その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第33回はスバル初の電気自動車(EV)として登場した「スバルソルテラ」です。トヨタbZ4Xとの共同開発で生まれたソルテラについて、株式会社SUBARU 技術本部 CTO室 EV開発統括 担当の平井 啓太(ひらい・けいた)さんと、トヨタ自動車株式会社 パワートレーンカンパニー 電動パワトレ開発統括部 主任の尾畑 俊輔(おばた・しゅんすけ)さん(SUBARUから出向中)に話を伺いました。
最後の最後、味付けの部分だけが異なる
島崎:試乗車はソルテラのAWD車でしたが、いいクルマですね。
平井さん/尾畑さん:ありがとうございます。
島崎:試乗車はパスワードみたいな車名のbZ4Xとソルテラの2台でしたが、ソルテラには軽井沢を出発して長瀞までの一般道とワインディング路がメインのコースで試乗しました。乗った印象をお伝えして“答え合わせ”してもいいのですが、やはりまず、ソルテラとbZ4Xの違いを伺いたいです。
平井さん:はい。
島崎:思いの違いとか、2車で実際にどこが違っているのか、教えていただけますか。
平井さん:基本の部分、骨格の部分はほとんど一緒です。最後の最後、味付けの部分だけが異なる……そんな形になっています。
島崎:ほうほう。ではパーツのあるなし、違いではなくて?
平井さん:ええ。具体的に違うところは、ハンドリングの部分で、バネ、スタビライザーは一緒で、ダンパーのセッティングを変えています。やりたかったこととして、操安と乗り心地のベストバランスを目指したかったのはSUBARUもトヨタも一緒でしたが、ここだと決めた打点は異なっています。SUBARUに関してはハンドリング寄りになっており、目指した動きとしては連続性、自然さでした。ロールの動きにしても、クラッとしてしまって奥で止められるような不連続な動きではなく、スーッときれいに自然で連続性のある動きを求めました。
島崎:わかりやすいです。
平井さん:それを実現するためにダンパーの縮み側の減衰力を少し高めています。
島崎:そうですか。
乗り心地のよさという考え方の違いが、ソルテラとbZ4Xの差になっている
平井さん:もうひとつの狙いとしては、SUBARUは従来からAWDの制御、安定性にすごくこだわってきました。そこでリアのスタビリティを高めるために、前後のバランスでややリアを強めるようにし、フロントは少しやわらかめにしてあり、そこもbZ4Xと差を付けている部分です。
島崎:その前後のバランスというのはダンパーのセッティングのお話ですね?
平井さん:そうです。動きの連続性とリアのスタビリティは、我々SUBARUとしてこだわった部分で、従来のSUBARU車と同じ考え方です。トヨタは少しコンフォートなほうに寄せていて、お互いにハンドリングと乗り心地のベストバランスを目指している点では同じです。が、乗り心地がいいってどういうことだろう?というところについては両者に差があり、たとえば我々SUBARUは、多少ショックが入ってきてもそれが尾をひかずにスッキリと収まるところを乗り心地がよいと考えていますが、トヨタは一発の入力を抑えていくことで乗り心地のよさを確保している。
島崎:ひと口に乗り心地がいいといっても、考え方はさまざまですね。
平井さん:ええ。ただ我々もハンドリングを優先するために乗り心地を犠牲にしました……ということはまったくなく、乗り心地のよさという考え方の違いが、ソルテラとbZ4Xの差になっていると思います。
島崎:お二方とも、BRZはご担当なさってはいないんですね?
