MaaS(Mobility as a Service)をはじめとするモビリティ革命について、さまざまな観点から検討していく「MaaSミライ研究所」。今回は、経路検索システム「駅すぱあと」をはじめ、移動に関するサービスを展開している株式会社ヴァル研究所 菊池代表のもとを訪れ、「MaaSの最適な経路検索について」をテーマにお話を伺いました。※この対談は2019年に行われたものです。
進化のキーワードは「パーソナライズ」と「リアルタイム」
高橋飛翔(以下、高橋):本日はよろしくお願いいたします。御社は近年、さまざまな事業会社さんとともにMaaSアプリの開発および実証実験を支援・推進していらっしゃいますが、はじめにヴァル研究所が取り組まれていることについてお聞かせいただければと思います。
菊池宗史(以下、菊池):経路検索では「パーソナライズ」と「リアルタイム」のふたつを今後の戦略のキーワードとして、経路検索の研究・開発に取り組んでいます。パーソナライズとは、その人にあった経路検索のことです。その人の行動履歴データを元に経路検索結果として表示していく。それが結果的に、今回の対談テーマでもある「検索すらいらない未来のベストルート」につながっていくと考えています。
そして、それを形にするためにはリアルタイムのデータが欠かせません。通常であれば、静的な時刻表データを元に経路検索結果を出していますが、緊急時の運休や遅れなど、鉄道やバスのリアルタイム情報があれば、そのタイミングで最適な経路検索結果を出していけますから。
高橋:パーソナライズという言葉を聞くと、例えば「タクシーをよく使う」「電車よりバスを好む」といった個人の特性も含んでいるようにも思うのですが、そういう要素も今後入っていくのでしょうか。
菊池:正直言うと、まだ答えは出ていません。2019年度からパーソナライズを研究するプロジェクトチームを社内で立ち上げましたが、目指しているのは、その人好みの経路検索結果を出していくこと。通勤なのか、買い物なのか、移動の目的が何かを明確にしていくことをまず考えていければと思っています。
高橋:もうひとつのキーワードであるリアルタイム情報というのは、鉄道会社さんから常に提供されているような状況なのですか?
菊池:現在の提供元は一部のバス会社さんからですね。バスにGPSを積んで、それを元に位置情報をオープン化するという業界の流れもあるので、提供していただいています。鉄道会社さんは現在オープン化されてはいませんが、今後変わってくるのかなとも思ってはいます。
また、どの車両から降りると乗換え出口に一番近いのか、どの出口や階段がよく使われているのかなど、実際に現地に行かないとわからない部分もありますから、そういう場合は実際の駅やバス停に行って乗換えでどのくらい時間がかかるのかをストップウォッチで計ったり、アナログのデータ取りも結構しています。
高橋:それは凄いですね。アナログのデータもプラスしながらシステムの精度を高めているのですね。さまざまな位置情報をベースとしたサービスをやられている中で、Google マップという競合もありますが、差別化と強みもそのあたりになってくるのでしょうか。
菊池:そうですね。実際に行かないとわからないデータの希少性、データの質で優位性を高めていきたいですね。もうひとつは、経路の妥当性です。海外では経路検索にGoogle マップを使う方でも、日本国内では経路検索には使わないといった方も多いですから、そこを強みにしていければと思っています。
高橋:いくつかの移動手段を組み合わせる場合には、一日の長がある。テクノロジーに対して、泥臭いことを組み合わせていくことで勝っていく、というイメージですね。お話をお聞きしていると、MaaSオペレーターの役割も担われていくことも可能だと思うのですが、そういったお考えもあるのでしょうか。
菊池:そこまで踏み込むかどうかは、まだ決めていません。多くの交通事業者からデータを集め、経路検索の会社からもデータを集め、その上で交通のオペレーティングをしていく……。そういったMaaSオペレーターが必要になってくるのは間違いないと思いますが、まずは経路検索とMaaSアプリをはじめとした移動に関するサービスの開発支援をメインに考えています。
