その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第72回は2024年2月15日に発売されたピックアップトラックの三菱「トライトン」(498.08〜540.1万円)です。約13年ぶりに国内導入された新型トライトンの開発背景について、三菱自動車工業株式会社 商品戦略本部 チーフ・プロダクト・スペシャリストの増田 義樹(ますだ・よしき)さんにお話を伺いました。
日本に入れたいという思いはずっとあった
島崎:去年7月のタイでのワールドプレミアは中継で拝見しておりました。あの時のご本人というか、“本物”にお目にかかれるとは、とても嬉しいです。
増田さん:あはは。
島崎:Welcome to TRITON WORLD,Yeah!!のプレゼンのビデオ、昨夜ももう1度拝見してまいりました。
増田さん:ワールドプレミアのプレゼンからしたら、きょうの試乗前の説明はちょっと控えめでしたけれど(笑)。
島崎:いえいえ、増田さんの熱意は、もう十分に伝わっていますので。堅苦しくなくお話しを伺わせてください……と言いながら、今回、新型トライトンを日本市場に投入する意図、勝算というとどんなところにあったのでしょう? 前々からあった計画だった、など。
増田さん:私、長年トライトンをやっている中で、まず自分の車種であるトライトンを日本のファンの方にも乗っていただきたいという思いはずっとありました。
島崎:2代目は日本への正規の導入はされませんでしたよね。
増田さん:ええ。それが今回の新型はニーズと環境が整った点が最後に決め手になりまして……。
島崎:ニーズと環境?
増田さん:まず環境でいうと排ガス規制、安全法規が合う、合わないということ。それとピックアップ自体のニーズ。最近アウトドアブームなどもあり、少しずつニーズが増えていると思っています。それらと、まさに新型にするタイミングとも合って、非常に効率よく日本にも投入できたことも大きかったです。
島崎:追い風が吹き始めた?
増田さん:はい。ただ日本に入れたいという思いは先代の頃からずっとありました。
島崎:そうでしたか。
中身の性能、スピリットはパジェロを引き継いでいる
増田さん:一方でトライトンは三菱車らしさのカタマリのようなクルマだと思うんです。中身の性能、スピリットはパジェロを引き継いでおり、オフロードに行っても壊れなくて。これは三菱ならではなので。もうひとつは、ピックアップは世界で生活に欠かせないクルマです。乗用車では行けないところに働きに行かなければいけない方はたくさんおられる。あるいはまさに災害など非常時にも使われる。生活を営んでいく中で、生活を豊かにする中で本当に欠かせないクルマであると、そういう考えをどうしても広めて日本でもファンを増やしたい。そういう気持ちが私の中で強くあります。
島崎:まさに今、大切なことですね。
増田さん:パジェロのDNAのファン、ピックアップをもっと増やしたい……そういう思いで常に日本を視野にいれて開発を進めてきました。
島崎:確かに80年代から日本でもピックアップトラックを楽しむユーザーは一定数はいましたね。こてんぱんに使いこなしている人や、中には取材で靴のまま荷台に上がらせてもらろうとしたら「ワックスをかけてきたばかりなので靴を脱いでもらえますか?」なんていわれたり……。今、改めてピックアップの魅力を体験しましょうよ、ということですね。
増田さん:そういうことです。
「ピックアップってこんなに楽なんですか!」
島崎:それにしても、試乗中に走っていたら、富士山バックの写真が撮れそうなところを見つけて、その場でUターンしたのですが、とても扱いやすいと思いました。昔のピックアップとはもう世界観が違うというか。
増田さん:取り回しのよさは非常に気を遣っています。実はもともと先代でもそれが売りだったのですが、日本への投入に当たっても、道が比較的狭いところがありますから、6.2mの最小回転半径、電動パワステの軽さ、それとヒップポイントを結構高く上げて、シートハイトの調整代もかなり大きくとっています。上から見下ろして安心して走りたいというお客様にとっては、見切りのよさはすごくよくなっていると思います。
島崎:確かに気持ちのいい見晴らし感覚は実感しますね。
増田さん:試乗された皆さんに「ピックアップってこんなに楽なんですか!」と言われるので、結構考えているんですよ、とお答えしています。そのあたりはだいぶ気を遣って初期設計しています。
島崎:快適性、NVHなども昔のピックアップと比べたら隔世の感ありですよね。当たり前かも知れませんけれど。今までピックアップというと、フレームのしなりもある意味で味のひとつといった風でしたが、トライトンはまったく違う。ワールドプレミアを拝見していたときは、「でもピックアップだしなぁ、日本で乗ったらどうなのかなぁ」と心の片隅で思っていましたが……。
増田さん:乗用車として使っていただくにはそういうところを引き伸ばさないといけないというのはありましたし、たとえば海外の事例でいうと、山の麓から3時間くらいかけて標高4000mくらいの鉱山へ、寒いので着込んでヘルメットを持ちゴツいブーツを履いた大の大人5人が乗って行く。それを毎日やる。となれば、ほんの少しでも快適に、振動がなく乗り心地がいいクルマだったら皆さんもっと疲れが減るんだろうなぁと思いを馳せて開発していました。
島崎:プロユースですね。
増田さん:レジャーユースだけじゃなくて、本当に毎日仕事でクタクタになりながら使う。それとちょっとでも楽なものにしたい……そういう気持ちが強くありました。
島崎:後席の快適性は物凄くいいですよね。無理のない姿勢で座れるし、だいいちシートそのものもかなり上等で。昔の駅か医院の待合いのベンチのようだったかつてのダブルキャブの後席とは世界が違う。新型トライトンの後席に座ってみて過去最高の出来だ!と思いました。
増田さん:あ、嬉しいです。ピックアップの室内サイズはある程度限られていますし、“荷箱”はしっかり大きさを取らないといけない。乗り心地をよくするためにサスペンションのストロークだとかの領域の話もある。そうすると室内を広げるためにそのほかの部品とのせめぎ合いになり、妥協せずにミリ単位でお互いに削るようにしてパッケージを両立させるところにはかなり時間をかけましたね。
島崎:乗用とプロ仕様の差別化は大きく図られているのですか?