平井さん/尾畑さん:はい、直接、開発には関わってはいないです。
島崎:いえ、そう伺ったのは、まさに走りにこだわるスポーツカーのBRZとGR 86とは異なり、ソルテラとbZ4Xにはこと走りの違いはないんじゃないか?と漠然と思っていました。でも比較試乗してみると、ずいぶん差があることがわかります。味の違いがしっかりと出ているなあ、と。
AWDはしっかりと走りをお楽しみいただきたい
尾畑さん:パワートレーンの機能で言いましても、ソルテラのAWDに関しまして、ドライブモードセレクトの3モードがあり、1番上に“パワーモード”を設定しています。bZ4Xはノーマル/エコの2モードです。それとパドルシフトもソルテラのAWDのみの設定となっておりまして、SUBARUとしてはFFと分けて、AWDはしっかりと走りをお楽しみいただきたいということで、ここは開発当初からSUBARUの方針として固まっていた部分でした。
島崎:ほかのSUBARU車と同じということですね。
尾畑さん:はい。きょうの試乗は軽井沢の下り中心のワインディングということで、まさにSUBARU側のよさが出るシーンで乗っていただけたのかなぁと思います。
島崎:まさによさが実感できました。
尾畑さん:一方で、高速、街乗りで試乗されたbZ4Xは、道路の継ぎ目、段差をキレイに吸収できるところなど、よさが見えやすい環境で乗っていただけたと思います。
島崎:あ、bZ4Xへの気配りをありがとうございます。実は試乗ではクルマを次の方に渡すに当たって“バッテリーは200km以上残した状態で返すように”とのことだったので、山からの下りだったこともあり、パワーモードは一瞬だけ試しただけで、ひたすら回生を心がけながら試乗しました。でもそういう走り方でもソルテラにパワーの不満はまったく感じないばかりか、安心して走らせていられるクルマだということがよくわかりました。途中で撮影も兼ねて充電もしましたし。で、2台目の試乗車だったbZ4Xはバッテリー残量が少なくて、何だかなぁ、前に誰が乗っていたんだよぉと思ったのはここだけの話ですが……。
平井さん/尾畑さん:あははは。
タイヤメーカーから「こんなに高い目標性能でやるの!?」と言われた
島崎:それとタイヤが物凄くいいですね。装着されていたのはBSのALENZA 001とありましたが、とにかくロードノイズ、パターンノイズがまったく気にならない静かさですし、乗り心地もよく、それでいながらケース剛性、タイヤの感触はちゃんと伝わってきます。あのタイヤは専用開発なのですか?
平井さん:今回は18インチと20インチの設定がありまして、どちらも専用開発です。18インチは航続距離優先の低転がり性能を最重視し、20インチはEVとして必要な低転がりはキープしつつも、18インチよりも走りに振っています。今回は全グレード、全タイヤで空気圧は前後ともに260kPaとし、従来のSUBARU、トヨタ車よりも少し高めの設定。これは航続距離のためでもあるのですが、この260kPaで使うことを前提にタイヤの剛性などを見てきました。ICE車では燃費を稼ぐために高内圧にしますが、そうではなく、この空気圧でしっかりと性能が出せるように開発したものです。
島崎:お話を伺ったから言う訳ではありませんが、260kPaとは思えないしなやかさ、快適性ですね。その上で、クルマと完全に一体となったスペックのタイヤだなぁと感じました。
平井さん:ありがとうございます。今回18インチはBSまたはヨコハマ、20インチはBSかダンロップとありますが、いずれのタイヤでも性能差はほとんどありません。開発段階では、どのタイヤメーカーからも「こんなに高い目標性能でやるの!?」と言われました。
島崎:そうなんですね。
平井さん:実はトヨタの他の車種の担当者からも「そんな高い目標で本当にできるの?」と言われたほどでした。とんでもない目標を出してきたぞ!と言われながらの開発でしたが、EVとはいえ、転がり抵抗以外の他の性能も犠牲にはしたくなかった。非常に高いレベルのタイヤができたと自負しています。
島崎:素晴らしいですね。タイヤに関してはソルテラとbZ4Xではスペックに違いがあるのですか?
平井さん:それはまったくありません。同じタイヤが装着されています。
ソルテラは「フルタイム4駆」
島崎:ところで尾畑さんの原籍はSUBARUですが、開発でトヨタに出向されて、そのお立場でSUBARUとトヨタの違いを何か感じましたか?
