その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第62回はいよいよ正式発表となった新型ホンダN-BOXの走り編です。事前に開催された試乗会の現場で、本田技研工業株式会社 四輪事業本部 四輪開発センターに所属する、車体研究開発責任者の比嘉 良寛(ひが・よしひろ)さん、トランスミッション研究開発担当の鹿子木 健(かのこぎ・けん)さん、パワーユニット開発責任者の秋山佳寛(あきやま・よしひろ)さんの3人の開発者に話を伺いました。
乗り心地の改善は工場でのサスペンションの組み付けに秘密が
島崎:比嘉さんのご担当はどんなところになりますか?
比嘉さん:テスト領域の責任者をやっています。ボディ剛性を乗って評価したり、サスペンション、ブレーキ領域の評価などをやっています。
島崎:先代もドライバビリティに関しては、物凄く質感が高いなぁと思わされましたが、新型はさらにその上を行っている、と?
比嘉さん:そうですね。時代進化分取り込んで、いってます!
島崎:ほほう。軽自動車というとコストの制約などがことさらあると思いますが、その中で何ができたのですか?
比嘉さん:部品とか新しいタマは、コストの制約上なかなか入れられません。そこで工場での作り方で工夫をするといったことをしました。
島崎:たとえばどのようなことを?
比嘉さん:今回でいうと、工場でのサスペンションの組み付けのやりかたを改良して、より質感を高める取り組みをしました。
島崎:乗り心地の質感を高める? 工場の組み付けのしかたを改良した? それは何をどうしたことで何が変わったのですか?
比嘉さん:えーと、あの……。
島崎:差し支えなければせひ教えてください!
比嘉さん:あの、サスペンションのブッシュですが、今までの弊社の設定では人が乗った若干プリロードがかかった状態で、つまりサスペンションが伸びたがる状態で組み付けていました。
島崎:つまりブッシュがたわんだ状態で組み付けられていた?
比嘉さん:はい。なのでそこを、人が乗った時に反力がニュートラルになるような組み付けに変えています。
島崎:ニュートラルとはどの状態と考えればいいのですか?
比嘉さん:そこはちょっとノウハウになるのですが、実際の走行シーンを想定して、それなりのところで締める、みたいな……。私は先代も担当していましたが、もともとフリクションはできるだけなくしてサスペンションは好きなように動かすように作り込んで、最後はダンパーで止める、そういうことはやっていました。今回はブッシュのプリロード分を取ることでよりサスペンションがスムースに動く、そういう改良を行なっています。
何人乗った状態に合わせるかがノウハウ
島崎:ははあ。その設定は何名乗車の想定なのですか?
比嘉さん:はあ、そこがノウハウでして……。
島崎:通常の使い方ということ、ですよね?
比嘉さん:軽自動車で日常的に何人乗って走っていますか?という統計をとった数字を元に設定しています。1番多いシーン……。
島崎:僕はフリーランスで平日に家内がスーパーへ買い物に行くのにいつも付き合わされていますが、N-BOXに限らず他社銘柄でも、統計の数字どおりに、主婦の方が1人で乗ってくるのが1番多いパターンですよね。
比嘉さん:1番多いシーンを統計で出して、ここに定めましょう……と。
島崎:実勢に合わせたということですね、よくわかりました。その設定の考え方は今回が初めてですか?
比嘉さん:弊社でいうとフィットぐらいから、その考え方を入れてきています。
島崎:それまでは違ったのですか?
比嘉さん:それまでは空車でクルマを置いていた時を基準としていました。実は先代でコストのない中で基本は作り込んでいて、戦闘力はまだあるとは思っていましたが、今回は部品としては変なくても、やれることが増えているので、工場に協力してもらい今度の取り組みはしました。
島崎:軽自動車のような小さなクルマでは、乗車人数による荷重の変化は大きいですよね。
比嘉さん:そこは1、2名乗車で合わせて、フル乗車にして問題ないか確認しています。
ガチガチに固めず、必要最低限の減衰力で止める
島崎:ノーマルとカスタムの差はつけているのですか?
比嘉さん:狙いは一緒です。14インチと15インチのタイヤの差を吸収するための微妙なチューニングをダンパーでしました。
島崎:ダンパーで?
比嘉さん:足自体はどちらも動かす足で、ダンパーで余分な動きはさせない。ガチガチに固めず、必要最低限の減衰力で止める。ノーマルのダンパーは従来と同じですが、カスタムは15インチ専用にしました。
島崎:それはノーマルとはどう違いますか?
比嘉さん:15インチ用は力が出やすいので、切り出しのロールでコテッとしないよう、切ったなりにジワッとくるよう、先にロールが進行しないよう、ピストンスピードのゆっくりしたところの減衰力を上げました。本当に微妙にオリフィスの径をコンマ1mm縮めるといった差でしかないのですが。
島崎:まさに目に見えないほどの。
比嘉さん:触らなくてもいいんじゃないか、といった声もあったのですが、そこはちゃんとしたものをお届けしたいのでやりました。それとバネとスタビは15インチは強化してタイヤに合わせています。
助手席やリア席の同乗者のために雑味をなくした
島崎:今回のCVTは新しいのですか?
鹿子木さん:ハード的にはまったく変わっておりません。
島崎:では新型での違い、進化はどこにあるのでしょう?