増田さん:日本仕様は、グローバルで5段階あるラインアップのうちの1番上と2番目なんです。タイはすべてあり、中南米、中東などは下の方が売れたりします。乗用ユースと商用ユースはわけながら用意しています。
島崎:幅広い用意があるということですね。
増田さん:あ、それと特徴的なのはデュアルユースというのも2、3割あるということです。月曜日から金曜日までは仕事に行き、週末は家族と遊びに行くという使われ方ですね。タイ、オーストラリア、マレーシア、フィリピンなどのASEAN圏に多いです。
島崎:オンもオフもフルに活用されているのですね。僕の場合は月曜から日曜まで自宅で原稿を書いているので、我が家のiMacはいってみればシングルユースですが……。
増田さん:あははは……。トライトンの場合はまさにマルチパーパスというか。
ピックアップの楽しさ、便利さを普及させたい
島崎:ところで月販計画200台に対して3月10日時点の注文台数約1700台だそうですが、今後をどう見ていらっしゃいますか?
増田さん:ピックアップの市場はまだそんなに大きくないと思っていますので、まず足がかりとして今の目標台数を達成して、そこから拡大させていきたいと考えています。ピックアップとはこういうものだとご存知ではない方はまだたくさんいらっしゃる。そこで「あ、こういう使い方があるんだ」「こういうクルマがあったらこういう使い方もできる」と相乗効果があったりとか、ピックアップの楽しさ、便利さを普及させたい……というのも私の野望です。現時点でも想定を上回るご注文をいただいていますが、徐々に広げて、市場を継続して盛り上げたいですね。
島崎:他社銘柄の逆輸入車を乗っておられる方もいて、スーパーの駐車場で隣りに停められると僕のクルマが小さくて見えなくなったりしますが、ともかくそういう方は今でもいらっしゃいますからね。今のトライトンの納期はどのくらいですか?
広報:5、6カ月くらいです。
島崎:増田さんはトライトンをずっと見てこられたのですね。
増田さん:そもそも入社当時は車両実験で、2代目、3代目パジェロをやっていました。その後アメリカ駐在を経て、先々代トライトンは当時のパジェロを含めてプロジェクトをやり、今から7年前から今の企画になりました。
島崎:今はお席は本社ですか?
増田さん:ええ、あまり本社にいないことで有名な社員でして(笑)。海外拠点に少なくとも3カ月に1度は行っていますし、岡崎の開発拠点には試験車もデザインスタジオもあり、実際にモノをみながら企画することができますので、結構な頻度で行っています。
島崎:開発メンバーの方には日本人以外の方は多いのですか?
増田さん:デザイン部門がオーストラリア、ヨーロッパ、韓国とグローバルなメンバーがおります。タイから逆駐在で日本の営業にいたりもします。日本で企画・開発している以外にも海外拠点がいろいろなところにありますので、ニーズをくみ取り我々の企画に繋げるメンバーは現地におります。
島崎:増田さんは、そういうメンバーの方々と「Let’s make the new TRITON!」とおやりになってこられたのですね。ちなみに日本では“こんなユーザーにトライトンに乗ってほしい”といったイメージはお持ちですか?
増田さん:ひとつではないのですが、私のやりたいことは、とにかくピックアップを広げたいんです。そうするといろいろな使い方、ニーズ、シーンがあるので、とくに限定するよりは、日本ではこんな使い方があるよと、情報収集しているところなんです。逆に気づきがあればおもしろいと思っておりますし、災害時とか、道路のメンテナンスでトライトンが使われて頑張っているところを見てみたいなと思っています。たとえばインドネシアのある鉱山の町でトライトンや私の担当しているクルマが8割といった町がいくつかあるんです。そういう風に社会に根ざして貢献している姿を日本でも見るのが夢ですね。
島崎:いいですね。トライトンのようなクルマが、今だからこそ社会を明るく、豊かにしてくれるように思います。どうもありがとうございました。
(特記以外の写真:島崎七生人)
※記事の内容は2024年3月時点の情報で制作しています。