尾畑さん:トヨタは“電費”を非常に重要視していて、いろいろなアイテムでのアプローチがありますが、たとえば4輪駆動同士の比較でいうと、同じユニットを使いながらも、トヨタは、高速のストレートであまりトルクが必要ない場合など特定のシチュエーションでリア側のモーターを止める制御をやっています。一方でSUBARUはその制御は行なっていません。理由はフルタイム4駆ということで、咄嗟にリアのトラクションが欲しいシチュエーションでレスポンスよくトルクを出せるようにするためで、リアは常に“起こして”おく。ごく僅かな時間の遅れでも発生しないようにとのこだわりですが、そうしました。
島崎:そのセッティングをトヨタ側が「ウチもそうしよう」とはならなかったのですか?
尾畑さん:いろいろなアイテムに対して、お互いに要る、要らないを判断するプロセスがあり、そこは両社の求めるキャラクター、ひいてはそれぞれのお客様のニーズを考えながらひとつひとつ判断していくことになります。SUBARUは走って楽しいかどうか?トヨタは電費に対してどれだけ費用対効果があるか?着眼点としてよくポイントになるのは、そういうところです。
島崎:なるほど、カタログのWLTCモードの数字がソルテラとbZ4Xでは少しずつ違っているのは、そういうことなのですね。ほかにソルテラとbZ4Xで何か違うところはありますか?
平井さん:エクステリアデザインの差などはありますが、走りの部分でいうと、ドライブモードとパドルの話、ダンパー、それとAWD車でFFの瞬間があるか常時4駆かという、大きく3つの差がある程度です。
この領域はトヨタ、こちらはSUBARUといった明確な区分けはない
島崎:そもそも今回のプロジェクトは、SUBARUとトヨタの役割分担、主従といったことなど、決まっていたのでしたっけ?
平井さん:今回はトヨタZEVファクトリーという新組織を立ち上げて開発しました。ここにSUBARUのメンバーが出向し、トヨタ側からも各領域のメンバーが集まり、イーブンな関係での共同開発でした。この領域はトヨタ、こちらはSUBARUといった明確な区分けはなく、どの領域も両社のZEVファクトリーのメンバーがやっている……そういう形でした。
島崎:パワートレーンの設計はSUBARU、ボディや装備はトヨタ……そんな分担でやりとりをしながらの作業ではなかったのですね。
平井さん:差別化はまったく目的にはしていません。一緒にいいものを作ろうよ、と最後までやってきた。その中でお客様から見れば少し差もないと……ということで、エクステリアとか走りの味付けに差をつけているとご理解いただけるといいと思います。
SUBARUらしさって何だろう?
島崎:運転席に座り、三角窓あたりのドアの造りなどSUBARUっぽいなと思ったりもしますが、両社で役割分担を決めていた訳ではない、と?
平井さん:両社のメンバーが集まり、どういうクルマをつくろうか?お互いにどういうところにこだわっているんだ?と、まずどういう企画にし、性能目標はどういうところに置こうか……というところには本当に両社で議論をしました。たとえば仰っていただいた窓の部分などは、SUBARUは視界にこだわっているのでSUBARUバッジのクルマで出す以上、そこは絶対に譲れない……といったことがありました。
尾畑さん:両社こだわりたいこと、やりたいことはしっかりと出し切った上で「ああ、いいじゃないか」となれば統一されますし、いいと思うものが形として違えばそこは仕様を分けて、無理に相手側を引きずり込むようなことはしない……そんな開発でした。
島崎:BRZとGR 86の開発の時のお話もお聞きしたことがありますが、お互いに尊重しあってジェントルに仕事に臨まれている感じですね。
平井さん:こういった共同開発車では、我々は当たり前にやってきてお客様にも受け入れられてきたこと、SUBARUらしさって何だろう?ということにすごく気付かされます。SUBARUのどのクルマに乗っていただいても同じように感じられる味付けにしているつもりですが、それがどういう構造によるものなのかと数値化すると、共通点があるかどうか、より明確にでき、自分たちでも理解し直すことができた。我々はどういうクルマを作ってきたんだっけ?と基本的な考え方を改めて認識できたのかなぁ、とも思います。
島崎:いいお話をたくさん、どうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人、SUBARU)
※記事の内容は2022年5月時点の情報で制作しています。