その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第55回は前回に続いて日本一売れているクルマ「ホンダN-BOX」の3代目モデルです。その外観デザインとインテリアデザインを細かい点まで根掘り葉掘り聞き出しました。外観は株式会社本田技術研究所 オートモビルセンター デザイン室 プロダクトデザインスタジオ デザイナーの小向 貴大(こむかい・たかひろ)さんに、インテリアは株式会社本田技術研究所 デザインセンター オートモビルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオ スタッフエンジニア デザイナーの藤原名美(ふじわら・なみ)さんに、それぞれお話を伺いました。
軽自動車のデザインはある意味、やり甲斐がある
島崎:小向さんは、今までにN-BOXは担当されてこられたんでしたっけ?
小向さん:いや、今回のモデルで初めてです。
島崎:軽自動車は?
小向さん:初めてです。以前、島崎さんにお会いしたのはフィットRSの時だっと思います。
島崎:そうでした。ところで登録車をデザインする時と何か根本的に違うことはあるのですか?
小向さん:やはり寸法が決まっていますので、いかにデザイン代(しろ)を上手く使うかに尽きます。ある意味で、やり甲斐がありますけれど。
島崎:登録車の手法、センスを生かすことで、既存の軽自動車にはないクルマになったりもするんだろうなぁ……とも想像しますが。
小向さん:寸法が決まっていても、そうでなくても、求めているスタンスのよさとか全体のシルエット、骨格を大事にするという点は登録車も軽自動車も変わりませんので、それをどう表現するか、ですね。
ボディが分厚く見える比率は初代から守っている
島崎:新型の説明のなかにも“しっかりとした骨格”というお話がありましたが、N-BOXは初代からそうでしたが、プレーンな面質の中にしっかりとした骨格が見えるクルマでしたよね。
小向さん:そうですね、感じていただいていてありがたいです。N-BOXも3代目となりますので、“N-BOXらしさ”は大事にしていかないといけない、と。たとえばサイドパネルとボディとガラスの天地の比率ですが、ボディが分厚く見えるところは初代から守っています。
島崎:ああ、サイドから見た時のお話ですね。
小向さん:ボディが分厚いことによる安全、安心なところです。
島崎:フロントガラスを含めてガラスは?
小向さん:実を言いますとフロントガラスは従来型とは共用なんです。
島崎:やはり!その後ろのガラスも?
小向:はい、基本的にキャビンのガラスはスライドドアのガラスまでは従来型と共用しています。リアクォーターのガラスについては、デザインで構造体をしっかりと見せたかったので、トリムラインを変更しています。それとリアも、コンビランプが変わっていますので、ガラスは変えています。
先代よりシンプルに見せたかった
島崎:とはいえ、やはりN-BOXらしい感じのよさがありますね。
小向さん:ありがとうございます。先代に対してシンプルに見せたかったこともあり、従来はショルダーラインに強い張り出しがありましたが、今回の新型ではボディと一体化させ、ルーフから下端まで大きな1面で、大きなカタマリに見せて、強いデザインを実現しています。
島崎:なるほど、どちらかというと初代を思わすような感じですね。でも、全体を1面にするのは難しいんじゃないですか?
小向さん:そうですね。軽自動車でそれをやるとどうしてもペタペタになってしまったり、商用車っぽく見えてしまったりする。そのために、フラットに見えて実は3次元的な面の調整をやっているんです。
島崎:なるほど、面にテンションを持たせているという訳ですね。それと“カドR”も心地いいですね。
小向さん:インテリアでも“カドマルシカク”は言っていますが、エクステリアでも用いて、内外でコーディネートさせています。
カスタムはオラオラと威圧感ではなく
島崎:カスタムについては“誇り”がテーマだそうで。
小向さん:はい。なので、今までのカスタムはオラオラと威圧感があったのですが、そういうのではなく、メッキもアクセントとして入れることによってデザインしています。
島崎:改めて伺うと、ユーザー層は上は50〜60歳台と、ずいぶん幅広いんですね。僕もその年代ですけど。
小向さん:そうなんです。今回はベーシックグレードのファッションスタイルというパッケージも用意しまして、よりいろいろなお客様に選んでいただけるように、バリエーションも増やしています。
島崎:ノーマル車の丸型ヘッドライトが人間の瞳だというお話も面白いですが、グリルも最近の家電のイメージだとか?
