その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第32回は電気自動車(EV)SUVの「日産アリア」です。2020年7月の発表から2年弱、ついに発売となるEVのフラッグシップについて、日産自動車株式会社 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第四プロジェクト統括グループ 車両開発主管の中嶋 光(なかじま・ひかる)さんに話を伺いました。
発売まで2年近くもの時間がかかった理由
島崎:4月4日の発表で標準車の発売が5月12日とお聞きしましたが、これほど、しかも何度も予定が延期になるようなことは、きっとこれまでにはなかったですよね?
中嶋さん:はい。仰るとおりで、2年前にワールドプレミアをやらせていただいて……。
島崎:もう2年前になりますかぁ。
中嶋さん:そうなんですよ。2020年の7月でした。実はコロナは2020年3月くらいから猛威を振るい始めたのですが、本来なら東京オリンピックが7月に開催されるはずで、我々もそこにめがけてワールドプレミアを考えて、クルマも準備していました。あれだけのビッグイベントが日本であるときに、日本のEVの技術を広く皆さんに知っていただきたい。そのためのイベントを起こすんだ、と。
島崎:けれど残念ながら……。
中嶋さん:20年のオリンピックが飛んでしまって、じゃあどうしようという話もありました。でも、せっかく我々が作ってきた技術を皆さんに見ていただきたい。あの時期に本当にやるのか?といった声もありましたが、何とかやらせていただきました。
島崎:そうでしたか。
中嶋さん:ただあの時は、工場側も含めて量産の確認、準備はまだでした。開発はほぼほぼ終わり、形もほぼほぼでき、試作の状態で……そこからコロナに突入してしまった。本来なら量産に入りそのクルマで実験をしたり、モノの状態でアリアを確認していくべき段階。辛い時期にコロナが来てしまった……そんな状態でした。
島崎:大変でしたね。
中嶋さん:モノ作りの行為が難しくなりましたね。開発はやはりモノを確認してナンボのところがあるので、それが上手くできない、期間がかかってしまったというのはありましたね。
アリアは半導体のオバケみたいなクルマ
島崎:本来であれば?
中嶋さん:本来であれば立ち上げまで1年くらいのはずですが1年9ヵ月くらいかかりました。しかも最後の最後、量産を立ち上げようという段階で半導体の話がきて、これも痛手でした。
島崎:作ろうと思ったら、今度はモノがない。
中嶋さん:そうです。アリアは本当に半導体のオバケみたいなクルマなので、ひとつでも部品がないとクルマができない。そういうことが立ち上げ間際に起こって、何度もご迷惑をおかけしてしまうことになりました。
島崎:半導体の影響でいうと、普通のクルマ以上だったのですね。
中嶋さん:ECUの数もこれまでの日産車とは比べものになりませんから。
島崎:ざっくりとどれくらいの違いですか?
中嶋さん:言いづらいのですが、倍近いんじゃないでしょうか。とにかく電子機器関係でモノが入ってこない経験は、今まであまりありませんでしたね。
100%EVにはならないが、少なくともこの20年くらいはEVシフトが進む
島崎:ところでアリアですが、現状の日産車のフラッグシップとのことですが?
中嶋さん:そうですね。“新しい時代の”としていますのでEVのフラッグシップという意味です。今はガソリン車のフーガなどありますが、新時代の将来的にEVにシフトしていくところを目指したときのフラッグシップ。これからの時代はこういうクルマじゃないですか?という提案です。
島崎:EVシフトは、やはりそれぐらい大きく受け止めていらっしゃるのですね。
中嶋さん:時代背景がそうですし、もちろん100%EVにはならないと思いますが、少なくともこの20年くらいはEVシフトが進むと思います。
島崎:ホンダは2030年段階でグローバルのハイブリッド車が6割の想定だそうですね。EV化を進めるにあたって、電力の供給、需給状況はどうお考えですか?