経路検索せずに検索ができる状態、ゼロアクションを目指す
高橋:今回の対談テーマでもある「最適な経路検索」ですが、そもそもMaaSにおけるベストルートとは何なのか、ぜひお聞かせいただきたいです。
菊池:ベストというとユーザー自身がどう感じるかですから、我々としてはベストよりもベターという表現になるのかなとは思います。現状ですと、「早い・安い・楽」といった3つのフラグでユーザーの皆さんに選んでいただいていますが、その中で、その人が一番良いと思ったものがベタールートだと思います。なので、簡単に言えば「その人にあった経路」になるでしょうね。
高橋:選択肢があった上でのベタールートということですね。ただ、実際には「選択肢に迷う」というファクターもあると思います。それがベタールートの中で、今後どう反映されていくのかは気になるところです。
菊池:今後は「早い、安い、楽」以外に、おすすめルートを出していきたいと思っています。その人の好みを反映したおすすめルートをどんどん出していって、ベタールートを発掘していきたいと思っています。
高橋:そういうのがあると便利ですね。僕自身、最近子どもが生まれたばかりなので、子どもといっしょにお散歩できるコースを「駅すぱあと」が提案してくれたりすると、凄くありがたいなって思います。
菊池:ありがとうございます。今後は子どもがいるのか、ケガをしているのか、そういった個人データを元におすすめルートの提案ができたらと思っています。ユーザーにある程度の選択肢を残しながら、最終的にはさまざまなデータを組み合わせて、その人にベストマッチしたルートを提供していきたいですね。
高橋:最適な経路検索についてお話を伺ってきましたけれども、菊池さんは「最終的には検索すらいらない」ということをさまざまなところで発信されていらっしゃいます。具体的なイメージとしては、今後どうなっていくのでしょうか。
菊池:我々の行動バリューである「ゼロアクション」の意味合いもあるのですが、目指しているのは経路検索せずに検索ができる状態です。アプリを立ち上げたときには経路検索結果が出てくる。さらにプラスして、付加価値のあるデータを組み合わせて出していく、そういったゼロアクションをやりたいなって思います。すでに、ユーザーの人となりがわかれば、アプリを開いた段階で経路検索結果が出てくるというのは、ある程度は可能です。
高橋:プラスして出す付加価値のあるデータはどのようなものになるのでしょうか。
菊池:例えば、経路におけるストレス度などです。実は当社では、通勤費を管理する人事・総務向けのソリューションを持っているんですが、その中に通勤におけるストレスがわかるチェック機能がついているんです。
たまに電車の中で凄く怒っている方がいらっしゃるじゃないですか。それが通勤ストレスによるものなのかはともかく、そういう方に、「この通勤経路はストレスがたまりやすい」という情報を加えて違う経路を提案してストレスの緩和ができればと。
高橋:通勤経路によってのストレスの違いを見える化する、おもしろい機能ですね(笑)。早い・安いだけではなくて、定性的な要素の提案ができると凄くおもしろいです。それこそGoogleにもできないことだと思います。世界的にも、同じような方向で開発は進んでいくのですかね?
菊池:そもそもの開発環境、土台が違いますよね。日本は駅周辺にホテルや住宅が整備されて街づくりを進めるビジネスモデルが確立されていて、鉄道会社は概ね黒字化経営をしています。一方、海外は国が先行して交通事業をやっていて概ね赤字なんですよ。MaaSを使ってなんとか赤字を解消していくために、定額・サブスクリプション化を進めている流れがあるように思います。
高橋:なるほどですね。ただ、そのアプローチ、そもそも間違っているように思います。普通に考えて、国がやっているから競争原理が働かなくて赤字なだけでしょって。
菊池:おっしゃるとおりですね。そもそも土台が世界とは違うわけですから、日本ならではのものが必要なのだと思います。
対談・後編「MaaSアプリ開発を支える立役者に聞く、ミライのジャパンスタンダードなMaaSとは?」は近日公開です。
※この記事は2020年4月の「高橋飛翔のMaaSミライ研究所」の内容を転載しています。