小向さん:最近のお洒落な日常家電を参考に丸穴を使って雰囲気を出すのと同時に、丸穴でグリル部分にボディ色をしっかり残すことで、強い張りとカドマルシカクをしっかり見せるようにしました。
並べて較べるとぜんぜん違うクルマに見える
島崎:エンジンフードのパーティングラインから繋がるプレスラインを、そのままドアハンドルの高さで通してリアクォーターウインドゥに沿ってハネ上がっていくところなど、アクセントになっていますね。
小向さん:ただズルンと繋ぐのではなく、上に向かって回すなどしてカドマルシカクの造形を強調するアクセントにしています。
島崎:D社のT車が、N-BOXにデザインを一時、寄せてきましたが、やはりシンプルでクッキリとした佇まいはN-BOXならではですね。それと下回りは安定感をもたせるデザインだ、と?
小向さん:はい、そのためにホイールアーチは1度凹ませてから出しています。
島崎:先代に対して、変わっていないようで変わっている……といっても差し支えないですか?
小向さん:先代からいいところはそのまま使いながら、よりシンプルに洗練させていくというところに注力しました。パッと見ると同じに感じるかもしれませんが、並べて較べるとぜんぜん違うクルマに見えます。
島崎:標準車の丸いヘッドランプも、瞳だと言われると、確かに誰かに見られているような気がしてきますね。
小向さん:ははは。しっかりと前を見据えた目に見せてあげることで安心感を出し、上下で切れている“まぶたの隠れ量”で、ただの真ん丸ではなく、しっかりと表情を感じさせるものにしています。真ん丸の目の回りのリングの部分はDRL(編集部注:デイタイムランニングライト)とポジションとターンの3つの機能を兼ね備えていて、どの機能でもこのリングで見えるように狙いました。
島崎:一方のカスタムのデザイン上のポイントはどこですか?
小向さん:やはり顔まわりで、グリル上部の中央から光るライトを採用し、夜間になると車幅いっぱいにワイドに光って見えるようになっています。
島崎:グリルのデザインは?
小向:カスタムのコーディネートスタイルではダーククロームメッキを採用し、ドアハンドルとリヤのライセンスプレートガーニッシュも同じになっています。
“お洒落ラクラクフォン”みたいな感じ
島崎:ここからはインテリアご担当の藤原さんにお伺いします。今どきの伺い方ですが、インテリアの“推し”というとどこですか?
藤原さん:自然と安心して過ごせる、気づいたら「あれ、運転が上手くなったかなぁ」と思えるようなインテリアにしました。そのために中をスッキリさせて、後方視界も見える部分を増やしました。意匠的にも線が整っていることで、普段からノンストレスに運転できる点がこだわったところです。
島崎:ガラスは基本キャリーオーバーということだそうですが、その中で視界は良くできたのですか?
藤原さん:そうです。そのことで言いますと、メーターが従来はアウトホイールだったため、小柄な女性だとメーターがステアリングに隠れがちに……ということがありました。今回はインホイールにし、メーター自体もTFTを採用し手前に置いて大きく見えるようにもしました。
島崎:メーターはかなりスッキリしたデザインですね。
藤原さん:TFTの中の表示はスッキリさせました。自車表示も大きくユーザーの方によりわかりやすくしてあります。“お洒落ラクラクフォン”みたいな感じで、メッチャ見やすい、みたいな。
N-BOXの1番の売りはパッケージング
島崎:きっと中身はそうそう変わらない中で見た目はずいぶん変わっている。きっといろいろご苦労がおありだったのでは?
藤原さん:そーなんです。とくに安全装備は年次を追うごとに基準が上がっていくのですが、たとえばライニングまわりもだんだん出っ張ってきます。が、王者のN-BOXの1番の売りはパッケージングなので、ミリ単位で頑張ってやりました。リヤ席の肩口の部分も中身のハーネスなどを整理してドーンと凹ませて、トータルで500mm拡大させました。
島崎:シートポジションは?
藤原さん:変わっていませんが、シート自体はクッションの沈み込み量をコントロールしまして、長距離でも疲れにくいものにしました。
島崎:トリムのシボも新しいんですね。
藤原さん:家の壁紙のようなシボにして……。
島崎:まさに家の中で過ごしているような。
藤原さん:馴染んでいただけるように。内装でリビングを謳ったクルマは今までもありましたが、シボまでリビングにしたのはなかったと思います。
島﨑:シボまでリビングにしたのはなかった……確かにそうですね。どうもありがとうございました。
(写真:編集部、ホンダ)
※記事の内容は2023年8月時点の情報で制作しています。