中嶋さん:まさにそういうところで、化石燃料も限りがあります。ガソリン価格もどんどん高騰しいつか限界がくるはずなので電気に移行していく。そうしたときに、あとは電気の作り方ですが、再生エネルギーで作るようなことでなければもう駄目だと思うんです。風とか水とか太陽光とかで作る。火力発電ではなく。そのへんをいかにシフトさせていけるかがポイントだと思います。
島崎:少し前の地震で、首都圏でも電気の供給に制限がかかって、今の状態でも不意の停電で生活に支障が出ることを実感したばかりですよね。単純に考えて、これにクルマ分の電気が必要になったときに、果たして大丈夫なのか?と思いますよね。
中嶋さん:ひとつには、EVの場合は、電力を使わない夜中とかに充電しながら乗るのが一番いいと思うんです。需要の平準化が保てるかどうか。電力需要のピークは避けて夜中に充電しておけば、EVは電気の“ソース”にもなりますから、もしも昼間に何か起こって電気が足らないということになれば、蓄電池としてEVの電気が使える。そのためにタイマー充電もできるようにしています。
島崎:あまりないですが、停電が起こると「ごめんなさい。停電でパソコンの電源が落ちて書いた2000字の原稿が全部消えちゃいまして」などと言い訳をするんですけど。
中嶋さん:ははは。
クルマの充電性能はメチャクチャよくなっている。あとは充電機側の性能次第
島崎:タイマー充電で電気の需要が少ない夜間に充電しておいたアリアがあれば、何かあっても困らないということですね。とはいえ、世の中のほとんどのユーザーは長年ガソリン車に乗ってきて、いざEVに乗り替えるとなると、まだまだ決心が要りますよね。
中嶋さん:そうですよね。要はお客様がEVを選ぶ時に“何が一番不安になるか”ですよね。我々もパッと考えられるのは、やはり航続距離、それから充電の煩わしさ。社会的にEVが増えてきて“充電待ち”の問題も出てきました。充電ポイントは増えてきましたが、そこにあるのは1基で、もし誰か使っていたら30分待たなければならない。そういうインフラの改善もしていかなければ、お客様が安心してEVを使うための阻害要因になりかねない。
島崎:初代リーフで試乗中に外で充電をしたときに、クルマに戻るのが少し遅くなったら、次の充電を待っている人がいて、ものすごく怒っていました。
中嶋さん:今はクルマの充電性能はメチャクチャよくなっています。アリアもそうなので、あとは充電機側の性能次第なんですね。アリアは130kWhまで入りますが、今は最高でも90とか100kWhが稀にあるくらいですが、どれだけ高性能な充電機が普及してくるかどうかも、お客様の不安解消に繋がっていくのかなあと思います。
島崎:アリアの130kWhは、これからを見据えてのことだったのですか?
中嶋さん:そうです。開発が4年前だったとしたら、その時に「こういう流れが来るよね」と想定してのことでした。
太い大径タイヤを履いて、室内が大きくて、なのにリーフと同じくらい走る
島崎:一方でアリアの航続距離はどうお考えになったのですか?
中嶋さん:B6のリーフで458kmですが、今回のアリアは470kmなのでほぼ同じです。ただクルマの大きさを考えれば、アリアは大きいにもかかわらず同程度の電費ですよ、ということです。
島崎:なるほど。
中嶋:太い大径タイヤを履いて、室内が大きくて、なのにちゃんとリーフと同じくらい走りますよ、と。
島崎:それと、神経に触らない快適な乗り味もいいですね。吸音材入りの19インチのダンロップのタイヤも効いていそうですね。
中嶋さん:ありがとうございます。
島崎:横羽線で試乗してきたせいか、ジョイントのショックやピッチングなどを感じるのは、現状程度ということですか?
中嶋さん:横羽線はどんなクルマで走っても辛いですが、SUVはタイヤが大きいのでジョイントなどで辛いですね。ドカンとくるのでそれを抑え込みに行こうとすると今度は足が硬くなり細かなゴツゴツも拾う。ある程度、ワサワサっとかわすようにはしてあります。
20インチはE-FORCEとの組み合わせが前提
島崎:タイヤサイズは1種類ですか?
中嶋さん:きょうの試乗車の19インチのほかに20インチがあります。
島崎:商品性としてやはり大径タイヤは必要ですか?
中嶋さん:ひとつはやはり見た目ですね。ただ20インチは今度出るe-4ORCEとの組み合わせが前提で、走りという面を考えてそうしています。
島崎:それも楽しみですね。
中嶋さん:将来のEVと考えた時に、割り切って見た目が云々ではなく、EVの性能をバランスさせるとここに来るよというような、ころがり抵抗や空気抵抗を減らし、操安よりも乗り心地をよくするような細い大径タイヤも方向のひとつにあるかもしれませんね。
島崎:先ほど横羽線のジョイントの話を持ち出してしまいましたが、その話を除けば、試乗車のタイヤは走り出してもシーン!としていて、アリアに合ったタイヤだなぁ、素晴らしいなぁと思いました。
中嶋さん:ありがとうございます。
島崎:またお話を伺える機会を楽しみにしています。どうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年4月時点の情報で制作しています。