話題のニューモデルであっても登場から半年も経つと記事に取り上げられる機会は減ってきます。しかし時間が経って初めてわかってくることもあるはずです。今回はホンダのミドルサイズSUV「ZR-V」について、発売後の販売状況や売れ筋情報なども含めてモータージャーナリストの島崎七生人さんがレポートします。
売れ筋はe:HEVのZ、7割がFF、人気色は白パール
今年4月に発売されたホンダZR-V。当初は半導体問題による備品供給の滞りで生産に影響はあったものの、そうした状況も「その後日々、解消の方向に向かっている」(ホンダ広報部)という。ちなみに4月の発売開始から半年あまりが経ったが、これまでの販売状況を尋ねたところ、グレードで見るとトップがe:HEV Z、FF/4WDの比率はおよそ7/3。
ボディ色ではプラチナホワイトパール(消費税込み3万8500円高)が人気で、艶やかでスタイリッシュなデザイン、走り、日常でもアウトドアでも使い勝手が良いところなどが支持されている(ホンダ広報部)とのこと。ちなみに他銘柄で比較検討されているケースで多いのは、マツダCX-5、トヨタRAV4、ハリアーなどだそう。
ちなみにこのZR-Vは北米(と中国)市場ではHR-Vと呼ばれ、現地ではそれとは別の上位機種としてもう1車種、同じシビック由来のモデルのCR-Vがある。コチラはZR-Vよりホイールベースが少し長く(ZR-V=2,655mm、北米CR-V=2,700mm)、3列シートにより7名または8名乗車が可能で、ゴルフバッグが4つ載せられるなど実用性の高さなどが特徴。価格差は5000ドル程度あり、HR-V(ZR-V)より上位に位置づけられるモデルとなっている。
第一印象のモヤモヤは2度見させるデザインにあり
ところで(日本の)ZR-Vについては、国内発売に先駆けて昨年末に媒体向けの試乗会が開催された。そこに筆者も参加する機会があり、この時に初めてZR-Vの実車と対面、試乗もした。が、正直に書かせていただくと、第一印象はややモヤモヤッとしたものだった。おそらくその主な要因はスタイルにあったのだと思う。同じSUVのヴェゼルともまた違う作風のエクステリアは、メッキ過多、キャラクターライン過多だった以前のホンダのデザインと較べれば遥かにサッパリとしておりその点では好感が持てた。が、パッと見てマセラティを思わす顔つき、何となくポルシェに寄せたようなリアクォーターまわりなど、これがホンダのデザインスタジオから生まれたクルマだと言われても、即座に納得しきれないモヤモヤがあった。
ツカミの部分でコチラの気持ちが惹きつけられなかった……というべきか。なお試乗会のプレゼン時に機種開発責任者の小野修一LPLからあった話は「“神経直結の走りと2度見させるデザイン”をぜひ味わってほしい」ということ。確かに「どこのクルマ?」と確認したくなるから2度見するかも……などというといささか口が悪いが、ともかく初対面でのZR-Vは、ホンダ車としてはかなりヒネリの効いたクルマに感じたのだった。
仕立てのいいカジュアルウェアのようなクルマ
が、過日3泊4日ほどだったが改めて試乗する機会があり、実車に接してみると、「なるほどそういうクルマなのか」と納得させられた。ZR-Vはどうやら乗るほどにその良さがわかる“ジワるクルマ”のようだからだ。借り出したグレードはまさに売れ筋のe:HEV ZのFF、389万9500円の全国メーカー希望小売価格という仕様だった(ディーラーオプションの3カメラドライブレコーダーとフロアマットを装備した状態)。ボディ色はミッドナイトブルービームメタリック(3万8500円のオプション)と呼ぶ、一見するとオーソドックスだが、陽が当たると艶やかなブルーが立つ色だった。
そして乗り始めて実感できたのは、ZR-Vは普段使いでも気取らず、気負わずに乗れる、仕立てのいいカジュアルウェアのようなクルマだ、ということ。SUVではあるが、運転姿勢はアップライト過ぎず、ベースのシビックより僅かに身体が持ち上がった程度だがから、セダンからの乗り換えでもまったく無理はなさそう。
車両感覚を掴みやすい視界、空調スイッチが3つの物理ダイヤルで直感的
その上でここ最近のホンダ車の美点でAピラーが手前に引かれ車両感覚の掴みやすい視界が運転、取り回しの良さに貢献。それと運転席からフードが見渡せるのも安心感の高さに繋がっており、左右が少し盛り上がりフード中央部分が凹んだ“景色”が往年のプレリュード(リトラクタブルライトの1、2世代)を連想し筆者は思わずホロリと来たのだが、これはもしや、そういう世代にササるようにした仕掛けのひとつか?
インパネは現行シビック同様の水平基調の好ましいデザイン。直感的に操作したい空調スイッチが3つの物理ダイヤルなのは何よりもありがたい。操作系では任意シフトを行なうパドルが金属製というのはホンダらしいこだわり。そのほか全体にCMF(色・素材・仕上げ)のコントロールが行き届いており、上質な仕上げレベルが味わえる。
角度調整が欲しいリアシート、ラゲッジルームのフックは小さすぎる
他方で後席はドア開口が大きくサイドシルも低めで乗降性は問題なし。レッグスペースも十分。ただ座面が低めで背もたれがやや寝ており、これは角度調節があるとなおいい。また寝かされた姿勢で天井を仰ぎ見ると、天井のLEDランプの強く鋭い光が目に飛び込んでくるのは少し気になった。
ラゲッジルームは奥行き、容量など十二分。ただしサイドウォールに備わるフック(耐荷重3kg)はいかにも小さく、フック部分の隙間も指先が入らないほどの狭さで、手持ちのエコバッグはもちろん利用不可、スーパーの有料レジ袋も取っ手部分を懸命に潰しながらやっとかけられる……そんな感じだった。100円ショップで見かけるS字フックを介して使えば利用可になるとは思うが……。
低速時はスムースでトルクフル、速度を上げるとコンベンショナルなガソリン車のようなキレ味のいいパワー感
肝心の走りは、なるほどLPLの“神経直結”の言葉を思い出させるものだった。とくにステアリングレスポンス、コーナリング時などの挙動は、限りなくシビックに近いものがあり、気持ちよくスパッとしている。乗り心地もまさにシビックそのものだが、SUVという前提でいうと、低速走行時によりゆったりとした乗り味ならなおいいといったところか。
動力性能はとにかくe:HEVの制御が的確、かつ洗練されたものであるため、低速時はスムースでトルクフルな上、速度を上げるとホンダのコンベンショナルなガソリン車のようなキレ味のいいパワー感が実感できる。しかも試乗時にディスプレイの“始動後平均燃費”の表示を見ていると、カタログのWLTCモード燃費(22.1km/ℓ)にほとんど匹敵する数値が表示されていることも確認できた。
ZR-Vのトータルバランスの高さは見逃せない
改めて試乗してみて、前のほうで書いたモヤモヤッとした思いはほとんど解消した。個人的にはホンダのSUVでいうとカジュアルなヴェゼルはかねてから好感を持っている1台ではある。が、爽快な走りと控えめながら落ち着いたスタイル、質感の高いインテリア、普段使いにも苦にならないサイズ感など、ZR-Vのトータルバランスの高さは見逃せないと思う。
(写真:島崎 七生人)
※記事の内容は2023年10月時点の情報で制作しています。