助することで安心して運転していただけるように。では今度はロックのセクションに行きますので1度ニュートラルにしてから、ダイヤルを押しながら4LLcに切り替えて、ドライブモードをノーマルからロックにしてください。
島崎:おお、かなりのブッシュというか、凹凸の激しいところですが……危なげなく前に進んでくれますね。ところでまわりの枝などにパーキングセンサーが敏感に反応してブザーが頻繁に鳴りますが、これはスイッチでオフにできるのですか?
稲葉さん:はい、できます。ドライバーの方の好みや力量に合わせられます。
島崎:一般の道でも自宅の周りの狭い路地などで、電柱や家の垣根などに反応するのが普通ですが、オフにできるのはいいですね。次の下り坂は……。
45度くらいまでの傾斜でも倒れない
稲葉さん:ではシフトレバーを左にしてマニュアルモードにしてから、今度はヒルディセントコントロールを切り1速の4LLcモードでエンジンブレーキを効かせながら……。
島崎:おお、安定して下っていきますね。
稲葉さん:ローギヤに入れることで、だいたい車速は半分くらいのイメージになります。では次にニュートラルから4HLcに切り替えて、ヒルディセントをオンにして……。
島崎:傾斜のある路面ですが、何ともなく走れますね。
稲葉さん:はい、25度くらいですが、かなり足を伸び縮みさせながらしっかり4輪を接地して走れます。停止であれば45度くらいまでの傾斜で倒れずにいられます。
島崎:かなりのブッシュですが……。
稲葉さん:アプローチアングル、ディパーチャアングルもしっかりとってあり、最低地上高も220mm確保してありますので、当たらずに行けます。世界150カ国で走っていますので、国によっては荒れた道を通るようなところもありますから。では止まってから、リバースにしてもらうと、リバースでもヒルディセントが効きますので。
島崎:ああ、本当だ。
稲葉さん:たとえば雪道などで道を譲る時とか、行ってみたけれど実は行けない道で引き返す必要ができた時など、大変なブレーキ操作が必要なくステアリング操作に集中できます。三菱車のユニークなポイントかなと思います。では、次はモーグルに……。
島崎:はい。
稲葉さん:ノーマルモードで今は片輪が浮いて空転した状態ですが、マッドモードでは空転している側のブレーキをつまみながら、トラクションコントロールの利きを抑えてタイヤを回して脱出するという方法になっています。では今度はリヤデフのロックを使ってみましょう。センターデフとリヤデフがロックされてランプがオレンジ色に変化して。
島崎:これはどういう状態ですか?
稲葉さん:リヤデフがロックされて左右輪の回転力が完全に同じになるので、スタックして片方だけ進まないということがなくなります。えーと、時間的にはもう1周くらいできると思いますが……。
島崎:そ、そうですね。十分に体感させていただきましたので、あとはクルマから降りて試乗車の撮影をさせてください。
稲葉さん:あ、そうですか。わかりました。
モノコックボディとは設計の考え方がぜんぜん違う
(試乗後の面談スペースにて)
島崎:ラダーフレーム付きのクルマの試乗は本当に久しぶりでしたが、最初にオフロードコースに入って、ビクともしない感じで驚きました。
戸邉さん:ありがとうございます。
島崎:かつてラダーフレームというと、“シナリ”なども含めて、そういう味わいを楽しむクルマのイメージでしたが、もはや別世界なんですね。
戸邉さん:今回の新設計ではフレームの断面積を大きくし、縦・横の面積で最大65%断面積を拡大させています。一方で単純に大きくすると重くなりクルマの性能が出ないので、強度・耐久の担当者とも一緒になって高張力鋼板を使い、板厚を薄くするなどしました。またフレームというのは剛性感も大事ですが、衝突時は潰れるところと潰してはいけないところを分けなければならない。もちろん潰れるところも強度・耐久で折れたりヒビが入ってはいけない。そのあたりを設計や試験部門が一緒になって進化させてくれました。
島崎:フレームそのものの設計も、相当に奥が深いのですね。その上でボディを載せるとなると、やはりモノコックボディとは設計の仕方が……。
戸邉さん:考え方がぜんぜん違います。
朽木さん:ラダーフレームの上に別の構造物であるキャビンを載せている。それで悪路でも強度的にも問題がないようにする訳ですから。
島崎:むしろキャビンを浮かせて載せるくらいだったと思いますが。
朽木さん:今回はキャビンを載せている片側3個のマウントも構造、形状を新開発しました。しかも3個ともブッシュの特性をぜんぶ変えてあります。先代の弱点を改善した部分です。
フレームでリーフサスペンションは続けなければいけない
島崎:リヤサスペンションのリーフスプリングも新設計だそうですね。
戸邉さん:枚数を減らしました。
島崎:とすると素材も変わっているのですか?
朽木さん:素材はとくに変えていませんが、表面を硬化させる処理により、外と中の特性を変えて強くしています。枚数を減らすと1枚あたりの負担が増えますので、その対応でもあります。
島崎:ほかに“ここは!”というポイントはどこですか?
戸邉さん:ピックアップトラックには世界にいろいろなお客様がいて、中には改造される方もおられる。“荷箱”も好きなものに替える方も。タイで魚を運ぶ方で、オールステンレスに作り替えで少し長くしておられたりしていました。またいいか悪いかは別として、リーフスプリングの枚数を増やして過積載に耐えられるようにしたり。なのでフレームでリーフサスペンションは続けなければいけないな、と。
島崎:そうですね。
SUVとトラック、2種類の耐久試験をやっている
戸邉さん:ただピックアップに求められる性能も変わってきており、上級のクルマをSUVライクに使われる方も増えている。そうなると一般道をどれだけ快適に走れるかとか、乗り心地、操舵性もどれだけ向上させられるか。そこの両立も新型のこだわりのポイントですね。
朽木さん:基本はピックアップトラックですが、SUVとして使われて、荷箱にあまり荷物を載せずに走られるお客様もかなりいらっしゃる。伺うと「何かあった時に大きな荷物が積めるから」と仰る。
島崎:なるほど、そうですね。
朽木さん:とすると、荷物を積んでいる時と人しか乗っていない時とではクルマの挙動も変わってきますし、強度の考え方も変わってくる。なのでトライトンではSUVのような定量的な耐久試験と、トラックのような荷物を積んでも壊れないような、2種類の耐久試験をやっているんです。
友達や家族を乗せての長時間ドライブでも苦痛にならない
島崎:後席も座ってみると相当に快適ですよね。
戸邉さん:リクライニングこそできませんが、後席のあの範囲の中でリラックスしたポジションが取れて、腰や足が痛くならないようにシートに使うウレタンの密度もコントロールしています。お友達や家族を乗せて目的地まで長時間行く時に苦痛にならないよう、エンジニアの皆んなで頑張って作りました。
島崎:ピックアップトラックの試乗は1991年にストラーダに試乗して以来33年ぶりでしたが、最新モデルの“快適ぶり”は目からウロコでした。どうもありがとうございました。
(特記以外の写真:島崎七生人)
※記事の内容は2024年4月時点の情報で制作しています。