鹿子木さん:変速の制御がメインで、とくに雑味、たとえば走行中にアクセルを踏んでまたクルーズに戻したい時に、ドライバーが意図しているような変速、前後Gに不快な変化がないようにブラッシュアップしました。
島崎:スムースということですね。
鹿子木さん:ドライバーは自分で意図して操作しているのでわかりにくいですが、助手席やリア席の同乗者にとっては意図しない動きになるので……。
島崎:受け身ですからね。
鹿子木さん:ドライバーは予測できますが、同乗者の方は予測ができず動きがダイレクトに伝わる。そのへんを細かくやることで雑味をなくしました。
島崎:雑味をなくすことは大事なんですね。
鹿子木さん:はい。ステアリングでいうと、EPSの制御ですが、従来の舵角をモーターに流れる電流値を読み取りながら予測制御していた方式から、VSAの舵角センサーから信号をとる誤差のないダイレクト制御に変更。このことで応答遅れのない、スッスッと切れるステアリングにしました。
島崎:モーターはどこに付いていますか?
鹿子木さん:ステアリングコラムです。軽自動車の場合はエンジンルームが狭いですからコンパクトに作れるのでコラムとしています。
CVTのセッティングは、やろうと思えば1rpm刻みでもできる
島崎:CVTは当然ながら効率のいい設計で、余分な振動なども出さないようになっているのでしょうね。
鹿子木さん:美味しいところ、CVTなので無段変速で変速段はどこにでもセッティングで変えられます。たとえば振動領域を外したマップも作れます。N-BOXでは先代からエンジンがロングストロークになりまして、低回転・高負荷のほうがエンジンとしては効率がいい。ただそれでは振動が出やすいので、CVTのマッピングであまりエンジン回転を下げ過ぎないようにしたりしています。
島崎:今、自分では2気筒ツインエアのフィアット500に乗っているのですが、どうしても逃げられない振動領域は日頃から実感しています。
鹿子木さん:有段変速だと、どうしても高すぎる、低過ぎるとなり、そこはどうしようもありません。CVTの場合はそこをコンマ5、コンマ3、コンマ1と狙えます。我々のセッティングでは10rpm刻み、やろうと思えば1rpm刻みでもできます。
島崎:それで快適なドライバビリティが実現できるのですね、ツインエア+デュアロジックのユーザーとして、とても羨ましいです。
鹿子木さん:それと車速とともにエンジン回転がリニアに上がっていくというところはこだわっています。
島崎:NAとターボでCVTのセッティングはどういう違いがあるのですか?
鹿子木さん:考え方は一緒です。ただ当然エンジンが違いますから、回転数、アクセル開度、全体的なマップに対しての割り付けは変えています。トランスミッションとしてはモノはまったく一緒ですが、数字的にいうとまったく違います。
島崎:それぞれ、よりスムースな運転が可能になっているのですね。
鹿子木さん:プロスマテック制御の勾配を検知するとマップを変える制御も精度を上げ、平坦から坂道に入った時にも勾配判定をしっかりとさせるなど、セッティングの領域でも細かく見直しています。
開発の現場は、いわば玉突き事故のようなもの
秋山さん:N-BOXは総合力の高いクルマと認識しています。走り、動力性能でもそれは同じです。人が乗って「ん?」「あれ?」と感じる部分は大事なので、それをいかに取り払うか。車体や、パワープラントの領域では、そうした課題を突き合わせながら、1台分を仕上げてきたのが新型N-BOXです。
島崎:なるほど。
秋山さん:ノーマルとカスタムがありますが、どちらにしても、基本となるベースがしっかりしているかどうかが信頼性にも起因する。ですからN-BOXとしてはそこを大切に考えています。
島崎:基本、ベースですね。
秋山さん:走る、曲がる、止まる。ちょっとした違和感はできる限り取り払いたい。今回の進化の方向はそこにあります。
島崎:全体のバランスを取るのは、なかなか大変でしょうね。
秋山さん:開発の現場は、私は玉突き事故のようなものと思っているんです。1つ何かを変えると、今度は目立ってなかったものが目立ち始めるのはよくあること。先代量産品が成り立っていても、何かポテンシャルを上げたいよねと何かやり始めた瞬間に、別の何かが目立ち始める。なので追従して全体でボトムアップしていかないとバランスが崩れてしまう。そういうことが必ず起きる。
島崎:絶えず仕事をしていなければいけない訳ですね。
iPhoneのようにキチンと仕上げたい
秋山さん:たとえばiPhoneはベースがしっかりしているからこそ皆さんからの信頼を得られていて、日本では半数以上のシェアをとっている。もちろん年次でアップもしている。基本のプラットフォーム、使い勝手で大丈夫だよねと信頼を勝ち取っている。N-BOXもこれだけお客様に受け入れられて、日本の軽自動車が4割という中でトップであるからには王道はキチンと仕上げておきたいという思いはあります。
島崎:新型は「ん?」はないと。
秋山さん:当然、各社のクルマで味付け、方向性の違いはあります。そこで、我々ホンダとしてはこういう味付けだよねというすり合わせはかなりやってきました。
島崎:その仰る“こういう味付け”とはどういうことでしょう?
秋山さん:たとえばパワープラントの制御でいうと、CVTであれば無段変速であっても、制御上のデータでは、加速の場合、減速の場合などどこかで持ち分けます。その移行のしかたで違和感や段差があるねということがなく、雑味を排除するところはかなり気を遣っています。
島崎:その味付けは、やはりエンジニアの方の、人の感覚になるわけですよね?
秋山さん:そうですね。人の感覚は大切にしています。人って実は凄くて、データに出てこないところも感じ取れる。データ上は線が重なっていてぜんぜん差がわからないけれど、人が乗ると必ず差があるよね、となる。人の感覚を大事にしているのがホンダという会社かなぁと思っています。
(写真:島崎 七生人、ホンダ)
※記事の内容は2023年10月時点の情報で制作しています。